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転生魔王は体育祭を謳歌する
無自覚バカ
しおりを挟む昼休憩の時間が終わり、午後の部が始まる。
あまり腹を膨れさせては今後の種目に支障が出る。かといって、腹にものを溜めなければいざという時に動けない。
その辺りのバランスを考えてくれていた、見事な弁当だった。
「さて、次は……」
午後の部が始まるにあたり、応援団がそれぞれのチームを応援している。
その間の時間を使い、今一度プログラムを確認する。
すると、次に書かれてあった種目は……部活対抗リレーの文字だった。
「おぉ、ついにか」
「はー、この時が来たねー」
横から、ひょこっと顔を覗かせるあい。
次の種目を見て、考えていることは多分俺と同じだろう。
……なぐも先輩が、いやだいやだと駄々をこねるのが、目に浮かぶ。
「真尾、悪いが次……勝たせてもらうぜ」
「おぉ、がんばれー」
「他人事!?」
むかつくウインクをする鍵沼に、エールを送っておく。
当然だが、陸上部の鍵沼も、部活対抗リレーに出場する。
人数がぎりぎりの写真部とは違い、それなりに人数がいる中で、一年生の鍵沼が出場することになっているとは……
陸上部の中でも、期待されているのだろう。
『俺、期待のエースだから!』
以前そんなことを言っていたが、まんざら嘘でもないらしい。
まあ、その時の顔がむかついたので、軽く頭を叩いてやったわけだが。
「なんだよノリ悪いな!
もっとこう……あれよ、あれ!」
「陸上部相手に勝てると自信満々には言えん」
こっちは写真部で、向こうは陸上部。
いかにこちらには、俺を除けばあいと小鳥遊がいるとはいえ、走ることが部活動である陸上部に勝てるとは、思っていない。
……ま、ハナから諦めるのは俺らしくないし、やるからには勝ちを狙いに行くが。
「それで、なぐも先輩は……」
「あ、いました!」
出場選手の集合場所、そこでなぐも先輩を探して……さなが、見つけた。
さなが指さした場所には、いた……
うずくまり、どんよりと暗い空気を出している生徒が。
「あれは……先輩だろうね」
「間違いないな」
顔を確認するまでもない、あれはなぐも先輩で間違いない。
これから部活対抗リレーに出ようって人間が、ああも暗い空気を出すわけがない。
周囲では、話しかけていいのか迷っているのか、みな見て見ぬふりだ。
やれやれ、仕方ない。
「なぐも先輩」
「こ、光矢ぐん……」
「うわ……」
彼女の肩を叩いたことで、なぐも先輩は振り向く………
その顔は、鼻水を垂らしていた。
美人が台無しだ……いや、ホントに。
「せ、先輩……あの、ティッシュです」
「ありがと……」
貰ったティッシュで、ズビッと鼻をかむ。
泣いてまではいないようだが、大丈夫かこの人。
その場に遅れて小鳥遊も合流し、出場人数が揃う。
「う、吐きそう……」
「こ、こらえてください先輩!」
なぐも先輩の背中を、擦り励ましているさな。
あぁ、優しいな。
「あの……あいちゃん、さっきは、なんのお題で鍵沼さんを、連れて行ったの?」
「へ? いや、別に……たいしたことじゃ、ないわよ!」
あっちでは、小鳥遊が先ほどの借り物競走の件を、やんわりとあいから聞きだそうとしている。
しかしやはりあいは、誤魔化すばかり。
「……大丈夫かこれは」
期待できる二人には、どちらも多かれ少なかれ鍵沼への邪念がある。
正直期待できない二人は、すでに一人がダウン寸前だ。
その上……
「いやー、楽しみだな真尾!」
「楽しみじゃない、自分の部活へ帰れ」
「なんだよつめてーよー」
なぜか鍵沼が、俺の近くにいる。
その存在を認めた小鳥遊が、さりげなくあいの影に隠れようとするが……
「お、その子が新しく入ったっていう、新入部員?」
「ひゃ!」
突然、鍵沼は小鳥遊に意識を向けた。
ああもう、普段バカの癖になんでこういうときは鋭いんだ。
隠れた小鳥遊を、放っておいてくれればいいものを。
「あ、さっきリレーで走ってた美人さんじゃん!」
「びっ……」
「いやぁ、速かったよ! 俺びっくりしちゃって!」
やめろバカ! それ以上小鳥遊を刺激するな!
鍵沼はすぐに小鳥遊の側へと駆け寄り、人懐こい笑顔で対応する。
小鳥遊は、対面早々美人なんて言われてしまい、沸騰しそうなほどに顔が赤い。
「ちょっと、さらさちゃん怖がってるでしょ」
「えー、んなことないでしょーよ」
小鳥遊の気持ちは知らないが、怖がっていると解釈したあいが鍵沼を、引き離そうとする。
しっしっ、と手で払う仕草に、鍵沼は口を尖らせる。
ナイスだ、あい。あのままでは、小鳥遊がどうなっていたかわからない。
「おーい鍵沼、そろそろこっち並べ!」
「あ、はーい!
んじゃさらさちゃん、またな!」
「!!?」
じゃーな真尾、と、陸上部の先輩らしき男に呼ばれた鍵沼は、この場を去っていく。
最後に、とんでもない爆弾を落として。
「さ、さら、さらささ……」
あいつ……よりによって、小鳥遊を名前で呼んで、行きやがった。
そりゃ、名字は知らないだろうとはいえ、だ。
小鳥遊のやつ、もう見ていられないほどに真っ赤だ。
好きな人に名前で呼ばれる……それだけの行為に、そこまで赤くなる要因があるかとも思う。
だが、これを自分のことに当てはめてみよう。
もし、さなに名前を呼ばれたとしたら……
『真尾くん!』
「…………」
あぁ、ダメだ。想像だけで、なんかダメだ。
事前に覚悟してこの破壊力だ、いきなりだった小鳥遊にはどれほどの破壊力だったか。
あぁ、あの無自覚バカ……!
「さ、さらさちゃん!?
どうしたの、顔真っ赤だよ大丈夫!?
熱中症じゃないよね!?」
「らら、らいじょうび……」
「うぇえ、出たくないよー」
「よ、よしよし……」
「……」
本当に、本当に大丈夫なのか、これ……
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