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暗殺者と第四王女
一話 その男、暗殺者につき
しおりを挟む「……張り合いのない仕事だ」
手の中にある資料を見ながら、その一番上に書いてある名前に斜線を引く。その行為には、一つの意味がある。
今、一人ぼやいた通りに仕事を終えた。もう何度と、こういった張り合いのない仕事が続いている。
別に、仕事に張り合いを求めているわけではない。だが、俺の仕事はたった一瞬の油断が命取り……常に緊張感を持っていなければならない。だというのに、こうも張り合いがないと、無意識に気が緩んでしまいかねない。
もちろん、無意識であっても気が緩むなんて、そんな下手なミスは犯さないが。気の緩みも、ちょっとしたミスも、決して起こしてはならないものだからだ。それでも、張り合いがなければ体がなまってしまいかねないのは、事実だ。
「……」
人目につかないように道を選び、とある建物に入る。それは古びた木製の建物(いっけんや)で、人など住んでいるとは思えない場所だ。だからこそ、人目にもつきにくい。
建物に入り、目的地は床下にある地下へ。傍目からはわからない場所にある入り口、そこを、渡された鍵を使って隠し扉を開ける。そこにある階段を、降りていく。
下に行けば行くほど、当然暗くなる。が、隠し扉を閉めれば下ろうと下るまいと意味はない。一切の光が差さない暗闇だ。常人は、この暗闇の中では灯りもなしに自由に動けはしないだろう。
夜目に慣れた俺にとっては、灯りなど必要ないが。
「失礼します」
階段を下りきったところにある、古びた扉……軽くノックをして、ドアノブに手をかける。室内からの返答がないのに部屋へと入ってしまうのは、俺の悪い癖だ。直すのを善処しようとは思っている。
「ん、やぁいらっしゃいアン。久しぶりだねぇ。ただ、いつも言ってるが、部屋に入ってくるときは相手の返事を聞いてからにしてくれないか」
……善処しよう。
「すみません。あと、その呼び方はやめてください」
一言謝罪し、俺は目の前にいる男を見つめる。机を挟んで椅子に座っているのは、名をデルビート・ロスマンという大柄の男……いわゆる俺の同業者だ。
本人曰く、年齢は40代前半らしいが、どう見ても50代にしか見えない。強面な顔には所々傷があり、これまで潜ってきた修羅場の多さを思わせる。特に、閉じている右目に走った刀傷は、よりいっそう強面感を増している。
蓄えたあごひげ、ついでに口に咥えた葉巻は、貫禄を表すようにわざとやっているのだろうか。まあどうでもいいことだ。
その強面な雰囲気とは裏腹に、本人は非常にノリが軽いのは近しい者にしかわからない。たまに、うざったいくらいだ。
「せっかくひっさしぶりなんだ。どうだ、一杯」
「遠慮します」
「ったくつれねえなぁ。で、お前がここに来たってことは……」
「はい、仕事を終えたので、その報告に」
くだらないやり取りをするつもりはない。さっさと用件を済ませてしまうと、手元の資料を差し出す。それを受け取ったデルビートは資料に目を通した後、笑みを浮かべる。
この笑顔だけは、年相応のおっさんくさい表情だ。街中で笑顔を浮かべようものなら、きっと通報される。
「ま、お前さんのことだから失敗するとは思ってないが。一応あとで確認は取っておく」
「お願いします」
失敗など、あり得ない。仕事を失敗することがあれば、自分は今ここにいないだろう。
しかし……いつ来ても、珍妙な部屋だここは。地下にあり、建物自体も古いのに、この部屋だけは新品のようにきれいで明るい。壁はコンクリート造り、ソファーや本棚、果てはキッチンなど生活用具がひとしきり揃っている。
ここで生活しようと思えば、できるのだろう。現に目の前の男の生活空間と言っても、過言ではない。
「ふー……しっかし、お前さんもそろそろ一つの場所に腰を据えたらどうだ?」
手に持っていた資料をその辺に放り、葉巻から口を離して煙を吐き出すデルビートは……葉巻を指のようにして、俺を指し、言う。煙が視界を覆う。
それは、デルビートが度々口にすること。正直聞き飽きた。
「いえ、俺には今のスタイルが、性に合っているので」
「そればっかだな。……アルフォード・ランドロン、わずか7歳でこの"暗殺"家業に足を踏み入れ、目まぐるしい才能を開花。その後18歳に至るまでの間一度もミスすることなく、仕事を完璧にこなしてきた。そんなお前を、欲しがる奴らはたくさんいる。もちろん、俺もその一人だ」
「俺の体が目当てというわけですか」
「その言い方をやめろ」
目の前の男が話すのは、俺のこと……アルフォード・ランドロンという男の現在だ。彼の言うとおり、俺は7つの歳でこの暗殺の世界に足を踏み入れた。
理由は……と、そんな大したものではない。そもそもこのような世界で仕事をしているのは、親に捨てられたか失ったか……生き方を知らない者たちの末路、そんなところだ。
俺も、同じような理由でこの世界にいる……わけではない。俺にはここしかなかった。この世界で、生きることしか許されなかった。それだけだ。
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