勇者殺しの平民は、世界をやり直す ~平穏を目指す彼女のリスタート~

白い彗星

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第1話 勇者を殺した女

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 …………………………

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 ………………

 …………

 ……どうして、こんなことになったんだろう。
 いくら考えても、答えなんて出てこない。ただ、事実がここにあるだけだ。

「これより! この罪人の処刑を開始する!
 罪状は、勇者殺害の罪!!」

 私は、どこで間違ったんだろう……なにを、間違ったんだろう。

 手枷、足枷……それらが付けられた私は、もうここから逃げることはできない。体を動かすことさえ、満足にできない。
 重い。物理的に重いだけじゃなく……それ、以上に。それに……あぁ、冷たいなぁ。

 うつむく私のうなじに、冷たく鋭い刃が、当てられる。反射的に肩が震えるけど、だからといって刃が引かれることはない。
 なぜなら、これは今から、私の首を斬り落とす刃だから。

 こんな、ぼろ切れのような、服とも呼べない布を着せられて。
 体はボロボロだ……殴られて、蹴られて……顔も腫れて。ここに鏡はないけど、多分見れたものじゃない。

 処刑台には、膝立ちに座らされた私と、私の首を斬り落とす執行人の、二人だけ。
 でも、この場にいるのは、二人だけではない。処刑台の下には、たくさんの人がいる。
 広間を、埋め尽くすような人たちが。

 彼らは、見物人だ。私の処刑を見守る……いや、望んでいる、人たち。
 会ったこともない、顔も知らないような人ばかり。

 そんな人たちから、私は……罵詈雑言を、浴びせられている。
 知らない人からも……知った顔からも……いろんな言葉を、悪意を、ぶつけられる。

 でも、これは仕方ないことなのだ……
 だって私は……『勇者』を殺したのだから。

「この人殺しー!」

「勇者様を殺しやがって! てめえが死ねー!」

「お前のせいで、なにもかもがおしまいだ!」

「だから"びと"を勇者のパーティーに……いや、この国に入れること自体、間違いだったんだ!」

 人々から向けられる、悪意の感情。私はうなだれたまま、ただそれを一身に受ける。
 これだけの人が、勇者を慕っていた……なのに、私はそれを奪った。

 こうなるのも、当然だろう。さっさと首を斬り落とさないのは、慈悲などではない。
 ……お前が、どれだけの人に憎まれて死んでいくのか……それをわからせるための、時間だ。

 そして、人々の鬱憤を少しでも、ぶつけようという……

「最期に、言い残すことはあるか」

 首筋に刃が当てられたまま、処刑人が私に話しかけてきた。これまで私に浴びせられてきたのは、罵詈雑言ばかり。
 そんな言葉は、初めてだった。

 ただ、これは優しさではない。処刑前に、罪人にはこう聞く決まりがあるのだろう。
 罪人だって、人間であることに変わりはないから。

 ただ、あいにくと……私には、残したい言葉なんてない。言葉も、思いがあったとしてそれを伝えたい人も。
 両親も、友達も、みんなも。もう。

 だから、小さく、首を振った。

「……そうか」

 首に当てられた刃が、離れる。
 処刑をやめた……のではない。私の首を斬り落とすために、剣を天高く掲げたのだ。
 見なくったって、わかる。

 暗雲が天を覆い尽くしているのに、刃に反射した光が、私の視界をくすぐった。

 剣が掲げられ、その光景に、人々の間から歓声が上がる。人がこれから死ぬというのに、この人たちはそれが、こんなにも嬉しいんだ。
 でも、それも仕方ない、か。……私だって、もし逆の立場だったら、同じ反応をしたかもしれない。

 処刑執行までのカウントダウン。それに対して人々は、今か今かと待ちかねている。

「早くやれー!」

「惨めに殺せ!」

「そんな奴、生きた証すら残すな!」

 ……あぁ、こんな最期か。
 ……これまで、裕福な人生だったとは言わない。でも、少なくとも幸せな時は、あった。

 なのに、最期はみんなから憎まれて、恨まれて、罵詈雑言を浴びせられて……一人寂しく、逝くのか。

 最初は、そりゃ舞い上がった。異世界から召喚されたっていう勇者と、旅をすることになって。
 命の危険はあるって言われたけど、村のみんなも祝福してくれた。
 会った勇者は、まるでおとぎ話の王子様のように、感じられて……なのに……

 私は勇者を殺して、ここにいる。この、処刑台の上に。
 世界を救う、その役目を担った私が……今や、人々から死を、望まれている。

 悔しいも、悲しいも……もう、感じることはない。もう、なんの思いも……いや。
 これだけは、今も感じている。

 ……私はいったい……なんのために、生まれてきたんだろう…………

「処刑執行!!!」

 わぁあああ……と、広間の盛り上がりは最高潮に達する。私の死を望む人たちの、割れんばかりの歓声。
 そのうるささも、今はどこか遠い出来事のように感じる。

 振り下ろされる刃。……せめて、痛みもなく首を斬り落としてくれるといいな、と場違いなことを願って。
 私は、そっと目を閉じた。

 言い残したい言葉はないけど、最期の気持ちを神様が聞いてくれるというのなら。

 ……もし、生まれ変わることができたのなら。今度は、幸せな最期を、迎えたいなぁ……


 ザンッ…………!


 ……人々が、暗い空が、処刑人が……それらが、くるくるくるくると回って……
 それを最後に、私の意識は、途絶えた。
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