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第二章 現代くノ一、現代社会を謳歌する!
第72話 拝借しただけです
しおりを挟むなんとか説明をして、久野市さんには落ち着いてもらった。
そして自分の席に戻っていく様子を見て、ルアがほっと溜息を漏らした。
「いやあ、久野市さんって初めてちゃんと話したけど、あんな風に怒るんだな。
……怒ってたのか? なんで?」
「さ、さあなー?」
この場にいる中で、俺と久野市さんの関係を知らないのはルアだけだ。
その疑問は当然と言えるが……
正直、俺も久野市さんがなんで怒っていたのかわかっていない。そもそも怒ってたのかあれ?
「紅葉も紅葉で、なんであんな慌ててたんだ?」
「は、はぁ!? あ、あわわ、慌ててねえええし!? なな、なに言ってんだバカじゃねえの!?」
……めちゃくちゃ慌ててるなぁ。これで隠しきるのは無理だろ。
だけどルアは「そっか」とあっさり返事していた。火車さん、ちょっと不満そうだ。
ルアが連絡先を交換した相手、篠原 美愛さん。俺のバイト先の先輩篠原さんの娘で、まさか同じ学校の先輩だったとは。
ルアは美人だったからって理由で連絡先を聞いたみたいだけど……その行動力は端的に言ってすごい。
女の人に、しかも初対面の人にだもんなぁ。俺にはまねできそうもない。
「なあなあ、美愛さんとの話題作りのために、お前らの話とかしていい?」
「え、なんで」
「そりゃあ……なんか、友達の話から話題を膨らませるとかってできそうじゃん。俺の友達にこんなやついるんですよ、みたいな感じでさ。そっから面白おかしく距離を縮めていくんだ」
「……」
「なにより、美愛さんの母さんと木葉が同じバイト先なんだろ? ならそっから、話のとっかかりを掴めるかもしれないじゃん」
この男はまた……友達だなどと恥ずかしげもなく、そういうことを。
確かに、初対面の先輩と話せることなんて限られてくる。友達の話から広めていくのはいいかもしれない。
それに、ルアの言う通り。俺はルアの友達、美愛さんのお母さんという点でつながりがある。
そこから、なにかしら話を膨らませることなら、この男ならできるだろう。
「はぁ、まあいいよ」
「やりぃ、サンキュー木葉」
「あんま変な話とかするなよ。あくまで話のとっかかりだからな」
「わぁってるって」
ま、俺としても友達に仲の良い人が増えるのを邪魔するつもりはない。
別になにかよくないことがあるわけでもなし。
それからしばらく話をして、チャイムが鳴り……ホームルームが始まり、授業が始まり……いつも通りの学校生活を、送っていく。
そう、いつも通りの……だったのだが。
「主様」
「!?」
昼休憩。弁当箱を出そうとしていた俺の耳に、声が聞こえた。
まるで耳元でささやかれたような言葉に、俺は肩を震わせ、反射的に振り向いた。
そこに……久野市さんは、いなかった。
なぜ久野市さんだとわかったかと言えば、それは俺の呼び方だ。『主様』なんて呼ぶのは一人しかいない。
「? どうかしたか、木葉」
「早く食おーぜ」
動揺する俺と対して、ルアと火車さんの二人はなんの疑問も持っていない。
あの声は、俺にしか聞こえていなかったのか。
気になるが、辺りを見ても久野市さんはいないし……
「あ、あぁ……」
「主様」
弁当箱を開けようとしたところへ、またも声が聞こえた。
振り向いても、やっぱり誰もいない。もしかして、幻聴だろうか?
「主様、お話があります。屋上まで来てください」
「へ……?
久野市さん? 久野市さん?」
どうしたものかと悩んでいると、ようやく続きの言葉が聞こえた。
それは、俺に屋上に来いというもの。しかし、なんでそんなところに呼び出すのか。
呼びかけても、それから返事はなかった。
話があるなら、教室で話せばいいのに。確かに必要以上に接近するのはまずいが、クラスメイトとして話をする分にはなにも問題ないのに。
思えば教室にもいないようだ。
「なあ木葉、どうかしたのか?」
「……ごめん、二人とも。先に食べてて」
「え? おい!」
久野市さんがどういう理由で俺を呼んだのかわからない。でも、わざわざこんな回りくどいことをしたのだ。
なにか理由があると思い、俺は弁当箱を置き教室を後にした。
屋上への道は、確かこっちだったな。まだ学校内の道には慣れていないし、屋上へになんて行ったことがない。
なんてったって……屋上は、常に閉じられていると先生が言っていたからだ。
――――――
「主様、お待ちしておりました!」
屋上へと続く階段を上り、扉に手をかける。
扉には鍵がかかって閉まっているはず。そう思いながらも、俺はドアノブを回した。
すると、予想とは反してドアノブは回り……力を込めると、ゆっくりと扉が開いていく。
そして、扉の向こう側にいたのが、久野市さんだった。
「えっと……屋上って、開放されてるん、だっけ?」
周囲を見るが、人は誰もいない。
ただ俺を待ち構えるように、久野市さんが笑っているだけだ。
屋上は閉まっていると、先生は言っていた。俺が知らないだけで、昼休みは開いているのだろうか? いや、だとしたら周りに人がいないのはおかしいし、俺が知らないのに久野市さんが知っているのもな。
そんな俺の疑問に、久野市さんは……
「はい、鍵はかかっていましたよ」
と、答えたのだ。あっさりと。
すると、新しい疑問が出てくるわけで。
「え……じゃあ、どうやって鍵を……」
「それはもちろん、拝借しました」
にこにこと笑ったまま、久野市さんは右手を差し出してくる……そして、拳を広げた。
手のひらには、確かに鍵が置かれていた。
それが屋上の鍵であることは、明らかだ。
「なるほど。先生から許可貰って借りたわけだ」
「いえ、許可なんてもらってませんよ?」
「え」
元々鍵は職員室にあるはず。
そのうちの一つ屋上の鍵がここにある以上、久野市さんは先生から鍵を借りたと思うのが普通だ。
しかし、久野市さんは先生に許可はもらっていないのだという。
それって、つまり……
「……盗んだ?」
「いえ、拝借しただけです」
「いや、これ盗ん……」
「拝借しただけです」
……これ以上は、聞かない方が良いのかもしれない。
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