久野市さんは忍びたい

白い彗星

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第二章 現代くノ一、現代社会を謳歌する!

第57話 命の恩人なんだから

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「わっ、オムライスだ!」

 完成したオムライスを皿に盛り、料理を待っていた桜井さんの所へ。
 テーブルに置いて、加えてスプーン、コップ、お茶を差し出す。

 作り立てだから、ほんのりと湯気が上がっている。
 自分で言うのもなんだが……結構、いい出来ではないだろうか。

「木葉くん、もしかして私の好きなものだって、知ってたの?」

「ちょっと、小耳に挟みまして」

 信用していないわけではなかったが、本人の言葉を聞いて、ようやく桜井さんの好物がオムライスだと、確定した。
 情報提供をしてくれた火車さん、ありがとう!

 それから俺は、自分の分をテーブルに置く。
 最初は、桜井さんの分だけ作るつもりだったのだが……


『え、木葉くんは食べないの? 一緒に食べようよ、お昼まだでしょう?』


 ……と懇願されてしまったので、急遽もう一人分追加したのだ。
 ちなみに、後から作ったほうを、桜井さんには提供した。できるだけ熱いほうを食べてもらいたいしな。

 そんなわけで、二人分のオムライスが完成。
 あまり広いテーブルではないが、二人が向かい合って食べる分には、問題ない。

 ……桜井さんと向かい合ってご飯食べるの、なんだか緊張するな。

「じゃあ、もう食べちゃってもいいかな!?」

「え、はい、もちろん!」

 待ち切れない、といった様子で、桜井さんが口を開く。
 そんなにお腹減ってたのかな……まあ好物だし、それを前にしたら気持ちはわかるよ。

「いただきます!」

「いただきます」

 二人それぞれ、手を合わせて、目の前の料理を食べることにする。
 俺も、実は腹減ってたんだよな。このこと考えてて、朝飯もあんまり喉を通らなかったし。

 とはいえ、まずは桃井さんの口にあうかどうかを、確かめたい。
 なので、俺は食べる前に、桃井さんの感想を待つことにする。

「あー、ん」

 スプーンで掬った、卵とご飯。ケチャップと、少々の具材で味付けされたそれを、桃井さんは口に運んでいく。
 ぱくり、と……一口サイズのオムライスは、桃井さんの口の中へ。

 何度か咀嚼し、飲みこむ。そのタイミングを見計らい、俺は問いかける。

「ど、どうですか?」

 俺の作った、オムライス。久野市さんはうまいと言ってくれたし、自分でもいい出来だとは思う。
 だが、それが桃井さんの口にあうか、はまた別問題だ。

 桃井さんのがオムライスを好きなのは間違いない。そのため、桃井さんにも喜んでもらえるはずだと、俺は……
 ……あれ? オムライスが好きってことは、オムライスに対して舌が肥えている……と考えることもできるんじゃないか?

 な、なんてことだ……こんな単純なことに、今更気づくなんて。
 好物だからこそ、変なものを出されたら、ぶち切れちゃうんじゃないだろうか?

「……うん」

 その心配を胸に、桃井さんはお茶で、喉を潤す。
 そして、一呼吸おいてから……

「うん、すごくおいしい」

 笑顔を浮かべて、おいしいと……最高の言葉を、くれたのだった。

「ほ、本当ですか!?」

「うそをついて、どうするのよ。ふふ、変な木葉くん」

 口元に手を当て、笑う桃井さんの仕草は、なんとも上品だ。
 大口を開けて笑う久野市さんとは、まったく違う。

 おいしいと言ってくれる桃井さんは、おそらくお世辞は言っていない。俺にも、それくらいはわかった。

「だ、だって緊張してたんですよ。ちゃんと、桃井さんの口にあうものを作れるか、って」

「そこまで思いつめなくてもよかったのに。
 ……それに、木葉くんが作ってくれたものなら、なんだって……」

「え?」

「え? ……あ、いや、別になんでもいいってわけじゃなくてね!? なんでもいいけど、そうじゃなくて、ちゃんと私の好きなものをリサーチしてくれたのは、嬉しくてね!?」

 なんだろう、後半の言葉がおく聞こえなかったが、なんだか慌てている。
 ……とりあえず、俺のリサーチは無駄じゃなかったってことだな。
 リサーチってほどのものでも、なかった気がするけど。

 じゃ、俺も食事を開始するとしますか。
 ぱくり……もぐもぐ……うん、なかなか上出来じゃない。

「それにしても、お礼なんて……わざわざそんなこと考えなくても、よかったのに」

「いえ。これはお世話になってる責任みたいなものです」

「ふふっ、なにそれ」

 あぁ、まさかこうして、桃井さんのと二人で、食事をする時が来るなんて。それも、俺の部屋で。
 少し前までは、考えられなかったな……

 ……というか、少し前までだったら……久野市さんが来てくれなかったら、俺は殺されていたんだよな。
 そんなこと、まるで夢のようだ。でも、あれは現実。

「ん、どうしたの?」

「あ、いや……こうしていられるのも、久野市さんのおかげかなって」

「……そうだね」

 俺の事情を知っている桃井さんは、こくりとうなずいた。
 桃井さんにとって俺は、ただのアパートの住人……いや少しは仲良いと思ってくれているといいけど……それでも、アパートの住人が死んだりしたら、多少ショックは受けるだろう。

 そう考えると、久野市さんは俺だけでなく、桃井さんも救ってくれたっていうことになるのか。
 ……その久野市さんが、俺の命を狙った火車さんと今、一緒に外出している。おかしなことだ。

「なら、忍ちゃんにもお礼をしないとね。なんたって、命の恩人なんだから」

「……それもそうですね」

「私だって、木葉くんを助けてくれて、ありがとうって、改めてお礼したいし」

「!」

 さ、桃井さん……いや、これは言葉のあやみたいなものだ。アパートの住人が死んだら悲しいから、それだけのことだ。
 だから変な勘繰りをするな俺。

「ねえ、木葉くん。このあと、予定はある?」

 ふと、このあとの予定を聞かれて……そこで、気づく。
 この時間に、オムライスをごちそうすることばかり考えて……そのあとのこと、考えてなかった!

 ど、どうしよう……このまま帰す、ってのも、なんか味気なくないか?

「あ、えっと……」

「ないなら、このあと二人で、忍ちゃんへのプレゼントを買いに行かない?」

 悩んでいる俺に、桃井さんからの申し出……二人で、久野市さんへのプレゼントを買おうと。
 プレゼントというかお礼をしたい、ってことなのだろうが、まあそこはどうでもいい。

 それよりも……桃井さんと、買い物に行くってこと? 二人で……!?
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