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第18話 私の罪
しおりを挟む我に返った私の目に入ったのは……もう、動かなくなった勇者の姿だった。
背中から、胸から……大量の血が、流れていた。
『あ、あの……? ゆ、勇者、様……?』
勇者を殺すと、確かな殺意を持っていた私。
だけど、実際に勇者を、人を手に掛けた。この手で、人の命を奪った。
その事実が、私に重くのしかかった。
『ひっ……』
私は、逃げた。小屋から飛び出して、ただ一心に。
外では、雨が降っていた。水たまりを踏み、泥に足を取られて転び、ぐしゃぐしゃになってしまった。
外では、雷が鳴っていた。轟音は、まるで私の罪を咎めているかのようで。
凶器に使ったナイフを落としてきたことなど、気に留めることもなかった。
『はぁ、はぁ、はぁ……!』
ただ、走った。目的地があったわけじゃない。でも、走るしかなかった。
あの場にいても、どうすることもできない。自分が殺した男の亡骸など、眺めていたいものではない。
どれだけ、走っただろう。足が、震えていた。
走って疲れたからか、それとも……
『あんた、どうしたんだこんな雨の中……ひ、ひぃいい!? ち、血!?』
『え……』
私は、逃げるようにあの場から、走っていた。だからだろう。
気づかなかった……自分の体が、泥水だけではなく血にも濡れているなんて。
『ち、ちが……』
『衛兵を呼べぇ! 人殺しだぁあ!』
その言葉に弾かれるように、私はそこからも逃げた。
だけど、逃げても逃げても人に見られているような気がして……走り続けた体には、もはや限界が近づいていた。
『ぅ……!』
『捕らえろ! 逃げるな女!』
『紫色の髪……こいつ、"忌み人"だ!』
『はっ、そういうことか! この罪人が!』
私の髪の色を見た瞬間、私を罪人として捕まえ、兵士たちは笑った。
そして、私の身元はすぐに調べられ……ほどなく、城へと連行された。
城には、国王が……そして、王女が、待ち構えていた。
『なんですか? その姿は……!』
私の姿を見た王女が、汚いものを見るような目を私に向けてきた。
私の服は、体は、泥水にまみれとても見れたものではなかった。
なにより……
『それは、誰の血だ?』
私の服に、べっとりと付いた血。それが誰のものかと、国王は鋭い眼光で私を睨みつけた。
以前までの私なら、その目におびえていただろう……でもこのときの私には、そんな余裕すらなかった。
もう、疲れたのだ……だからだろう。
『私が、勇者を殺しました』
自然と、そんな言葉が自分の口から、漏れ出ていた。
その言葉を聞いた国王は、兵士は。……王女は。
皆一様に、口を開けて驚いていて……
その姿が、どうしてか爽快に感じたのを、覚えている。
『な、なにを言って……』
『うそよ!』
困惑する国王。それとは対称的に、激昂に震える人物。
王女が、私の胸ぐらを掴んだ。
『り、リミャ!』
『王女様、危険です、離れて……』
『うそよ……うそうそうそうそうそよ!!』
国王の声も、兵士の声も、王女には届かない。
ただ、今までに見せたことのない表情を見せて……私に、怒りの瞳をぶつけていた。
……あぁ、すごい怒ってるな。それも当然か。
『うそじゃありませんよ』
『そんなわけない! 勇者様が、あなたなんかに殺されるはずが、ないわ!』
私の胸ぐらを掴み上げる手に、力が入る。
彼女の言う通りだ。私なんかが、勇者を殺せるはずがない。
私にはなんの力もない。いや、"猛獣使い"の力ならある……でも、勇者ならその程度、なんてことはない。
私に、勇者を殺す実力はない。
そう、本来なら。
『勇者が、私に背を見せたんです。生物なら、背中は死角でしょう?
そこに、ナイフを突き立てたんですよ』
『勇者様が、あなたに背を? はっ、バカも休み休み言いなさい! そんなことを、そんな隙を見せるはずが……』
『見せてくれましたよ……ベッドの上で』
……そう口にした瞬間、王女の手から力が抜けそうになったのを、感じた。
『……は?』
『勇者と言っても、男ですからね。簡単でしたよ。
私の誘惑にいとも簡単に負けて、背中を見せる勇者の姿は、さぞ滑稽で……』
バチンッ……!
鋭い、音が響いた。
頬に、痛みが走る。今、私は王女にビンタをされたのだと、わかった。
『……っぱり……』
その瞳は、憎悪に濡れていた。
『やっぱり、あんたが、勇者様に色仕掛けをかけたんじゃない!
この、嘘つきが!!』
『……』
私は押し倒され、お腹にまたがられて、何度も何度も殴られた。
兵士に止められるまで、何度も……
怒りと涙で、その顔はすっかりぐちゃぐちゃだ。
『なにが、おかしいの……なにを、笑っているのよ!』
『いえ……以前、私の言う言葉は信じてくれなかったのに……今言った言葉は、信じるんですね』
『……っ、この……!』
『静まれリミャ。まずは、真実を明らかにせねばならん。その女が、真実を話しているのかそれとも……
……もっとも、偽りだったとて、我ら王族にこのような虚偽をした罪は重いがな』
王女も、国王も、私を蔑む目を向けていた。
それから私は、勇者を殺した場所や状況を聞かれて……正直に、答えた。
その後私は、地下牢に閉じ込められて……
どれほど時間が経ったのか。地下牢にまで聞こえるほど泣きじゃくる、王女の声が聞こえた。
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