久野市さんは忍びたい

白い彗星

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第一章 現代くノ一、ただいま参上です!

第26話 こんなときでも腹は減る

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 もう俺の命を狙わない、と言う火車さんの言葉を信じたのかはわからないが。久野市さんは、火車さんの拘束を解いた。
 その後、久野市さんは火車さんからなにかを聞き、二人でどこかに行った。おそらく、火車さんに俺の殺しを依頼した人のところだろう。

 俺には聞かせないように二人だけで会話をしていたし、どこに行くのかと聞いてもごまかされてしまったが……
 きっと俺に負担になることを教えまい、という理由なのだろうが……俺自身のことなのだから、俺にも教えてほしかったが。

「ただいま戻りました!」

 二人が部屋からいなくなって、一時間ほどだろうか。玄関から、久野市さんが部屋に戻ってきた。
 なんか、玄関から久野市さんが来るの初めて見た気がする。

 どこに行ったのかは教えてくれなかったが、その先が俺の考えている通りなら……果たして、俺を殺す依頼をした人を、久野市さんはどうしたのだろうか。
 放置していれば、また俺を狙うだろう。それを防ぐ方法は、考えられる限り一つだけ……

「……!」

「主様?」

 考えないようにしていたことを、考えてしまう。久野市さんは、そもそも俺を狙う火車さんを殺そうとした……俺が止めなければ、どうなっていたか。

 俺のためなら、人を殺すかもしれない。そんな久野市さんが、俺を殺す依頼をした人を、どうするのか……
 それを聞くのが、なんだか怖くて。

「な、なんでも、ない」

 とっさに、誤魔化してしまった……

 帰ってきたのは久野市さんだけで、火車さんは自分の家に帰ったらしい。久野市さんのことだから、火車さんを無事に帰すとは思えないんだけど……
 ただ、それも確認するのは怖く、聞けなかった。

 その日はバイトもなく、ゆっくり過ごそうと思っていたのだが……いろいろと、疲れてしまった。
 命を狙われて、俺に相続されるという遺産が原因だという話が本当だと知って、しかも俺を殺そうとしたのが火車さんで。

 なんかもう、このまま寝てしまいたい気持ちだったが……

「主様、ご飯ができましたよ!」

 部屋の中を覆う、いい香り。それは、俺がぼーっと座っている間にも料理を作ってくれていた久野市さんによるものだった。
 正直、食欲はあまりない……と、思っていたのだが。

「こんなときでも腹は減るんだなぁ」

 起き上がり、机に並べられる料理に目を移す。皿の上に載せられているのは、ハンバーグだ。
 昨日はオムレツで、今日はハンバーグ。一人じゃまず作らない献立に、思わずよだれが出そうになる。

 ハンバーグの作り方というのはだいたいしか知らないが……ミンチを、手のひらで丸めて焼くのだろう、ということはぼんやりわかる。
 久野市さんの手のひらで握ったのだから、大きさは少し小さめだ。だが形はよく、見るだけで食欲をそそられる。

 ……ん? ミンチ?

「ウチにミンチとか、あったっけ?」

 ミンチが、ウチの冷蔵庫に入っていた記憶はない。ないものが、どうしてあるのだろうか。

「それは、買い物に行って買ったからですよ、主様」

 その答えは、単純明快。買い物に行って、スーパーとかで買ってきたから……だ。当然の答え。
 だが、買い物に行った、と言われ……俺は、久野市さんの格好を見る。

 自分を忍びだと言う彼女は、露出の多い黒い服を着ている。胸元を隠す程度の服、短いスカート……
 俺が初めて会ったときもそうだった。まさかとは思うが……

「……その格好で、買い物に?」

「はい!」

 嘘だと言ってほしかった……だが、返ってきたのは、買い物に行ってきたのだという、確かな答え。
 俺はその事実に、絶望した。まさか、そんな痴女みたいな格好で、買い物に行くなんて思わなかった。

 買い物に行ったというのは……俺が、学校に行っている間。つまり、昼間だろう。
 時間帯の問題でもないと思うが、よりによって、一番危ないだろう時間帯にそんな格好で……!?

「えっと……大丈夫、だったの?」

「はい、買いたいものはばっちり買えました! 主様にはおいしいものを食べてほしいので!」

 そういう意味じゃない!

「あ、でも……帰りに変なおじさん二人に話しかけられましたね。なんか、服装がどうとか学生じゃないのかとか訳の分からないことを言ってましたが……
 面倒なので、帰ってきましたが」

「……」

 話しかけられたという、おじさん……それは、変質者か、それとも警官か。いや間違いなく警官だろう。こんな痴女が昼間から歩いていたら、そりゃ職質するよ。
 久野市さんなら、警官と言えど逃げるのは簡単だったんだろうけど……

 ……久野市さんがウチに帰ってきたの、誰かに見られてないだろうな。こんな格好させて女の子を外出させている、と変な噂が立つぞ。

「そ、うなんだ……あ、お金、は?」

 なんだか、深く考えると怖いことになりそうだったので、話を変えることに。
 買い物に行ったと言うが、買い物をするためにはお金が必要だ。

 そのお金は、果たしてどうしたのだろうか。

「あ、それは少しですが持っています! 村を出るときに、じっちゃまから持たせてもらったので!」

「そ、そうなんだ……いや、それならこの一週間公園で寝泊まりしなくても……」

「このお金は、主様のために使わなければ意味がないので!」

 お金を持っているのなら、わざわざ公園で寝泊まりしなくても、どこか泊まれる場所はあったのではないか……そう聞くが、久野市さんは力説する。お金は俺のためにしか使わない、と。
 嬉しいが、ちょっと怖い。

 だって、一週間公園で寝泊まりするどころか、久野市さん食べ物も食べてなかったんだよ!? 水は公園の水飲み場で済ませていたと言うし……
 この子、自分だけのことなら、食べ物にすらもお金を使わないのか……
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