2 / 184
第一章 異世界召喚かとテンションが上がった時期が俺にもありました
第1話 目覚めた先は見知らぬ病室
しおりを挟む――――――
「…………」
―――意識が覚醒したのは、今しがたのことだ。
現在、眠っていた男の名前は、勇界 達志。暗闇が支配していた世界を、つい先ほどまで味わっていた。
音もなく、一筋の光もなく……ただ、闇が世界を支配している。それがどれほど続いたのか、どれほど続くのか途方もない空間。
あるいは、意識がない彼には一瞬の出来事だったかもしれない。
圧倒的な孤独感……それは、眠っている達志にはなんの意味も持たない。
不意に、途切れていた意識が覚醒し、視界を暗闇が支配しているのを確認する。視界を開くために瞼を開こうとするのだが、何故だか瞼が重い。
視界を開くだけの簡単な作業。それが何故か、とても難しい作業のように彼は感じていた。
しばらくの時間をおいて、ゆっくりと……ゆっくりと、瞼を開く。開けた視界に映るのは、ぼやけた景色の中にある、白い壁であった。
「……あれ、ここは……」
絞り出すような、声。うまく、言葉が出ない、気がする。
ぼんやりと見つめているうちに、それが壁でないことに気がついた。自分が横になっていることに、今気づいた。
ということは、あれは天井だろう。
背中に感じる柔らかな感触から、自分が寝ているのは床などではなく、ベッドの上だということも。
普段であれば、自室で目覚めたと理解するのだが……あいにくと目の前にあるのは、見知った自室の天井ではない。
ならば自分は何故、ベッドに寝かされているのか。何故、ここにいるのか……というか、そもそもここはどこなのか。
疑問が先ほどの言葉だ。だが、声が思ったよりも枯れていることに気づく。その上寝起きにしては、いつにも増してだるさが体を支配している。瞼も重い。いつもの半分ほども開けない。
いったい……何が何だか。それに妙に頭が痛い。ズキ、ズキと。痛くて我慢できないわけではないが、煩わしさの残る感覚。
まずは現状を確認しないことには、どうしようもあるまい。あれこれ考えるのはそれから……
「イサカイさーん、検診のお時間ですよー。って、眠っている相手に言っても意味な……え……え!?
う、ウソ、目が覚めてる!?」
耳に届いたのは、女性の声。驚きの乗った声色。知らない声だ。
今、検診と言ったのか。
さらに言葉の内容から察するに、達志の目覚めに驚愕している……ようだ。
検診という言葉、そして目覚めに対する驚愕……それが、達志の中に疑念を膨らませていく。
検診ということは、ここは病院……病室、ということか?
だがおかしい。目覚める前に眠った場所といえば、自分の部屋以外に考えられない。……その、はずだ。
「……? く……っ」
しかし、どうしてかその情報に自信が持てない。
というのも……思い返して気付いたが、眠る前の記憶が混濁しているのだ。自分が、眠る前になにをしていたのか思い出せない。
なにか、大変なことがあったような気がする。
思い出そうとすると、頭の痛みが増すのだ。
「はい、はい。そうです、患者が目覚めて……至急、お願いします先生」
頭の中で考えている間にも、声の主は行動を見せていた。
声の主……先ほどの女性が、どこかに電話をかけているらしき場面。ここが病室なら、看護師だろうか。
その中の単語に、ひどく違和感を覚える。患者……と言ったのだ、女性は今。自分が寝かされ、検診だと言われた時点で、気づくべきだった。
達志は今、患者として、ベッドに寝かされている。
目覚めたことにより、だんだん意識がクリアになってくる。感覚も、徐々にはっきりわかるようになってきた。
先程から鼻をつく薬品の匂い。腕にある違和感……少しだけ動く首を動かし確認すると……点滴が刺さっていた。重たい瞼から覗く瞳でも、なんとかわかった。
……人の気配は、他にない。今この部屋に居るのは、ベッドに寝かされた達志と、謎の女性のみ。つまり、ここは個室らしい。個室だなどと、贅沢なことだ。
しかし、なぜ自分はこんなところに……
「……気がつかれました? 体の調子は、いかがですか?」
電話を終えた女性は、声をかけてくる。その優しげな声色に安心しつつ、声のした方向に目を向ける。よくわからないことだらけだが、声の主から悪意は感じない。
ならばひとまずは、彼女に現状を確認るべきだろう……
「ご自身のお名前、わかりますか? って、あ、しゃべるのがつらかったら、無理はしないで……あ、それに、ちゃんと聞こえてるのかな……」
「……あ」
女性は、わたわたと慌てている。なにか、未知のものに遭遇したかのようだ。
まだ頭は混乱している……しかし、質問に対して条件反射で、達志は答える。
「……いさ、かい……たつし、です」
患者という言葉。加えて今の質問。もしかしたら自分は、記憶障害を疑われているのかもしれない。他にも、耳が聞こえているのかも。
それ以外に、今の状況を説明する術を、達志は知らない。
「……よかった。ご自身の家族構成、わかりますか? ゆっくりで大丈夫ですよ」
次いで質問されるのは、やはり自分は記憶障害を疑われていると、疑問が確信へと至るに充分なものだ。しかしそんな質問は、無駄だ。
「ははといもう、と……ち、ちは、むかししんで……」
こうして答えることが出来るということは、自分は記憶障害などではない。まだ掠れた声で、たどたどしい口調で答えると同時、それを伝えようとする。
達志の家族構成は、父親と母親、妹の四人構成というごくごく普通の家庭……とは言い難い。
父親は、妹が小さい頃に事故で亡くなっており、母親は女で一つで自分たちを育ててくれたのだ。この記憶は、疑いようのない、達志の確かな記憶だ。
手元の資料を見て、看護師は頷いている。どうやら、資料の情報と一致しているか確認しているようだ。
なんでこんなことになってるか覚えてはいない。聞きたいこともあるが、今自分は流暢にはしゃべれない。ならば、質問に答えていくのが無難だ。
しばらくの時間を経て、重かった瞼がようやく開く。光が、まぶしい。
「あの、すみま、せん。すこし、こんら、んしてて……」
その視界の先には、看護師の女性が、立っていた。
……瞬間、達志は自分の目を、頭を疑うことになる。
「……っ?」
……そこには、ナース服を来ている人。いや、人型のシルエットの……犬の顔のような形をした何者かが、達志の顔を覗き込んでいた。
「いえ、無理もないです。なにせ、十年も眠っていたんですから……」
「……ん?」
さらに、女性の言葉により……頭の中が、余計に混乱した。
10
お気に入りに追加
298
あなたにおすすめの小説

異世界でネットショッピングをして商いをしました。
ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。
それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。
これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ)
よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m
hotランキング23位(18日11時時点)
本当にありがとうございます
誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。
『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!(改訂版)
IXA
ファンタジー
凡そ三十年前、この世界は一変した。
世界各地に次々と現れた天を突く蒼の塔、それとほぼ同時期に発見されたのが、『ダンジョン』と呼ばれる奇妙な空間だ。
不気味で異質、しかしながらダンジョン内で手に入る資源は欲望を刺激し、ダンジョン内で戦い続ける『探索者』と呼ばれる職業すら生まれた。そしていつしか人類は拒否感を拭いきれずも、ダンジョンに依存する生活へ移行していく。
そんなある日、ちっぽけな少女が探索者協会の扉を叩いた。
諸事情により金欠な彼女が探索者となった時、世界の流れは大きく変わっていくこととなる……
人との出会い、無数に折り重なる悪意、そして隠された真実と絶望。
夢見る少女の戦いの果て、ちっぽけな彼女は一体何を選ぶ?
絶望に、立ち向かえ。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

スキルガチャで異世界を冒険しよう
つちねこ
ファンタジー
異世界に召喚されて手に入れたスキルは「ガチャ」だった。
それはガチャガチャを回すことで様々な魔道具やスキルが入手できる優れものスキル。
しかしながら、お城で披露した際にただのポーション精製スキルと勘違いされてしまう。
お偉いさん方による検討の結果、監視の目はつくもののあっさりと追放されてしまう事態に……。
そんな世知辛い異世界でのスタートからもめげることなく頑張る主人公ニール(銭形にぎる)。
少しずつ信頼できる仲間や知り合いが増え、何とか生活の基盤を作れるようになっていく。そんなニールにスキル「ガチャ」は少しづつ奇跡を起こしはじめる。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

家の猫がポーションとってきた。
熊ごろう
ファンタジー
テーブルに置かれた小さな瓶、それにソファーでくつろぐ飼い猫のクロ。それらを前にして俺は頭を抱えていた。
ある日どこからかクロが咥えて持ってきた瓶……その正体がポーションだったのだ。
瓶の処理はさておいて、俺は瓶の出所を探るため出掛けたクロの跡を追うが……ついた先は自宅の庭にある納屋だった。 やったね、自宅のお庭にダンジョン出来たよ!? どういうことなの。
始めはクロと一緒にダラダラとダンジョンに潜っていた俺だが、ある事を切っ掛けに本気でダンジョンの攻略を決意することに……。

ペット(老猫)と異世界転生
童貞騎士
ファンタジー
老いた飼猫と暮らす独りの会社員が神の手違いで…なんて事はなく災害に巻き込まれてこの世を去る。そして天界で神様と会い、世知辛い神様事情を聞かされて、なんとなく飼猫と共に異世界転生。使命もなく、ノルマの無い異世界転生に平凡を望む彼はほのぼののんびりと異世界を飼猫と共に楽しんでいく。なお、ペットの猫が龍とタメ張れる程のバケモノになっていることは知らない模様。
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる