勇者殺しの平民は、世界をやり直す ~平穏を目指す彼女のリスタート~

白い彗星

文字の大きさ
上 下
37 / 45

第37話 悪者

しおりを挟む


『なんで、"びと"がこんなとこいんだよ。気持ち悪い』

『言っとくぞ。一生懸命頑張る、なんてこたぁ、誰でもできるんだよ。俺が期待してるのはそんなことじゃねえ……わかんだろ?』


 ……初対面で、散々なことを言われたものだ。
 自分が"忌み人"だから、いろいろな陰口をたたかれてきた。その中には当然、あの男が言ったものよりひどいものもあった。

 ただ、こうも真正面から、悪意に満ちた言葉をぶつけられたのは、初めてだった。

「ごきげんよう、ガルロ・ロロリアス様」

「あぁ?」

 私は、彼の前に立ち……お辞儀をした。

「なんだ、"忌み人"かよ。なんか用か」

 頭を下げる私に浴びせられる、刺々しい言葉。
 それは、悪意に満ちた言葉だった。

 だけど……思い返せばそれは、たしかに悪意に満ちた言葉ではあったけれど。
 悪意を感じる言葉では、なかったのではないか。

「せっかくなので、少しお話をと思いまして」

「さっき俺にあんなこと言われて、よくも一人で話に来たもんだ。勇者様に守ってもらわなくていいのかよ?」

 鋭い眼光が、私を見ていた。
 正直、怖い。怖いけど、それは本気で私を、にらみつけている目ではない。私に悪意を持っている目では、ない。

 私は、知っている。本当の悪意を。
 私は勇者殺しの罪を抱いて、人々から悪意を浴びせられた。あれに比べたら、この人の目なんて、怖くもなんともない。

「……私、あんなふうに人から、直接髪のことを言われたのは、初めてなんです」

「あん?」

 なんの話だ、と言わんばかりに、ガルロは首を傾げた。
 これは、半分本当で半分嘘だ。私は、この髪のことを陰口で散々、言われた。

 だけど、直接あんなふうに、言われたことはない。少なくとも、勇者殺しの罪を抱くまでは。
 私の罪が明かされ、人々から悪意を向けられた。そのときに、髪のことも言われた。

 そこで、わかったのは……普通は、髪のことをよく思っていなくても、口には直接的には出さないということだ。

「先ほどガルロ様は私の髪を見て、気持ち悪いと言いました。あんなことを面と向かって言われる経験は、なかったんです」

「そうかよ。だから、その文句を言いにきたってのか? んなこと言われる筋合いはねえって」

「文句、というか。もし本当に、そう思われていたら、一つ言ってやりたいことはありますが……
 あれ、わざとですよね?」

「……」

 ガルロを見上げる。
 ガルロはじっと、私を見ていた。まるで、獲物を品定めしているかのよう。

 怖いけど、それは見せかけだ。本当の悪意は感じられない。
 だから私は、自分の考えを口にする。

「あのときガルロ様は、私の髪の色を指摘して、私をひどく罵倒したように感じられました」

「感じたもなにも、などの事実だろうが。平民の"忌み人"に、ちょっと噛みついてみただけだ。そしたら勇者が反応するのが、面白くてなぁ」

「だから、でしょう。ガルロ様が私を悪く言って、勇者様が私をかばう。すると、他の方の気持ちが傾きます。
 得体のしれない、嫌悪すべき存在の"忌み人"から……かわいそうな、同情すべき女の子へ」

 あのときガルロが行ったことは、おそらく……印象操作だ。
 誰もが、"忌み人"を前にして嫌悪感を抱く。だからこそ、誰がなにを言っても言い返す人などいない……

 この世界の人間ではない、勇者以外は。

 勇者が私をかばえば、これまで私に向いていた負の感情が、変わってくる。ガルロの厳しい言葉に、『そこまで言わなくても』と……同情的な心が、生まれてくる。

「つまり……俺が自分を悪者にして、てめえに向けられる悪感情を俺に向けるよう仕向けた、ってことか?」

「そういうことです」

 私に厳しい言葉を浴びせたガルロは、私が同情される代わりにガルロ自身が、周囲からの反感を買う。
 結果として、私は周囲に囲われ、ガルロは周囲から嫌われるということ。

「はっ、おもしれえ推理だな。だとしたら、なんで俺は初対面の、見ず知らずの女のために、体を張らなきゃならないんだ?」

「それは……わからないです」

 ただ、この推理には大きな穴がある。
 ガルロが、私に対してここまでしてくれる、その理由がわからないことだ。

 自分が嫌われ者になってまで、私を助けてくれる。
 たとえ面識がある相手にだって、そんなことなかなかできやしないだろう。

 それなのに、この人はどうして……

「はっ、わからねえのか。なら、てめえの推理も的外れってこった」

「……かも、しれません。でも、もし今私が言ったことが、まったくの的外れだったとしても……実際に、周囲の私への当たりが軽くなったのは、確かです」

 私の推理が間違っていたとしても。
 ナタリも、ミルフィアも。他のメイドたちや、王女でさえ、私に対して同情的な心を向けてくれている。

 私が、"忌み人"であるからといって……誰も、突っかかってこないように。

「なので、お礼を言いたくて。あなたのおかげで、私への風当たりが、よくなりました。ありがとうございました」

「……変な女だな。自分を罵倒した相手に、例を言うなんざ」

 私は、じっとガルロの顔を見つめた。
 ガルロは、私から視線をそらしていた。

 彼が、なにを考えているのかわからない。たしかに、彼の言うように、自分を悪く言った相手にお礼を言うなんて……
 どうかしているのかも、しれない。

 でも……どうしても、伝えたかったんだ。
 心苦しいのは、私の代わりに彼が、みんなから悪い目で見られてしまうということだ。

 ただ、それを解消できる方法は、私にはない。

「いろいろと話しましたが、これだけ伝えたかったんです。では……」

 顔をそらしたままの彼に言葉をかけ、私は彼に背を向けた。
 これまでに、会ったことのないタイプの男だ。見た目も口調も悪いのに、実際は人のことを思いやってやれる優しい人だ。

 それを知っているのが、私だけというのも……なんだか、くすぐったい。

「……俺には、幼なじみがいたんだ」

 足を、進めようとして……黙ったままだったガルロから、声がかけられた。
 それは、私に向けてのものだったのか、それともひとりごとのつもりだったのか……

 いずれにしろ、聞こえてしまったからには足を止めるしか、なかった。

「俺より一つか二つ、年が下の女でな……
 そいつの髪の色は、紫色だった」

 私はいつの間にか振り返り……ガルロの話に、聞き入っていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...