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第三章 変わったことと変わらないこと
第107話 さあ出てこいや!
しおりを挟む緊急事態以外での魔法使用は、認められていない。
今回の件が、緊急事態ならば話は別だが。
そんなこと気にせず、とりあえず魔法を使って、ナルシスト筋肉を撃退したとしよう。
事情を話せば、わかってもらえる……と思うのは、虫が良すぎだ。
生徒間の告白で、そんな切羽詰まった状況にはならないと、一蹴されるだけだ。
なにより事後報告になるし、優等生のリミにいい印象はつかないだろう。
「……くそっ」
こうなれば、ここでこそこそ隠れているわけにもいかない。覗きがばれてしまうが、それとリミを危険に晒すのとでは、天と地ほどの差がある。
ここで黙って見ておくなんて、できない。
出ていって、なにができるともわからない。相手は大柄で、見た目だけでも殴り合っても勝てるとは思えない。
が、このまま指をくわえて見ている選択肢は、達志にはなかった。
覚悟を決め、腰を上げて飛び出す……その時だった。
目の前で、信じられないことが起こったのだ。
「……ぇ」
ふわっ、と。そこに重力が存在しないのではないかというほどに、あっさりと。
"それ"は起こった。
男が……リミよりも一回りはあるだろうという男が、宙を待ったのだ。
突然のことに、男も、なにが起こったかわかっていないようだ。
受け身を取ることもできず、そのまま背中から地面へ、叩き付けられてしまう。
「先輩ですし、あんまり手荒なマネはしたくなかったんですけど……正当防衛ということで、ご勘弁を」
その場に響く声。それを聞いて初めて、達志はあの男を投げ飛ばしたのがリミだと、理解した。
理解はしたが……納得できるかと言われると、否だ。
だって相手は男で、しかもリミよりも一回りは大きいのだ。
とはいえ、それ以外に男が吹き飛んだ理由がわからない。ゆえに、そうなのだと納得してしまうしかない。
「まさか……柔道部主将である、このワタシを軽々投げ飛ばすとは」
投げ飛ばされた男は、こんな時でも身なりが気になるのか、髪をかき上げている。
そんな姿すら絵になるのが腹立たしいが、そんなんでよく、汗臭そうな柔道部が務まるなと思う。
同時に、それを軽く投げ飛ばすリミに、戦慄すら覚える。
魔法以外ポンコツと言っていたが……あの子、実は脳筋なだけなのではなかろうか。
「やはり、ワタシは諦めきれない……」
そんな間にも、男はリミに声を掛け続けている。
そういえば、「いくら言われても」とリミは言っていた。もしかしたら、この男からの告白は、一度や二度ではないのかもしれない。
それでも諦めきれないとは、もしやそういう性癖の人なのでは。
だが、そんな疑念も次のやり取りにより、かき消される。
「改めて言おう……我らが柔道部に、入部したまえ!」
「ですからお断りします」
「そっ……!!」
男の口から出たのは、予想もしていないものだった。
これを要約すると、つまり男がリミを呼び出したのは、男女の交際の申し出ではなく……部活の、勧誘だったのだ。
思わず「そっち!?」と叫びそうになった達志は咄嗟に口を押さえ、言葉を呑み込んだ。
確かに、告白告白とは言っていたが、なんの告白かまでは言っていなかった。
愛ではなく、別の意味のだとは思わなかったが。
「……すげーのな、リミって」
結局あの後、筋肉ナルシストの再三のお誘いを退けたリミは、ほっとため息をついていた。
実際には、十分と経ったかどうかという程度の時間であったが、リミにとっては相当な負担だったのだろう。
さて、さすがにもう告白イベントはないだろう。後は彼女にバレないように、この場から立ち去るだけ。背を向け、立ち去る……
そのはずだったのだが。
「さて……そこに、いますよね? 隠れてないで出てきたらどうですか?」
と、背筋の凍る発言が背中からかけられた。
立ち去ろうと背を向けていたが、ギギギ……とロボットのような動きで、達志は振り向く。
リミの視線はこちらに向いていないし、むしろ背を向けている。が……明らかに、この場に隠れている者……
すなわち、達志とヘラクレスに対する言葉であった。
「え、バレた? ってバレてた? マジで……?」
達志の額に、冷や汗が流れる。その口振りから、隠れていたことには最初から……あるいは早い時点で気づいていたのだろう。
それで、敢えて指摘しなかったということだろう。
リミの声は、どこか冷たい。さすがに告白イベントを覗き見されては、温厚ではいられないということか……
「早く出てきてください。でないと……わかりますよね?」
そう言った途端、辺りに冷気が漂い始める。
私的な魔法の発動は禁じられてる、とヘラクレスは言っていたが……これは、マジだ。
出ないとマジで氷付けにされかねない。
さすがに氷付けは勘弁だ。怒られてしまうだろうが、ここは素直に出ていくしかあるまい。
そう考え、腰を上げる。
「いや、悪いリミ……これは、つい……」
「ふっ、さすがはリミ……我が存在に気が付いていたとは!」
謝罪を口にしながら出ていく達志だったが、それは、異様にうるさい声にかき消された。
何事かと目を向けると、そこに映ったのは意外なものだった。
なぜか、そこにはルーアがいた。それも、リミの視線の先に。
……これから導き出される答えは一つ。リミは達志たちではなく、ルーアに対して呼び掛けていたということだ。
「お前もいたのかよ!!」
これは、リミは達志たちに気づいていなかったということになる。
……余計なツッコミ魂が災いして、リミに己の存在を知らせることになった。
「え?」
「あっ」
「ほぉ」
「はぁ……」
戸惑いつつ振り向くリミ、やってしまったと間抜けな達志、そこにいたのかと目を輝かせるルーア、なにやってんだかとため息を漏らすヘラクレス。
四人の声が重なり、この場は暫し、変な空気に包まれた。
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