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第三章 変わったことと変わらないこと
第118話 変わらない関係、変わった関係
しおりを挟む猛とさよな、二人の関係性は悲しいかな、発展していない。
進展しておらず、停滞しているということか。後退するよりは全然いいが。
ならばなぜさっき、あんなにも距離を詰めることができたのか?
……答えは簡単だ。
(……集中しすぎて、周りが見えなくなってたってことか。猛の顔にあんなに近づけるくらい集中してるのはまあ、いいとして。
てかさよな、お前、三十路手前でその反応は……)
集中すると周りが見えなくなる。それはどうやら、想い人を前にしても同じ効果が表れるらしい。
それはいいとして、さよなの反応は、かわいらしくはあるのだが……
見た目がそもそも、若々しいさよなだ。もしかしたらちょっと大人びた高校生でも通用するかもしれない。が……
実年齢を考えると、本来かわいらしいはずの仕草は微妙なものに見える。初すぎるだろう。顔とはいえ、触れただけだぞ。
もちろん、年齢云々のことは口に出しては言えない。そんなことをすれば、なにをされるかわかったものではないから。
怒ると怖いのだ、さよなは。
「ま、なんでもいいけど早くしてくれよ?」
そして当の本人……猛は、さよなに迫られたというのにケロッと、平然とした顔をしているのだった。
この男はこの男で、こうまで反応しないこともあるだろうか。
――――――
それから、さよなの言った通りあまり時間はかかることはなく、二人は解放された。
久しぶりに体を動かせるのが心地よくて、思いきり関節を伸ばす。
ポキポキ、ポキィ……
一時間以上も体を動かせないなど、これはもう新手の拷問ではないだろうか。
「うん、ありがと二人とも! おかげでいいのが描けたよ!」
「お前、いい加減思い付いたら即実行、ってのやめろよ。
こないだなんて、仕事場にまで押し掛けてポーズ取らせやがって……めちゃくちゃ恥ずかしかったんだぞ」
「そ、そんなこともあった、カナー?」
嬉しそうなさよなと、呆れた様子の猛。この間も、あの時も、と猛の愚痴を、さよなはとぼけてごまかそうとしている。
意外なことに、さよなの方が猛を振り回しているようだ。
それは、達志の知らない間の出来事。
さっきは進展してないと思ったが……やはり、少しでも進展はしている。二人の関係や距離間は変わってなくても、それでも変わっているものがある。
達志が停滞していた時間を……二人は確かに、歩いてきたのだ。
由香も含め、幼なじみである三人は、この十年を踏みしめて歩いてきた。
「お、どうした達志。疲れちまったか?」
「達志くん、そうなの? ごめんね?」
二人に覗きこまれ、達志ははっとする。ちょっとブルーな気持ちになりかけていたのが、顔に出ていたのだろうか。
いけない、しっかりしなければ。
「平気だっての。こんなんでへばるかって」
「どーだか。つらいならつらいって言えよー?」
からかうように、腕を組んだ猛が、達志をひじでつついている。
体力なし、とでも思われているのだろうか。それとも、軽口で励ましてくれているのだろうか。
どっちかはわからないけど、それでも達志にはありがたかった。
「うぅん、ごめんね。今度からは気を付けるように努力するよう努力するよ」
「いや、気にすんなって。……ん? なんか反省してるようですげー不安しかない台詞じゃなかった?」
そんなこんなで、さよなは咳ばらい。
「じゃ、早速これを形にしていくからねー。うふふ、二人とも楽しみにしててね」
「なあ、なに描いてたか見ても……」
「だめ! 完成までは見せないの!」
スマートフォンを取りだし、画面をタッチしている。同じ仕事の仲間に、あれこれとメールを打っているようだ。指の動きが早い。
仕事ならともかく、百パーセントさよなの趣味に付き合わされて、相手も大変である。
達志も、さよなのデッサンには興味がある。しかし、完成までは見せないと、頑なだ。
完成するまでは、デッサンであろうと見せることはしない……それは、さよななりのプライドなのだろう。
そこに、仕事もプライベートも関係ない。
「よっし。体育祭当日までには、絶対に完成させるからね!」
「……無理はするなよ?」
何度も言うが、これは仕事ではないのだ。張り切りすぎて、仕事に影響が出ては申し訳ない。
そんな達志の心配に、「大丈夫大丈夫」とさよなは笑っている。
まあ、そんなに心配することもないか。
「はーっ、それにしても疲れたぜ。いやー、本当に疲れたよなぁ、達志」
「え、あ、まあ……」
「だとささよな」
「わかってるわよ。いきなり付き合わせておいて、用が済んだらはいさよなら、なんてしないから。
お茶でも出すから、ちょっと待ってて」
ドカッとソファーに座る猛は、わかりやすく代価を要求する。自分たちに協力させた、代価だ。
それを受け、頬を膨らませつつさよなは、キッチンへと向かっていく。ただで帰すつもりはなかったが、それはそれとして言い方がいやらしいと感じた。
猛と、さよなと……なんだかんだ、二人の相性はいい。なんだかおかしくて、一人笑う達志であった。
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