目覚めた世界は異世界化? ~目が覚めたら十年後でした~

白い彗星

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第一章 異世界召喚かとテンションが上がった時期が俺にもありました

第29話 これは一種の魔法なのか?

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「じゃ、俺そろそろ帰るわ。急な仕事が入ってな」

「わ、私も……」

 ごく自然に、この場を去ろうとする者がいる。
 料理を作ると言い出したリミ。その発言を受け、不自然なほどに帰宅を急ごうとする猛とさよな。

 先ほどまで、ここでゆっくりしていく風を醸し出していた二人の、矛盾した言葉と行動。
 その矛盾に目を光らせ、二人の肩を掴んだのは達志だ。彼はその顔に、にっこりと笑みを浮かべ……

「まあまあ二人とも、連れないこと言うなってー」

「は、放せ達志、俺は……」

「そ、そうですよタツシ様。残念ですが、お仕事なら……」

 二人を逃がすまいと肩を掴む達志の手は、正直な話、猛やさよななら振り払おうと思えば簡単に振り払える。
 体力が戻ったとはいえ、それは日常生活を、自分の力である程度送れるようになっただけのこと。

 今肩を掴んでいる手の握力なんか、およそ高校男子のそれとは思えない。
 無論、達志がただ手を置いているだけなら別。しかし、笑顔を浮かべながらも眉を潜めているその姿……手には、力を入れているのだろうことは予想できる。

 力を込めて、それでこの力なのだ。そしてそんな彼の手を振り払えるほど、二人は非情な人間ではないわけで……

 もし、仕事だと二人の言うことが真実ならば、この足止めは全くの無意味。それどころか邪魔だ。
 それを信じているリミは、耳を垂れさせながらも、お仕事なら仕方ない、と訴えかけているのだが……

 その姿を横目に、達志は、二人の耳に顔を近づける。

「急な仕事って、嘘だろ」

「っ……」

「タイミングが不自然すぎるし……なにより、俺が二人の嘘を見抜けないと思ったか?」

 リミが料理を作ると言ってから、急に、だ。タイミングとしては不自然。
 それに、幼なじみである二人の嘘を見抜けない達志ではない。昔から、妙なところで勘のいい奴だと言われていたのだ。

 嘘を突き通す……という選択肢は無駄と判断したのか、二人は観念したように、ため息を漏らす。

「リミ、二人とも仕事なくなったって」

「ほ、ホントですか!? じゃ、人数作りますね! 腕がなります!」

 達志の言葉を聞いた瞬間、垂れていた耳がピンと立ち上がる。
 満面の笑みを浮かべ、頬を赤く染め、手を握るその姿は見ていてとても癒される。

 予定通り五人分……リミを入れ六人分の食事を作るために、彼女はキッチンへと駆けていく。
 その背中に、「待っ……」と手を伸ばした母の声を、達志は聞き逃さなかった。

 ……リミがいなくなったリビング。声をかけたみなえや、帰ろうとしていた猛、さよな……
 それどころか、従者の立場であるはずのセニリアまでも、顔を青くしている。

 二人が急遽帰ろうとした時点で、その理由に思い当たるものはあったのだ。それが、確実性を増していくのを感じる。
 その理由を確かめるために、達志は聞く。

「……そんなに、まずいのか?」

 聞いた。本人を前にしては言えないことを。
 料理を作ると言ったリミに対する、猛たちの行動があれなら、可能性は一つだ。それに対して返ってくるのは、暫しの沈黙。

 これは無言の肯定というやつか……そう、思っていたところへ、猛が口を開く。

「……あぁ、正直、かなり……って次元じゃないレベルで」

 それは、この場に本人リミがいなくても言いづらいこと。これでも、結構オブラートに包んでいる。

「……マジでか」

 猛の表現が大袈裟でないのは、この場の誰も否定しないことから明らかだ。
 猛、さよなは元より、先ほど声をかけかけたみなえ、そして無表情ながら青ざめた表情のセニリア。

 なんとも珍妙な光景であった。

「猛はともかく、母さんやさよながフォローもしないとは相当だな。それにセニリアさんまで」

「おい」

 基本、みなえとさよなは気遣いの出来る女というやつだ。
 その二人が、揃いも揃ってフォローすらしないとは。単にまずいだけでなく、フォローしようもないまずさなのか。

「セニリアさん?」

「……以前言ったことがありましたよね。姫は魔法技術以外ポンコツだと」

 リミの一番身近な存在に視線を向ける。彼女の言葉はとても辛辣だ。

「それ、頭だけじゃなくて、料理ってカテゴリーも含まれてたってことか」

「あれで、ホント嬉しそうに料理するんだから、面と向かってまずいなんて言えねえよ」

 物おじしない性格である猛も、面と向かっての発言は躊躇されるようだ。
 嬉しそうに料理、とは、実際に見なくても目に浮かんでくるようだ。あのウサギの耳をぴょこぴょこ動かし、鼻唄なんか歌いながら作るのだ。

 さっきだって、帰ろうとした二人に、自分の料理を食べてもらえるとわかっただけであの反応だ。
 あれを前に、お前の料理まずい、と言える勇者はいないだろう。

「でもさ、そんなに……まずいってんなら、今誰か見てなくていいのか?
 何か変なことしそうになったら、アドバイスとか……」

「この十年、それを試さなかったと思う?」

「……ですよね」

 達志でも思いついたことを、みなえが……それも、十年もの間実行しなかったとは到底思えない。
 試した上で、みんなの反応がこれということは……そういうことなのだろう。

「加えて言うなら、姫が料理出来る年頃になってから、私が指導はしたんですが……」

「それが、どうして……」

「わからない! わからないのよ! レシピは間違えてない! 変なものを入れないように一瞬も見逃してない! それなのに、あの子上達しないのよ……!」

 膝から崩れ落ち、おいおいと手で顔を覆っている姿は、まるで泣き崩れてしまったかのよう。
 泣き崩れた母の姿は、目覚めた達志にとって大きな衝撃だった。

 己の力及ばず上達しないというのは、自身に責任を感じるところでもあるのだろう。
 レシピは間違えていないし、変なものも入れてない。なのにまずい。

 ……これはもう、一種の魔法なのではないかと思うほどだ。
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