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第一章 異世界召喚かとテンションが上がった時期が俺にもありました
第32話 退院後初めての食事の結果
しおりを挟むとてもまずかった料理。その感想を伝えるべく、リミへと視線を向けたのだが……
彼女はもじもじと体を揺らしており、落ち着きなく人差し指同士を合わせている。
リミの感情を表しているかのようなウサギの耳は、しゅんと垂れていた。かと思えば、落ち着きなくそわそわと動いている。
おしりに生えている、丸みのある尻尾も同様だ。
極めつけは、「私、一生懸命頑張りました」というオーラを全開にしているということ。
その気持ちが本当ならば、この料理にはリミの愛情が入っている。
「た、タツシ様……?」
料理は愛情という言葉があるが、それは嘘だと達志は今をもって割り切ることとする。
料理が愛情でおいしくなるなら、あんな惨劇料理は生まれない。
不安と、ちょっぴりの期待が入り混じった表情。
それを前にして、達志は……
「……美味しい、です、はい」
……素直に、まずいなんて言える勇気はなかった。こんな愛らしい少女を前に、残酷な一言を告げられるわけがない。
まずくても、一生懸命作ってくれたのは、事実なのだ。
美味しいと告げた瞬間の……花が咲いたような、満面の笑み。それが彼女の顔に咲き、これを見てしまってはもう……
まずいとは、言えない。
「……」
先ほどのやり取りを思い出す。なるほどセニリア達の気持ちが、よくわかるというものだ。
そのセニリア達は、達志とリミのやり取りをじっと見つめていた。
目が、語っている。言っただろ、と。
俺が悪かった……と視線で返す達志は、いつの間にか席に座っているリミに気付く。
達志の感想も聞いたことだし、自分も食事に参加するのだろう。ふと、そこで疑問が生まれる。
「あ、リミ……味見は、したの?」
「え? はい、料理を作る者として当然です」
この料理を作ったリミは、果たして味見をしたのだろうか。これだけのメニューだ、一つも味見をしていないというのは考えにくい。
とはいえ、今の状況では、いっそしていないと言ってくれた方が良かった。
……のだが、リミは味見をしたという。
しかもその口振りから、今回だけでなく、自分が作った時は毎回味見をしているのだろう。
味見をして、この結果だということなのだ。それはつまり……リミは料理だけでなく味覚も、ポンコツということらしい。ポンコツなんてかわいらしい表現だ。
現に、達志たちが揃ってまずいと感想を持った料理を、リミは美味しそうに食べているではないか。
ご飯をかきこみ、肉をモグモグ食べ、味噌汁をすすっている。
その様子は、少しだけ恐ろしくも見える。一体リミの味覚はどうなっているのだろう。料理下手の何割かは、味見をせずに提供する場合が多い。
リミは、味見をして、これだ。
そしてこの量、どうしよう。
リミは美味しそうに食べているが、さすがにこれを一人で全て平らげるのは無理だ。
となると当然、達志たちも食べ切るしかないわけで……
「やるしかない、な」
残すという選択肢は、ない。義務感……というわけではないが、食べ切らねばリミに申し訳ない。
そしてその気持ちは、達志一人のものではない。
まずいだなんだと言っても、リミの笑顔を曇らせないために、達志たちは再び箸を手に取り……料理を食べ始める。
これを食べ切るのは、かなりの時間を費やすこととなった。量的な意味でも、味的な意味でも。
達志にとって退院後初めての食事は、可愛らしい少女の殺人級の品々による、長い長い食事会によって幕を閉じた。
「わぁ、きれいに食べてくれたんですね! 嬉しいです! えっと、お粗末様でした!」
完食後、輝くリミの笑顔を見て、自分たちの行為が無駄ではないことを知った。よかった。
でも今後、リミに料理はさせまいと、固く誓った。
――――――
達志帰宅から三日後。自宅では平和な時間が続いていた。
平日なためリミは学校、母は仕事に行き、達志はお留守番。病み上がりなので、じっとしていろとのこと。
幸い、セニリアがいたおかげで退屈はなかったが。
あれから、食事はみなえとセニリアの交代制のままだ。リミは、私もやりますと張り切っていたが達志が必死に止めた。
その傍ら、復学するための準備を、着々進めていた。
「……んー!」
そして、復学当日の朝。
十年後の目覚め、世界の変貌、退院、帰宅、我が家の姿に驚き……ようやく、この世界の日常を噛みしめることができていた。
そして次なるビッグイベントは、休学扱いとなっていた学校への、復学だ。
十年も眠り続けていたが、リミ……というより、泣きわめくリミを見かねた父親の計らいにより、学校には『退学』ではなく『休学』扱いとして、届け出が出されていた。
思えば、まだリミの父親にはお礼に行っていない。行こうにも、リミが気にしなくていい、とやんわり断っているのだが。
……さすがに、その言葉に甘え続けるわけにもいかないだろう。
近いうちにリミの両親に挨拶に行くことを誓いつつ、登校日であるこの日がやってきた。
現在達志は、最後のチェックをするために、ベッドから起きたところだ。
早起きというのは、気持ちがいいものだ。カーテンを開けると、外から差し込む朝日が眩しい。
さて、最後のチェックを終え、学校に行くための心の準備を整えなければ。
そう思い、日差しに細めていた目を開き、窓を開けて外の景色を眺めた時だった。
「……」
……翼を羽ばたかせ、空を飛んでいるセニリアを見つけたのは。
彼女は一通り飛んだ後、近くの家の屋根に降り立つ。
そういえば彼女はハーピィだ、と言っていたことを思い出しつつ、目の前の光景に言葉を失う。
まだこちらには気付いていないのだろう、無防備にあくびをしたり背筋を伸ばしたりしている。
元々腕だった場所からは、腕の代わりに翼が生えている。腕が翼に変化したのだろう。遠目だが、足も、なんか細くなっている気がする。
大人らしく、美しい妖艶な雰囲気を放っていたセニリアは、ハーピィの姿となっても雰囲気が変わることはない。
むしろ、妖艶さが増したようにすら感じる。
照らされる翼はまるで、光でも散りばめられているのではないかというほどに輝いており、一枚の絵画のようにすら思える。
達志は思わず、見惚れていた。
しかしそれは、セニリアが達志の視線に気づくには充分な時間……優雅な朝のひとときは、二人の視線が交錯したことで、終わりを迎える。
「……」
「……」
先ほどまで聞こえていた鳥のさえずりが消えたかのように、音が遮断され……二人の間を沈黙が走る。
暫しの沈黙の後……達志は窓をそっと閉める。
まるで、なにも見なかったかのように部屋へと振り向き、さあチェックを開始しようと……
「ちょっと待ってください! せつ、説明させてください!」
窓へと縋り付くように飛びついてきたセニリアの必死な声によって、達志は窓からセニリアを招き入れることになった。
いつもはクールな彼女の、慌てふためいた表情と声色は、忘れることはないだろう。
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