久野市さんは忍びたい

白い彗星

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第一章 現代くノ一、ただいま参上です!

第37話 だから、次に期待

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「そろそろお昼だし、どこかでご飯食べよっか」

 桃井さんの提案により、俺たちは食事をすることに。せっかくデパートにまで来たのだ、お昼時だしこのまま帰るのはもったいない。
 さて、そこでなにを食べようかという話になる。ここで気の利いた提案でもできればいいんだけど……

 残念ながら、女の子と出かける経験なんてなかった俺には、食事のチョイスとやらになにを選べばいいのか、よくわからないのだ。
 これが村での出来事なら、近くの団子屋でおばちゃんの作る団子を選んでいたんだが。

「二人とも、なにか食べたいものはある?」

 あれこれ悩んでたところへ、桃井さんが話を振ってくれる。俺がいろいろと考えていたことに気付いていたのかはわからないが、そのフォローはとても助かる。
 ただ困ったことに、俺自身なにを食べたいのか、よくわかっていないわけで。

「えっと……桃井さんが、食べたいもので」

 なので、つい相手に選択を委ねる言葉を返してしまった。だが、これは間違いだったと直後に、気づく。
 以前、ルアが言っていた。「なにを作ろうか」、「なにが食べたい」といった質問は、相手……つまり俺の求めているものを聞いているのだから、この質問に対して「なんでもいい」といった類いの返しは絶対にだめだと。

 その証拠に、桃井さんは困ったような表情を浮かべている。うぉおお、やってしまった……!
 今すぐにでも、訂正すれば間に合うだろか、焦る頭で、それでもなにか言わないとと口を開いて……

「お肉! お肉が食べたいです!」

 はいはい、と手を上げる久野市さんの言葉に、言葉を失った。
 てっきり、俺の食べたいものならなんでも、的な言葉が返ってくると思っていたため、まさか自分から意見を出すとは思っていなかった。

 いや、とても助かったんだけどな。だって……

「ぷっ、あははっ。そっかそっか」

 一瞬呆気にとられていたが、吹き出すように笑い出した桃井さんの姿は、とても柔らかいものだったから。
 肉が食べたいという久野市さんの意見を取り入れ、俺たちは地下にあるフードコートの、ハンバーグ専門店で食事をすることにした。

「おっにく、おっにく!」

「桃井さん……さっきはすみません、曖昧な返事しちゃって」

 桃井さんの案内でお店に向かう中、俺は先ほどのことを謝る。そのつもりはなかったが、結果的に桃井さんを困らせてしまったことに。
 ルアから聞いて、気を付けようとは思っていたのに……こんな事態になるなんて、情けない。

「ん? あはは、まあ木葉くんには、もう少し自分の意見出してもらいたかったかな」

「ぅ……」

「だから、次に期待」

「はい……え、次?」

 通路を歩き、エスカレーターで下の階へと移動し……その最中、桃井さんの言葉に俺は一瞬、耳を疑う。
 だって、次に期待、なんて、まるで次があるみたいな言い方だから。

 だから俺は、それが聞き違いかと思った。けれど、「ぁ」と声を漏らす桃井さんの反応に、それは聞き違いではないことがわかった。

「えっと……それは……」

「あ、いい香りがします!」

 今の言葉は、どういう意味だったのか。それを聞くよりも前に、久野市さんの言葉に遮られてしまう。なんかこんなんばっかじゃない!?
 その久野市さんはというと、くんくん、と鼻を動かして周囲のにおいを嗅いでいるようだった。
 犬かな。

「このフロアは、フードコートだから、いろんな料理のにおいが漂っているから」

「わぁ、どれもおいしそうです!」

 先ほどなにを言おうとしたのか、すでに桃井さんは久野市さんの側まで寄っている。蒸し返すのはやめておくか。
 ただ、桃井さんの耳が赤いような気がしたのが、少し気になった。

 周囲のお店に目移りしそうになりながらも、俺たちは目的のハンバーグ専門店へ。
 フードコートなので、店の前で注文し、なんか変な機械を貰って、適当な席に座る。片手サイズのこの機械は、いったいなんだろう。

 席に座り、しばらく待つと機械が音を立てて、ぶるるっと振動する。思わず肩を震わせてしまったが、桃井さんが言うには料理ができたら機械が知らせてくれるらしい。
 ちなみに、突然動いた機械に驚き、ふしゃーっと威嚇していた久野市さんが面白かった。

「いただきまーす!」

 三人とも、ハンバーグ定食を注文し、それを食べる。あとになって思えば、いろいろなものを食べられるフードコートなので、みんなが同じものを注文する必要もないのではと思ったが……
 二人ともおいしそうだし、これでいいか。

 俺も、なんだかんだでフードコートを利用するのは初めてだし。少しだけ緊張しながらも、ハンバーグを食べていく。
 うん、うまい。

 そして、しばらく食べ進めたあたりで……

「木葉くん、忍ちゃん。お話があります」

 桃井さんが、口を開く。なにやら神妙な様子だ、俺は食事の手をとめ、桃井さんを見る。
 久野市さんは、のんきにパクパクと食べ続けているが。

「二人はさ……同じ部屋で、寝泊まりしたんだよね」

 それは、いきなりの……でも、当然の質問だった。むしろ、今の今まで聞かれなかったことが不思議だった。
 どう答えるか悩んだが……確認するようなその言葉に、俺は噓偽りはいけないと考え、話す。

「は、はい……追い出すわけにもいかなくて。
 で、でも、変なことはしてませんから!」

「うん、わかってる。でもね、いくらなんでも、付き合ってもいない年頃の男女が同じ部屋で寝泊まりするのは、よろしくないと思うの」

 ごもっともです。
 正直な話、邪な気持ちがなかったわけではない。ただ、それよりも命の危険度が上回ったから、なにもなかっただけで。

 さて、桃井さんはいったいなにが言いたいのだろうか……それは、考えるまでもない。
 久野市さんに、俺の部屋から出て行ってもらう。ただ、そうなれば久野市さんをどこで、寝泊まりさせるのかという話になるが。アパートの部屋に他に空きがあるのか、それとも……

「忍ちゃんは、私の部屋に泊まってもらいます」

「……なんですって」

 その一言に、ここにきてようやく、久野市さんの食事の手が止まった。
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