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第一章 異世界召喚かとテンションが上がった時期が俺にもありました
第35話 かつ丼で勝つ、カツだけに
しおりを挟む朝食の時間。
話題の(今となっては懐かしの)歌を一人口ずさみ、部屋を出て階段を下りていく。とはいえ、ただの階段ではない。
テレビでしか見たことのないような、大きくて長い、そして回転するような階段。
螺旋階段というやつが、この家にはある。
達志の部屋は二階に位置している。だが、そもそも家の大きさが一般的なものと段違いなため、素直に二階と呼んでいいものか甚だ疑問だ。
まあ、あくまでこの家の、二階だ。
リミの部屋も同じ階層にあるのだが、やはり家の大きさの問題で、隣に位置するお気軽な距離……にはない。
そのリミの部屋の扉は閉じられており、おそらくまだ眠っているのだろう。というのも、リミは結構お寝坊さんなのだ、
朝は弱いらしく、夜は強い。達志と夜中まで語り明かしたこともある。
そして母とセニリアの部屋であるが、両者とも一階に位置している。
特に意味はないようだが、キッチンやリビングがある一階の方が、なにかと便利とのこと。
うまい具合に、家事組とそうでない組に別れたわけである。
「きょ、うのご、はんはなぁに、かなっ、と」
独特なリズムをつけ、階段を下りきるとともにキッチンへと顔を覗かせる。ここからは、セニリアの背中しか見えないが、料理の音は聞こえる。
ジュウジュウと音を立てて、料理を作っているのがわかる。
……朝からジュウジュウ、だと……
「セニリアさん」
「おやタツシ殿、来られましたか」
声をかけると、一瞬その肩が奮え……セニリアは振り返る。
そこには先ほど部屋で話した時の、慌てまくりの女性の姿はなく、凛とした顔で料理を作る姿があった。
なるほどこれだけでも、絵になる人だ。
「……そのエプロンがあると特に、ね」
こちらを向いたセニリアを正面から見る形になり、その格好に思わず言葉が漏れる。
彼女は、料理用のエプロンを着用している。
それは、桃色に彩られた色彩となっている。桃色の中に、水色のハートの模様が散りばめられている。率直に、可愛い系のエプロンと言えよう。
それを、カッコイイ系のセニリアが着用しているわけで……
「……もう慣れたと思っていましたが……やはり、見られるというのは恥ずかしいものですね。それも、異性の方に」
少しだけ頬を染めて、セニリアは答える。彼女の言い分は最もだろう。
料理の時はいつもエプロンをつけていたおり、共に暮らしているみなえやリミは、見慣れている。
身内や同性ということもあり、長い期間も手伝って、羞恥の気持ちはだいぶなくなっていた。
しかし、そこについ数日前に帰ってきた、身内でも同性でもない人間がいるとなれば、話は別だろう。
恥ずかしいのに慣れたと思っていたのに、再び恥ずかしさ爆発だ。最も、達志にとってはその恥ずかしがる姿こそが、眼復であるのだが。
「そんな恥ずかしがらなくても、似合ってると思いますよ?」
本人が思うほど、変というわけではないのだ。もっと、堂々としていればいいのに。……とは思うが、簡単にはいかないのだろう。
ちなみにこのエプロン。購入者、もしくは選んだのは、リミだろう。なんとなく、母やセニリアは選ばなさそうなエプロンだ。
それなのに、選んだ本人が料理出来ず、エプロン着用の機会がないのはなんとも不運な。
思い返せば、帰ってきた日にリミが料理をしてくれたとき。エプロンを着用していた気がする。
しかし、料理の衝撃でそれどころではなかった。
単に着て見せてくれてもいいのだが、エプロンは料理のときに着るもので、それ以外はだめらしい。よくわからない。
ちなみに、母がこれを着たときの衝撃は忘れられない。リミの料理を食べたときといい勝負かもしれない。
「ところで……朝飯はなんですか?」
このまま恥ずかしがるセニリアを見ているのも一興だが、漂う香りに、早く食べたいと主張するお腹がうるさくていけない。
あと、先ほどから聞こえるジュウジュウも気になる。
なので、話題をそちらへと移すことにする。
「えぇ、今日は特に頑張りました。カツ丼です」
「重くね!?」
返ってきたのは、朝から食べるにしては胃にダイレクトアタックを噛ましてきそうなものだ。
耳に届くジュウジュウという音の正体はこれか、と、油で肉を揚げている調理場に目を移す。
「タツシ殿の十年ぶりの登校ですので……勝負に勝つ、という意味合いを込めて」
「その風潮まだ残ってるんだ!」
カツで勝つなど、ベターな洒落がまだ使われていたことに驚きつつ、朝から胃にきそうなそれを見つめる。
もうほとんど完成のようで、ちょうどご飯に盛りつけてようとしているところだ。
一つだけ器の大きなものがあるのは、男の子プラス景気付けにいっとけ、と言わんばかりの、達志への気遣いだろう。
「十年ぶりの登校、ね。」
現実として、十年眠っていた達志は、他の視点から見れば十年ぶりの登校ということになる。
しかし達志本人の視点では、数日ぶりという自覚しかないのだ。
「ではすみません、大変申し上げにくいのですが、姫とお母上を起こしてきてもらえませんか?」
言葉通り、言いづらそうな表情でセニリアは告げる。起こしてきてなど、そんなに畏まる必要はないというのに。
というか、達志に対してももっと砕けてもいいのに。
それが、セニリアの性分なのかもしれないが。
「もちろん、承りました!」
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