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第一章 現代くノ一、ただいま参上です!
第36話 これは拷問ではないのかな?
しおりを挟む俺は今、人生最大の危機に陥っていた。つい先日、命を狙われたばかりの俺が、それ以上の危機だと感じる事態。
それが、目の前に広がっている。
「……なぁ、俺も入らなきゃだめ?」
このデパートに何度か着て、遠目には見たことがある……が、入り口まで来たのは初めてだ。なんせ、男である俺がここに来る理由など本来ならばないのだから。
……女性用の、下着売り場。それを前に俺は、すでに心が折れそうだった。素直に帰りたかった。
けど、俺を見る久野市さんの目が、行かないでくれ行かないでくれとひっきりなしに訴えている。
「ごめんね、木葉くん。でも大丈夫、怖くないよ」
俺の気持ちを察してくれたのだろうか、桜井さんは小さく笑う。けれど、本当に察してくれたのならせめて入り口で待っているよう言ってほしかった。
桜井さんは久野市さんを引っ張り、店内へ。俺もそれに着いていくように、店内へ。
店内へと足を踏み入れた瞬間、世界が変わった。なんか全体的にキラキラしていた。
そして、周りを見れば右に下着左に下着……なので俺は、なにも見ない。えぇ見ませんとも。
じっと、桜井さんと久野市さんの背中だけを見つめて、歩く。他にはなにも見ないし、誰にも見られていませんもの。
「こ、これが……下着、ですか……うわぁ、こんなに種類が……」
「そうだよ。忍ちゃん、今まで付けたことないって言ってたけど……だめだよ、ちゃんとしたの付けなきゃ。
女の子の体はね、デリケートなの。下着一つとバカにしたら、えらい目にあうからね」
「で、でも、動く分にはこのさらしとふんどしで充分……」
「だめっ、全然だめ! ノンノンだよ!
いい? 下着っていうのはそもそもねぇ……」
あーあー、なにも聞こえなーい! 聞いてなーい、俺はなんにも聞いてなーい!
なんだ、これはなんかの拷問かな? 久野市さんは初めて見る光景にテンション上がってるのかもしれないが、桜井さんもなんか変にテンション上がって俺の存在忘れてるし!
かといって、二人から離れられない。だって離れたら俺一人になっちゃうもん!
こんな、男子禁制ノーサンキューみたいな場所で、一人ぼっちになる勇気は、俺にはない!
「うーん、かわいいのを選ぶか……いやでも、初めてならやっぱり自分にフィットするのを重視して選ぶべきよね。
そういえば忍ちゃん、サイズとかわかる?」
「さいず?」
「そう。胸のサイズ。他にも、アンダーとかウエストとか、そういった数値もわかっていたほうが、選びやすい……」
あーあーあー! なにも聞こえなーーい! 聞いてなーーい、俺はなんにも聞いてなーーい!
無心だ、無心になれ俺! 無心になって耳をふさぐんだ俺!
男のいる前でなんて話してんのこの人たち! もうこの状況なら久野市さんは桜井さんがなんとかしてくれるだろうし、帰っていいかなぁ!?
「……ん! こ……は……ん!」
「聞こえない聞こえない聞こえない……」
「木葉くん!」
「ぅあ!」
目をきつく閉じて、両耳を塞いでいたが、誰かに手を退かせられる。それに驚き、目も開いてしまった。
目の前には、桜井さんの顔。身長的に俺を見上げ、両耳を塞いでいた手を彼女が取っていた。
「なにしてるの、耳なんか塞いで」
「いやぁ、はは……」
なにしてるのって、むしろなにもしなくない聞きたくないからこうしてたんだよ。原因はあなたにもあるんだよ。
そう言いたかったけど、やめた。もはや言い返す気力はなくなっていた。
不思議だ……この場にいるだけで、みるみる気力を奪われていく。
「ごめんね木葉くん、ちょっと待っててね」
「へ?」
「あ、店員さーん!」
待っててと言う桜井さんの言葉、その意味を確かめるでもなく、桜井さんは店員さんを呼び、近くの試着室へと共に入っていった。
当然のように、久野市さんと一緒に。
中でいったいなにを……と考えていたところに、店員さんの声が聞こえてきた。メジャーで計るがどうとか、まっすぐ立っててくれとかなんとか。
それが聞こえた瞬間、俺は耳を閉じた。なにをしているのか、察したからだ。
耳も、目も、閉じて……無心、無心になれ。俺はなにも悪いことはしていない。ただ、知り合いを待っているだけだ。下着売り場で棒立ちしている変なやつじゃない。
視界は暗く、音も聞こえなくなったはずなのに、どうしてか周囲からの視線をひしひしと感じた。
やっぱりこれは拷問ではないのかな?
「……で…………これ、うん……かな」
「うぅ……変な…………」
「んん……敵に塩を……だけど…………乙女として、耐えられ……!」
その後、いったいどれほどの時間が経っただろうか。何度か、試着室へ人の出入りが感じられた。
おそらく、試着するための下着を桜井さんが取りに行っていたのだろう。あとかすかに声が聞こえたが、内容まではわからない。
何度試着したのか、それはわからないが。その結果、ついに下着も選び終わったようだ。さすがに、服のときのように試着したものを見せるなんて展開はなかったが。
なんにせよ、これで地獄の時間から解放された……
「なんか、すげーーー疲れた……」
「あはは、ごめんね。つい夢中になっちゃった。
でも、ちゃんとしたのを買えたよ」
「はい、買えました」
「その報告いらない……」
久野市さんの買った服は俺が持つことにしているが、さすがに下着はそうもいかないため、久野市さんが持っている。
どうしてだろうな、まだ買い物に来てから一時間くらいしか経ってないのに、どっと疲れている自分がいる。
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