27 / 184
第一章 異世界召喚かとテンションが上がった時期が俺にもありました
第26話 魔力の大樹
しおりを挟む笑みを浮かべ、からかうような言葉を語るのは、達志の隣を歩く幼なじみの猛だ。
こうして並ぶと、一段と身長が高くなったのがわかる。見上げないといけないほど、達志とは差ができてしまっている。
その反対……達志の隣を歩く母、その隣を歩くのは幼なじみさよなだ。
二人は、ちょうど仕事がなく予定が空いていたたために、駆け付けた次第だ。
四人の幼なじみの中で、この場にいないのは由香だけだ。彼女は、どうやら仕事らしい。
今日は平日な上に、教師という仕事に携わっているのだから、来られないのは当然ともいえる。
『えーん、私も行くー!』
由香としては、無理言って休みを取ってでも、退院の見送りに来たかったようだが……それは、達志が却下した。
わざわざ仕事を休んでまで来てくれなくても。それは嬉しいが、悪いから。
気持ちだけで充分だ。
それは、学業に身を焦がすリミも同様だ。予め、学校を休んでまで来なくていいとは言っていたのだが……
その際、なにを言い返されるでもなく、「わかりました」と納得していた。
自分から言っておいてなんだが、リミのことだから、是が非でも来ると言い出しそうだったので……肩透かしを食らった気分だ。
「あ、先生」
病院の出入り口に着いた時、そこには、この十年間お世話をしてくれた、ウルカ先生の姿があった。
隣には看護士が立っていた。彼女は確か、達志が目覚めてから、初めて目にした異世界人だ。犬顔の。
彼女も、達志のことを度々看てくれていたのだのだと、その後知ったのだ。
「タツシ君、退院おめでとう」
「先生……ありがとうございました。先生のおかげで、俺……なんてお礼を言っていいか」
「いやいや、キミの努力の結果だよ。それに、退院とはいっても経過報告のために通院はしてもらうから、お礼にしてもまだ早いよ」
初見では泣いてしまいそうなほどに迫力のある見た目とは裏腹に、親しみやすいドラゴン先生。
彼が達志の担当でなければ、今達志は、こうしてここにいなかったのかもしれない。
そして隣の看護師にも、同じように告げる。まだここには来るが、ひとまずのお礼を。
「まだこれからもお世話にはなりますが、これまでありがとうございました」
「うん、お疲れ様」
それぞれと言葉を交わし、病院を後に。
ここに十年間、お世話になったのだ。去り際、病室だけでなく病院にも軽く頭を下げて、外の世界へと歩き出す。
目指すは、十年ぶりの我が家だ!
「退院後、初の外の世界!」
病院の敷地から一歩出て、目覚めてから初めてとなる、外の世界。
こうして一歩外に出ただけで、いつもとは違う世界を見ているようだ。
一歩踏み出しただけで、車の通る音や、人々の活気ある声。それらが、一気に耳に届く。
今までと違い、騒がしくもあるそれは、達志の耳を襲うが……それは、心地好くもある。
歩きながら、深呼吸して、街を見上げる。
そこにあるのは、見渡す限りの建物、建物、建物、樹、建物……
……うん?
「……樹?」
マンションやビル、そういった公共の建物が立ち並ぶ都会。その風景は、十年前と多々違う所はあれど、大まかには変わらない。
……と思っていたのだが、公共の建物に紛れて、巨大な樹が一本、どんと立っている。でかすぎる。
どんなマンションや、どんなビルよりも、とてつもなく、大きな樹が。それは、都会の風景にはひどく不釣り合いで。
「……あれ、何?」
「お、気づいたね。ま、気付くか」
呟くような達志の声は、しかし隣には聞こえたらしい。
この都会の中でも圧倒的な存在感を放つ、巨大な樹は、雲に届くのではないかと思えるほどに、大きい。
「なら、気付くことはない? 例えば深呼吸してみて」
と、まるでヒントのように、母みなえは人差し指を立ててみせる。
先ほど深呼吸をした際、何かを感じたということはないように思うが……
意識して、改めてもう一度、深呼吸をすると…
「匂い、というか? うーん……
そういえば、何だか空気が澄んでるというか…」
軽く深呼吸し、眉を潜める。
以前……達志が眠る前までは、多く建物が立ち並び、車の徘徊する都会ならではの、煙臭く淀んだ空気があった。
それも、長く暮らしたものとしては、大して気になることはなかった。慣れたのだろう。
だが今では、あのときとは空気が違う気がする。
「そう。あの樹は、異世界人が越して来てから植えられたものよ。
あれは、空気中の淀んだ空気を吸収し、澄んだ空気を排出してくれる樹らしいの」
「へぇ……?」
この空気の澄みは、あの樹のおかげだという。
それがどれほどすごいことなのか、達志には残念ながらよくわからないが。
「それに、あの樹は大気中に魔力を出しているらしい。魔樹って呼ばれてるらしいぞ」
「魔力……あぁ……」
猛からの補足を受け、それを飲み込むと、達志は納得。以前病室でリミたちと話していた際、セニリアが言っていたのだ。
魔力の源となる"あるもの"を、あちらの世界から持ってきた、と。
退院したらわかると言っていたが、なるほどあれなら、すぐに目に付く。 あれのおかげで、異世界人はこの世界でも魔法を使うことができる。
他にも、街中を見回すと様々な変化が起こっていることに気付く。人以外の生物が歩いているのはもう慣れた、と思っていたが……
やはり、病院という限られた人間がいる場所とは、違う。
街中を歩き回る光景は、まさしく桁違いだ。
スーツを着こなし歩くサラリーマン風の獣人。車と同じく道路を滑走するトカゲのような生き物。渋滞に巻き込まれるのを避けるため飛んで移動している鳥人。車に乗っている馬。走れよ。
……と、どれもこの世のものとは思えない光景だった。だがこれが現実であるということは、すでに確認済み。
とはいえ、こうして目の前に広がる光景は、目を疑いたくなるレベルだ。
「さ、もう着くわよ」
周りの景色に気を取られていたが、その間だいぶ歩いていたらしい。それでも疲れないのは、リハビリの成果だろうか。
達志も、もちろん覚えている。あの角を曲がれば、そこには我が家が……
10
お気に入りに追加
298
あなたにおすすめの小説

異世界でネットショッピングをして商いをしました。
ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。
それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。
これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ)
よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m
hotランキング23位(18日11時時点)
本当にありがとうございます
誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。
『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!(改訂版)
IXA
ファンタジー
凡そ三十年前、この世界は一変した。
世界各地に次々と現れた天を突く蒼の塔、それとほぼ同時期に発見されたのが、『ダンジョン』と呼ばれる奇妙な空間だ。
不気味で異質、しかしながらダンジョン内で手に入る資源は欲望を刺激し、ダンジョン内で戦い続ける『探索者』と呼ばれる職業すら生まれた。そしていつしか人類は拒否感を拭いきれずも、ダンジョンに依存する生活へ移行していく。
そんなある日、ちっぽけな少女が探索者協会の扉を叩いた。
諸事情により金欠な彼女が探索者となった時、世界の流れは大きく変わっていくこととなる……
人との出会い、無数に折り重なる悪意、そして隠された真実と絶望。
夢見る少女の戦いの果て、ちっぽけな彼女は一体何を選ぶ?
絶望に、立ち向かえ。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

スキルガチャで異世界を冒険しよう
つちねこ
ファンタジー
異世界に召喚されて手に入れたスキルは「ガチャ」だった。
それはガチャガチャを回すことで様々な魔道具やスキルが入手できる優れものスキル。
しかしながら、お城で披露した際にただのポーション精製スキルと勘違いされてしまう。
お偉いさん方による検討の結果、監視の目はつくもののあっさりと追放されてしまう事態に……。
そんな世知辛い異世界でのスタートからもめげることなく頑張る主人公ニール(銭形にぎる)。
少しずつ信頼できる仲間や知り合いが増え、何とか生活の基盤を作れるようになっていく。そんなニールにスキル「ガチャ」は少しづつ奇跡を起こしはじめる。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

家の猫がポーションとってきた。
熊ごろう
ファンタジー
テーブルに置かれた小さな瓶、それにソファーでくつろぐ飼い猫のクロ。それらを前にして俺は頭を抱えていた。
ある日どこからかクロが咥えて持ってきた瓶……その正体がポーションだったのだ。
瓶の処理はさておいて、俺は瓶の出所を探るため出掛けたクロの跡を追うが……ついた先は自宅の庭にある納屋だった。 やったね、自宅のお庭にダンジョン出来たよ!? どういうことなの。
始めはクロと一緒にダラダラとダンジョンに潜っていた俺だが、ある事を切っ掛けに本気でダンジョンの攻略を決意することに……。

ペット(老猫)と異世界転生
童貞騎士
ファンタジー
老いた飼猫と暮らす独りの会社員が神の手違いで…なんて事はなく災害に巻き込まれてこの世を去る。そして天界で神様と会い、世知辛い神様事情を聞かされて、なんとなく飼猫と共に異世界転生。使命もなく、ノルマの無い異世界転生に平凡を望む彼はほのぼののんびりと異世界を飼猫と共に楽しんでいく。なお、ペットの猫が龍とタメ張れる程のバケモノになっていることは知らない模様。
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる