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第一章 異世界召喚かとテンションが上がった時期が俺にもありました
第31話 それではいただきます
しおりを挟む並べられた料理の品々。こんな料理、家ではもちろん、お店でも中々お目にかかれるものではない。高級レストランと同等かそれ以上だろう。
実際に行った経験などないのだが。
それだけに、この料理を前にしても顔色のすぐれない後ろの四人が、達志にとっては理解できない。
見た目、香り……どれをとっても、美味しくないはずがないのだから。
それとも、もしかしたら、自分は眠っている間に視覚や嗅覚がおかしくなってしまったのか? そう思えるほどに、四人とは温度差があった。
それでも……
「すげー……いや、すげーよ!」
並ぶ料理に対して、称賛の言葉を贈らずにはいられない。端的な感想しか出てこない己の語学力がもどかしい。
それでも、たったこれだけの言葉でも嬉しそうにしている目の前の少女を見ると、胸が温かくなる。
「えと……た、タツシ様の退院祝いということで、張り切りました」
……加えてそんなことを言われれば、なおのこと。こんな可愛い女の子が、自分のためにとこんな豪華な料理を作ってくれて。
嬉しくないはずがない。
頬を染める少女は、チラチラと達志に視線を送っている。その視線に、想いに応えるために達志は、目の前の料理を食すことを改めて決意する。
しかし、問題はある。
美味しいかまずいか……などということを考えているわけではない。この量を、果たして食べきれるかどうかということだ。
達志とリミを含めて六人だが、それでもこの量を食べ切れるかは疑問だ。
しかも四人は顔色がすぐれないし、リミは食が細そうだ。
退院祝いとはいえ、この量はまるで、パーティーのよう。量だけを見るととても退院直後の人に出す量とは思えないが……
「タツシ様の胃にご負担がかからないよう、その……食べやすいように、工夫しました」
……と、リミは言う。工夫ってなんだとは思うが、どのみち食べることに変わりはないのだ。
「こんな美味そうな料理を前に、いつまでも立ち話ってのは限界だ。早速いただくよ。みんなも食べようぜ!」
今にもかぶりついてしまいそうな欲求を、必死に抑え、達志は未だ固まる四人へと呼び掛ける。
四人とも肩を震わせるが、リミに不審に思われないために、笑顔を浮かべている。わかりやすい、作り笑顔を。
それにリミが気づかないのは、鈍感だからか、はたまた意識の大半を達志に集中させているからか。
いずれにせよ、料理がまずいと思っているのを、リミに知られてはならない。
これが、四人の共通認識であった。
「はぁ、ふぅ……」
誰ともなく、深呼吸。覚悟を決める。
食事に対してやることではない。
四人……いや、達志含めた五人は、それぞれ適当な席へ。あまりに大きなテーブルだから、一瞬席順に迷ったものの……
手近な席に座った達志を皮切りに、その隣にみなえ、その隣にセニリア。さらに達志の正面に猛、さよなが並んで着席。
リミは様子見のつもりか、立ったままだ。
達志達の反応を見てから自分も席につくつもりなのだろう。ウサギの耳を落ち着きなく動かしており、そわそわと体を揺らしている。
その姿を見ていても飽きないが、料理の感想を求めている相手に、これ以上の放置は野暮というものだ。
「じゃ、いただくとしますか」
こちらを見守るリミを見つめ、目の前に並ぶ料理を見渡し、続いて自分以外の四人を見回す。
それらの行為を終えた後、退院後初めての豪勢な料理にありつくこととする。
そっと手を合わせ……
「いただきます!」
食事前の一言を、宣言。箸を持ち、なにから手をつけるべきか頭を悩ませる。
……が、まずはやはりご飯だろう。ほかほかの白米が盛られた茶碗に目を移し、近くにあったのりたまのふりかけをかける。
白米に味をつけ、箸でご飯を口に運んでいき、いざ……
「おー、美味そう。それじゃ……」
パクッ。モグモグ……
「…………」
ご飯を、口の中に運び噛んだ瞬間……口の中に広がる、甘く温かい食感。炊きたてのそれはふわふわで、ほんのりと甘い味はのりたまとの相性は抜群。
というより、これならば白米単体でも全然いける。
そう、噛めば噛むほどにその味が滲み出るようで……噛む度に苦味が増していき……
「……!?」
米は噛めば噛むほど甘味が増していく、というのは聞いたことがあるし、実践したこともある。
だが、それとはまるで正反対の……噛めば噛むほど苦味が増していくというのは、達志にとって初めての経験だった。
この苦味はそう、ゴーヤを食べた時の感覚に似ている。
まあ、詰まるところ……
(ま、まずい……)
まさか白飯で、こんな感覚を味わうとは。感覚は、炊けてない硬いご飯を食べるそれに似ている。端的に言えば吐きそう。
噛むほどに、苦味が増すほどに、顔が歪んでいくのかわかる。
だが、それを目の前の少女にその顔を見せるわけにはいかない。ここは、堪えろ。
ちなみに、苦みはのりたまのせいじゃないかと思って白米単体でいったが、苦かった。ご飯が苦いのだ、のりたまは悪くない。
当たり前だ、のりたまは市販品だ。
いやご飯だって炊くだけだというのに、なぜこんなことになる。
「つ、次……」
……続いて、味噌汁に視線を移す。さっきのはなにかの間違い。そう信じて、手を伸ばす。
味噌汁の中にはワカメと豆腐が浮かんでおり、馴染み深い味噌汁だ。香りは、全然いい。相変わらず食欲がそそられる香りだ。
先ほどのご飯の件が尾を引きながらも……味噌汁に、口をつけ、すする。
「……」
口から喉、そして胃へと流れ込んでいく熱い液体。火傷するほどではない。程よい熱さのそれを、一気に飲み込んでいく。
味噌の味が効いており、濃厚だ。
ワカメや豆腐にも味噌の味が絡みこんでおり、素材の味と合わさり極上の味を引き出している。
濃厚なそれは、口全体に広がっていく。どろどろのヘドロのような食感が口内をつつき、まるでねちっこく口内を暴れまわっているよう。
今までに味わったことのない味噌。豆腐は粘土のようにねちゃねちゃしており、ワカメは噛みきれない。
……まあ、つまり……
(……ま、ずい……)
恐ろしく、まずかった。これは一体、なんの味噌を使っているのか。味わったことのない以前に、こんなものが存在するのかと疑いたくなる。
ご飯に続いて味噌汁ともなれば、単なる偶然とも思えない。
おそらく、他の料理も……
料理に使った食材を、全くの無駄にするような調理。どうやったらこんなものが生まれるのかと思えるほどに、理不尽とすら言える行い。
これはさすがに、調理者に一言言ってやらねばならない。
そう思い、調理者……ウサ耳少女へと視線を向けて……
「あの……ど、どうでしょうか……?」
リミは、不安げにこちらを見つめている。俯きがちの顔はチラチラとこちらに視線を送っている。
その瞳は不安に潤み、期待と不安が高まり、頬は赤い。
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