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暗殺者と第四王女
二十六話 本気
しおりを挟む「あっははははは!」
「ちっ」
腰に備えていた短刀を抜いたラーミは、その場から助走もなしに俺に飛びかかってくる。その目は狂気に光り、恍惚とさえしているようだ。
振り下ろされる短刀を、俺も抜いた剣で迎え撃つ。キィン、と金属の衝突する音が響き、短刀の一太刀を防いだことを確認する。
「はっ、やぁっ、たぁ!」
狂気に満ちた笑い……それを浮かべたまま、ラーミは何度も何度も短刀を振り回す。それは一見ただ無造作に振り回しているように見えて、しっかりと俺の体を……急所を狙ってきている。
リーチは短刀の方が短いため、距離をとればこちらが有利になるだろう。が……こう攻められたのでは、向こうのペースに持っていかれるばかりだ。それに、短刀とはいえ一撃一撃が、重い。
気を抜くと、剣が折られてしまいそうだ。
「あっははは、楽しいな、楽しいなぁセンパイ!」
「それは、お前だけ、だ!」
俺の命を取ることに今は意識が集中している……だから、そこに隙が生まれる。がら空きになっている腹部、そこを思い切り蹴りつける。
俺に短刀を突き刺すことしか考えていなかったからか、蹴りは簡単にボディに入った……が、それですんなりと吹き飛ばされてはくれない。
「お、ぉ?」
腹部に打ち付けられた足……それを、ラーミは笑みを浮かべて次の行動を起こす。そのまま吹き飛ばされてはやらないと言わんばかりに、俺の足首、膝へとしがみつく。そのためラーミは吹き飛ぶことなくその場に留まり、おまけに俺の足を自らの体で固定する。
そのまま、無防備な足へと短刀を振り下ろしてくる。俺はといえば残る一本の足で体を支えている状態だが、さすがにこのまま黙って見ているわけにもいかない。
短刀が足に刺さる……その前に、体を支えているもう一本の足で蹴りを放つ。短刀を握りしめているその手首を打ち、狙いを外す。その代わり、俺の体を支える足二本が地を離れ、バランスを崩すが……
「お、らぁ!」
両足が使えるようになったことで、体勢を崩しながらもラーミを振り払う。さらに、背中から地面に受け身を取る。
すぐに体勢を立て直すと、離れたところで笑うラーミがいる。
「ひゃー、やっぱそう簡単にはいかないか」
「ちっ……なにしてんだい。あんたのやるべきことは、第一にあいつを殺すことだろうが。そんなやわ男に手間取ってるんじゃないよ」
「いやいやぁ、お嬢様を殺すためにも、まずはセンパイを排除しないと。じゃにとうまくいくものもいきませんて」
依頼人と暗殺者……第二王女とラーミの関係は、それ以外のなにものでもない。だから、標的である第四王女をすぐに始末しないラーミにイラついているようだ。
あの女、今更疑いようもないが本気で、妹の殺害を依頼したのか。
「さっさと済ませてちょうだい。こんな埃っぽいところにいつまでもいたくないわ」
「ご不満なら、センパイを抑えている間にあなたが殺したらどうです? その場合、依頼料はお返ししますよ?」
「冗談っ。なんでわざわざ私が手を汚さないといけないのさ」
ラーミの言うように、俺がラーミの相手で手一杯な以上、もしその間に第二王女が第四王女を殺しに行けば、それを防ぐ術はない。が……
どうやらそのつもりはないようだ。そんなことをすれば、自分の手を汚すことになる……暗殺者に殺しを依頼するのは、半分は自分の手を汚したくない連中によるもの。それはわかっていたが……
「……」
果たしてそれを実の姉から聞かされる妹の気持ちは、どんななのだろうか。
「やれやれ、わかりましたよ。そういうわけでセンパイ、もっと楽しみたいんですけど……こっから本気でいきますんで」
「……!」
「センパイも本気出してくれないと、すぐに死んじゃいますよ?」
言って、ラーミは懐からもう一刀の短刀を取り出す。あいつ、二刀使いだったのか……?
俺との仕事の時には二刀使いであることを隠していたのか、それとも初の試みか……ラーミの場合、どちらにも当てはまるな。
直後、短刀の刃が赤く光る。あれは……火属性の魔法で、刀身に魔力を込めている、ってわけか。
「じゃあ、いっきまーす!」
「っ、なっ……」
まばたきすら躊躇われる緊張感……視線など外すはずもない。だが、次の瞬間にはラーミの姿はそこにはなかった。まるで消えたように。
……俺の体から鮮血が舞ったのは、その直後のことだ。
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