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暗殺者と第四王女
十五話 生への執着
しおりを挟む「取引を、しませんか。私を、助けてください。代わりに私が、貴方を買います」
それは、俺でもこれまでに経験したことがないほどに、唖然とする言葉の内容だった。取引……だと、この状況で?
こいつふざけているのか……喉元に剣を突き立てられ、そうでなくても燃える部屋の中。絶体絶命ってやつだろう。なのに、この状況で、自分を殺しに来た相手に取引を持ち掛けるだと? ふざけているのか、そうでなければただのバカだ。
「誰になにを言っているのか、わかっているのか? 戯言を聞くつもりはないぞ」
そもそも、標的に姿を見られてしまった。その時点で失態だ……いくら俺の予想外の展開が続いたとはいえ。だがこの失態は、まだ取り返せる。この少女の命を絶てば、問題はなくなる。
わずか一センチ。手を動かすだけで、少女の首は掻き切れる。この状況では、少女はなにを言うよりも俺の手が動くのが早い。最期の瞬間、声をあげられないように、喉を切る……どこをどう切れば、一切の音も立てずに人が死ぬか、俺は知っている。
だというのに……
「戯言ではありません。貴方は、誰かに雇われて私のことを殺しに来たのでしょう? ならば、私が依頼主以上のお金を払います。だから……」
強い、意思を感じる。
……俺を買う。そう言った少女の推理は、当たっている。
俺は、組織を経由した『ある人物』の依頼で、この少女……いや、王位継承権を持つこの第四王女を殺しに来た。それが、俺の仕事だからだ。
王女を殺すことが、ではない。俺は暗殺を生業としているため、誰かを殺せと依頼を受ければ、たとえ相手がどこの誰でも、王女であってもその依頼を遂行する。
まだ幼く……見たところ、14、5歳程度。それで、自分を狙う何者かがいる……いや、自分が狙われる立場にいるということを、しっかり理解している。しかも、こんな状況にあって泣き言一つ言わずに、命乞いどころか取引をするときた。
事前に感じていた印象とは、ずいぶんと違う。なんとも肝の座った女だ。長年この仕事をしているが、皆泣きわめくかみっともなく命乞いするか……中には、同じように交渉してくる人物もいた。
が、そいつらは皆金にものを言わせる豚どもだ。金を払うから見逃してくれ……どいつもこいつも、同じセリフばかりで反吐が出る。ま、ほとんどがそういう奴を殺してくれという依頼なんだがな。それに一度受けた依頼を、そんな豚の戯言で白紙にはできない。
そいつらは躊躇なく殺した。それは仕事のプライドの問題……いや、もっと単純な話。俺は、そういう権力者たちが嫌いなのだ。権力と金さえあれば、なにをしても許されると思っている豚ども。
この少女、第四王女もそういった豚どもと同じだと思っていた。初めてだ……殺しの対象(ターゲット)がこんな年端もいかない少女で、その上こうして、交渉してくるなどと。なにより、この状況で生きることをまったく諦めていない。
生への執着……汚い命乞いなんかではない。その目が、俺になにかを訴えかけてくる。……面白い。
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