久野市さんは忍びたい

白い彗星

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第二章 現代くノ一、現代社会を謳歌する!

第51話 ルアのバカヤロー

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「うーん……」

「どうしたのさ木葉」

 日頃の感謝を込めて、桃井さんにオムライスを作ることを決めて。その後いつものように、授業を受けた。
 今は、昼食の時間だ。そこで、俺は小さく唸っていた。

 その声が聞こえたのか、机をくっつけて一緒に食べていたルアが、疑問を浮かべた。

「いや、オムライス作るって話したじゃん」

「うん。てか、何時間前のこともしかしてずっと考えてたの?」

「悪いかよ。で、俺思ったんだよ。
 ……本当にそれだけでいいのかって」

 食事の手をいったん止め、机の上にそれぞれの肘を立て、顎の下で手を組む。
 本当にそれだけでいいのか、その俺の悩みを聞いたルアと、同じく一緒に食事をしていた火車さんは、きょとんとした表情を浮かべていた。

「と、いうと?」

「いやさ。オムライスって、わりと簡単な料理なんだよ」

「うーん、それについては人それぞれだからオレはノーコメントにさせてもらうけど……それで?」

「いや、だからさ。そんな簡単なもんで済ませてもいいのかなって、思うわけよ」

 そう、オムライスは、言ってしまえばケチャップで味付けたご飯を卵で包むだけ。それほど難しい料理ではないと思う。
 だが、そんな簡単なもので、日頃の感謝としてしまって、本当にいいのだろうか?

 桃井さんへの感謝は、計り知れない。だからこそ、なんかすげーお礼をしたいと思っているわけで。

「二人は、どう思う?」

「別に、難しい料理じゃなきゃお礼にならない、なんて決まりはないんだから深く考えなくていいんじゃない? 簡単なお礼だとその大家さん、怒るの?」

「木葉っちが好きなもの聞いてきたから、オムライスって教えてやったんだろうが。それ聞いた上で悩むなら、初めから好きなもの聞かずになんか凝った料理作れや」

「……」

 二人に、とんでもない正論を吐かれてしまった。おまけに、火車さんは見るからにめんどくさそうな表情を浮かべている。
 どうしよう、ちょっと泣きそうだ。

 まあ、うん、二人の言う通りだよな。オムライスが桃井さんの好きなものなら、それをごちそうする。それ以上のことは、今は考えまい。

「それで木葉が気に入らないなら、キスとかすればいいんじゃない?」

「!?」

 今は考えまいと考えていたところに、ルアはとんでもない爆弾を投げ込んでくる。
 こいつは、いったいいきなりなにを言っているんだ!?

「そそ、そんなことできるわけないだろ!」

「相手は女の人なんでしょ? お礼にキスとか、外国じゃよくやるって聞くけど」

「ここは日本だ!」

 俺が桃井さんに、キス!? そんなこと、考えただけでもう……もう、アレだわ!
 なぜルアは、平然とそんなことが言えるのだろうか。半分は外国の血が入っているからか? でも日本生まれ日本育ちだぞ?

 こいつまさか、俺のことをからかっているのか?

「そんなに言うならルア、お前は異性に感謝の気持ちだからってキスできるのかよ!」

「できるよ?」

 するとルアは、隣に座っている火車さんへと視線を移し……彼女の腕を持ち、軽く引いて、自分も前のめりに。
 そして……まるでそれが当たり前の作業であるかのように、火車さんにキスをした。ちなみに、キスとは言っても口ではない、頬だ。

 これまでのやり取りを、おもしろそうに、めんどくさそうに、どこか他人ごとで眺めていた火車さん。しかし……

「……っ!?」

 今自分がなにをされているのか理解した瞬間、カァっ……と漫画ならそういった擬音がつきそうな勢いで、顔が真っ赤になっていく。
 直後、体をのけぞらせてルアから距離を取る。その身のこなしは、さすが殺し屋だろう。

 赤くなった顔で、火車さんは口づけをされた場所に手を当て、口を開いたり閉じたりしていた。
 まるで、餌を待つ金魚のよう。

「ぁ、ぅ、ぁ……な、なにしてんだてめー!?」

 いつもならルアっち、と言うところを、ついにてめー呼びとなった。

「なにって、キスだよ。異性への感謝を表して」

「な、は、か……!」

「オレは紅葉にたくさん感謝してるんだぜー? こんな見た目だから、みんな物珍しそうに遠巻きに見てくるばかりで、話しかけてくる人はいなかったからさ。
 そんな中で、紅葉が一番最初に話しかけてくれたよなー」

 慌てる火車さんとは対象的に、ルアは落ち着いたものだ。若干照れているようには見えるが、それだけ。
 一方の火車さんは、見ているこっちが恥ずかしくなるくらいに慌ててしまっている。

 二人の馴れ初めは、俺も軽くは聞いている。金髪で外国人みたいな見た目こルアは敬遠され、あまり人に話しかけてもらえなかったという。
 そこに、まっさきに話しかけてくれたのが火車さんだったようだ。二人の関係は、俺と仲良くなるよりも前のこと。

 なので、ルアの感謝の気持ちは本当なのだろうが。

「いや、ルア、俺から言っといてなんだけど……そんな、感謝してるからってだれかれ女の子にキスするのは、よくないと思うぞ」

 俺の言葉が発端なので少し責任を感じるとはいえ、ルアの行動はまったくの予想外。これでは、感謝を感じた異性には片っ端からキスする変人になってしまう。
 なので、それとなく注意する。が……

 ルアはきょとんとして……

「ははは、気持ちを伝えるからって誰にもはしないよ。紅葉だけだって」

 なんて笑っていた。それがトドメとなったのだろう。

「~! る、ルアのバカヤロー!」

 まるでぼふん、と爆発してしまうんじゃないかというほどに、顔をトマトのように真っ赤にした火車さんは、とうとうこの場から逃げ出してしまった。
 あまりのことに、ルアと呼び捨てにしている。

 他のクラスメイトに今のやり取りは気づかれてはいない。が、火車さんが突如奇声を発して逃げたことに、またたく間に注目を集める。

「紅葉は元気だなー、ははは」

「……お前すごいな」

 ルアのやつ、もしかして思ったより大物なのか? それともただのバカなのか?
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