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第一章 異世界召喚かとテンションが上がった時期が俺にもありました
第13話 身を挺して助けた少女
しおりを挟む達志が助けた、少女の存在……
それは、達志の中の、忘れかけていた記憶を呼び覚ます。
「助けたって……誰を?」
「キミが事故にあう原因となった少女……と言うのは聞こえが悪すぎるかな。
……キミのおかげで、命を救われた少女だよ」
達志のおかげで、命を救われた……その突拍子もない発言は、達志が首を捻るのには充分だった。
自分が誰かを助けたなんて、そんな記憶はない……はずだ。
でも、それは違うと、頭のどこかで……本能が、訴えかける。
「俺の事故って、単なる事故じゃないんですか?」
「ん、あぁ、まだ説明してなかったね。キミが事故にあったのは、単に車にひかれたからというわけではない。
……車にひかれそうになった少女を助けるために飛び出して、少女を庇ったのが原因なんだ」
事故の原因……それは、単なる交通事故ではなかった。実際はもっと複雑で、しかし単純な……
その瞬間、記憶の蓋が開くように……事故前後、曖昧だった記憶が、思い出される。
……そう、ウルカの言う通り……達志は、目の前で車にひかれそうになっていた少女を助けるために飛び出し、咄嗟に少女を抱き抱え、我が身を盾に庇ったのだ。
そして、達志は……
「……そう、か……俺は……」
少女を庇い、代わりに自分が車にはねられた。それが原因で、達志は十年間も眠ることになってしまったのだ。
その事実を、空白の記憶に色がついていくように、頭が、脳が、思い出していく。
実際、達志の体感では昨日のことなのだ。思い出してしまえば、それは鮮明だ。
「……その、女の子は……救われた、って……?」
先ほどウルカは言った。キミが助けた、キミのおかげで命を救われた……と。
救われた……そう、生きているのだ。その事実が、どうしようもなく嬉しい。
しかし、命を救われた……それだけで、他に異常がなかったとは、安心できない。
顔は覚えていない。だが印象に残っているのは、雪のように真っ白な印象を受ける白い長髪。
そして、頭を覆い隠す程大きな、ぶかぶかの白いニット帽。これも、すごく印象に残っている。
当時は必死でそれどころではなかったが……今考えると、冬でもないのにニット帽など、不思議なことだ。
むしろ暑い、夏の日だった。
彼女を助けるために咄嗟に体が動いたのは、単なる正義感だけではない。当時同じ歳くらいだった、妹のことりに面影を重ねてしまったからかもしれない。
我が身を犠牲にし庇った少女、生きているとはわかっても、その後を知りたい。
もし、自分の健闘虚しく少女の身になにかあったら……
「キミのおかげで、足を軽く擦りむいた程度だったよ。回復魔法ですぐに治った。
今も元気だよ」
「……良かった……」
健在……その知らせは、達志の心に温かな気持ちを芽生えさせる。
己の身を挺してまで守った女の子が、五体満足で無事だったこと……それが達志に、一種の達成感のようなものを与えていた。
自分が守った命がある……そのことが、この十年間の眠りが無駄ではない気がして……
「いや、でも十年はな……」
……気がして、やっぱり思い直す。
少女の命を救った代償として十年間眠っていた……こう言えば聞こえはいいかもしれないが、実際には車にひかれて十年間眠っていたのだ。
どちらも事実だが、言い換えるだけでこうもがらりと印象が変わるとは。
「キミは、少女の命と……もっと大きなものを救った、英雄なんだよ」
持ち主の気性を表す優しさと、一つの命を救ったことに対する尊敬……
その二つを瞳に宿し、消え入るように呟いたウルカの声は、しかしうんうんと唸っていた達志の耳には届かなかった。
……気がつけば、現時刻は、十九時過ぎ。ウルカとの会話を終え、新しくなった点滴を受けた達志は、夜になるまでの間をただただぼーっと過ごしていた。
結局目が冴えてしまい寝ることもできないし、かといって他に暇をつぶすものもない。
ただ、暇でどうしようもなかったわけではない。今日訪れた人たちとの話、それらを頭の中で思い出すことで、時間をつぶしていた。
外の様子を見て、母の仕事姿を想像し、由香の教師姿を想像し……その時だった。
コンコン
入口の扉から、ノックが鳴る。こんな時間だ、面会時間は過ぎている。となると、先生か看護師だろう。「どうぞ」と何となしに声をかける。
……だが、扉が開かないのだ。向こうにいるのが先生か看護師ならば、こうも躊躇うことはないはずなのに。
不審に思う。人影は見えているのだ。仕方なくもう一度声をかけようとしたところで……ゆっくりと……本当にゆっくりと、扉が開いていく。
しかし、開くだけで、開けた主は入ってこない。
「あの……い、イサカイ・タツシ様、ですか?」
姿を見せない代わりに、声は届く。それは、女の子の声。
イサカイ・タツシ様か、などと……病室の前にあるネームプレートを見れば、そんなことわかりきっているはずだが。
とりあえず、「そうだ」と達志は肯定する。
すると、開いた扉に隠れるようにしていた人物が、恐る恐るといった風に動いた。頭が、覗く。頭と、白い耳が。
そして、ひょこっと顔を半分だけ、覗かせた。
それは、不安げに眉を下げ、瞳に不安の色を宿している、達志と同い年くらいの少女だった。
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