勇者殺しの平民は、世界をやり直す ~平穏を目指す彼女のリスタート~

白い彗星

文字の大きさ
上 下
18 / 45

第18話 私の罪

しおりを挟む


 我に返った私の目に入ったのは……もう、動かなくなった勇者の姿だった。
 背中から、胸から……大量の血が、流れていた。


『あ、あの……? ゆ、勇者、様……?』


 勇者を殺すと、確かな殺意を持っていた私。
 だけど、実際に勇者を、人を手に掛けた。この手で、人の命を奪った。

 その事実が、私に重くのしかかった。


『ひっ……』


 私は、逃げた。小屋から飛び出して、ただ一心に。
 外では、雨が降っていた。水たまりを踏み、泥に足を取られて転び、ぐしゃぐしゃになってしまった。

 外では、雷が鳴っていた。轟音は、まるで私の罪を咎めているかのようで。
 凶器に使ったナイフを落としてきたことなど、気に留めることもなかった。


『はぁ、はぁ、はぁ……!』


 ただ、走った。目的地があったわけじゃない。でも、走るしかなかった。
 あの場にいても、どうすることもできない。自分が殺した男の亡骸など、眺めていたいものではない。

 どれだけ、走っただろう。足が、震えていた。
 走って疲れたからか、それとも……


『あんた、どうしたんだこんな雨の中……ひ、ひぃいい!? ち、血!?』

『え……』


 私は、逃げるようにあの場から、走っていた。だからだろう。
 気づかなかった……自分の体が、泥水だけではなく血にも濡れているなんて。


『ち、ちが……』

『衛兵を呼べぇ! 人殺しだぁあ!』


 その言葉に弾かれるように、私はそこからも逃げた。
 だけど、逃げても逃げても人に見られているような気がして……走り続けた体には、もはや限界が近づいていた。


『ぅ……!』

『捕らえろ! 逃げるな女!』

『紫色の髪……こいつ、"びと"だ!』

『はっ、そういうことか! この罪人が!』


 私の髪の色を見た瞬間、私を罪人として捕まえ、兵士たちは笑った。
 そして、私の身元はすぐに調べられ……ほどなく、城へと連行された。

 城には、国王が……そして、王女が、待ち構えていた。


『なんですか? その姿は……!』


 私の姿を見た王女が、汚いものを見るような目を私に向けてきた。
 私の服は、体は、泥水にまみれとても見れたものではなかった。

 なにより……


『それは、誰の血だ?』


 私の服に、べっとりと付いた血。それが誰のものかと、国王は鋭い眼光で私を睨みつけた。
 以前までの私なら、その目におびえていただろう……でもこのときの私には、そんな余裕すらなかった。

 もう、疲れたのだ……だからだろう。


『私が、勇者を殺しました』


 自然と、そんな言葉が自分の口から、漏れ出ていた。

 その言葉を聞いた国王は、兵士は。……王女は。
 皆一様に、口を開けて驚いていて……

 その姿が、どうしてか爽快に感じたのを、覚えている。


『な、なにを言って……』

『うそよ!』


 困惑する国王。それとは対称的に、激昂に震える人物。
 王女が、私の胸ぐらを掴んだ。


『り、リミャ!』

『王女様、危険です、離れて……』

『うそよ……うそうそうそうそうそよ!!』


 国王の声も、兵士の声も、王女には届かない。
 ただ、今までに見せたことのない表情を見せて……私に、怒りの瞳をぶつけていた。

 ……あぁ、すごい怒ってるな。それも当然か。


『うそじゃありませんよ』

『そんなわけない! 勇者様が、あなたなんかに殺されるはずが、ないわ!』


 私の胸ぐらを掴み上げる手に、力が入る。

 彼女の言う通りだ。私なんかが、勇者を殺せるはずがない。
 私にはなんの力もない。いや、"猛獣使い"の力ならある……でも、勇者ならその程度、なんてことはない。

 私に、勇者を殺す実力はない。
 そう、本来なら。


『勇者が、私に背を見せたんです。生物なら、背中は死角でしょう?
 そこに、ナイフを突き立てたんですよ』

『勇者様が、あなたに背を? はっ、バカも休み休み言いなさい! そんなことを、そんな隙を見せるはずが……』

『見せてくれましたよ……ベッドの上で』


 ……そう口にした瞬間、王女の手から力が抜けそうになったのを、感じた。


『……は?』

『勇者と言っても、男ですからね。簡単でしたよ。
 私の誘惑にいとも簡単に負けて、背中を見せる勇者の姿は、さぞ滑稽で……』


 バチンッ……!


 鋭い、音が響いた。
 頬に、痛みが走る。今、私は王女にビンタをされたのだと、わかった。

 
『……っぱり……』


 その瞳は、憎悪に濡れていた。


『やっぱり、あんたが、勇者様に色仕掛けをかけたんじゃない!
 この、嘘つきが!!』

『……』


 私は押し倒され、お腹にまたがられて、何度も何度も殴られた。
 兵士に止められるまで、何度も……

 怒りと涙で、その顔はすっかりぐちゃぐちゃだ。


『なにが、おかしいの……なにを、笑っているのよ!』

『いえ……以前、私の言う言葉は信じてくれなかったのに……今言った言葉は、信じるんですね』

『……っ、この……!』

『静まれリミャ。まずは、真実を明らかにせねばならん。その女が、真実を話しているのかそれとも……
 ……もっとも、偽りだったとて、我ら王族にこのような虚偽をした罪は重いがな』


 王女も、国王も、私を蔑む目を向けていた。
 それから私は、勇者を殺した場所や状況を聞かれて……正直に、答えた。

 その後私は、地下牢に閉じ込められて……
 どれほど時間が経ったのか。地下牢にまで聞こえるほど泣きじゃくる、王女の声が聞こえた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...