久野市さんは忍びたい

白い彗星

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第一章 現代くノ一、ただいま参上です!

第22話 じゃあさ、ウチの家来ない?

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 いきなり火車さんに、部屋に行きたいなんて言われたが……俺はそれを、断った。
 はぁあ、ここで断っちゃうのが俺が男としてダメなところなんだろうか。いや、そんなほいほい女の子招き入れるのもチャラいし。

 それに、久野市さんの存在がある。こんなときに居るなんて、じゃ……タイミングの悪いことだよな。

「そっか、親戚の子……それじゃ、仕方ないね」

「そ、そうなんだ。悪いな」

 火車さんには悪いことをした……異性の部屋に行きたいと本人に言うだなんて、よほどの勇気がいるだろうに。
 今度、なにかお詫びしないとな。

 さて、そろそろ俺のアパートと、火車さんの家との分かれ道であるが……
 火車さんは、いつもの分かれ道で止まる。が、なぜか俺の手を握っていた。

「ひ、火車さん!?」

 学校では一番話す女の子で、昼メシや放課後はほとんど一緒にいる。友達だ。
 だけど、こんな風に手と手で触れあったことなんてないし、手のひらから感じるあたたかさと柔らかさに、緊張してしまう。

「ねえ、親戚の子って、いつまでいるの?」

「それは……わ、かんない、かな」

「そっか。じゃあさ、ウチの家来ない?」

「は?」

 ぎゅ、と握る手に力が入る。それは火車さんから加えられた力。
 しかも、俺の部屋がダメなら自分の家だなどと。これは、完全に誘われているのでは?

 彼女はうつむき、表情は見えない。

「や、その……いきなり家は、まずいっていうか。
 ほら、親戚の子の世話、しないといけないから。だから今日は……」

「……ちっ、めんどくさいな……」

「え、なんか言った?」

「ううん、なんにも」

 今、なにか聞こえたような気がしたんだけど……気のせい、だろうか。
 顔を上げた火車さんは、にっこりと笑顔を浮かべていた。いつも見せてくれる、笑顔……

 ……の、はずなんだけど。

「そっか、ごめんね。引き止めちゃって」

 感じた違和感、それを考える間もなく、火車さんは手を離す。
 ぬくもりが消え、手が自由になった。なんだか寂しいような、そんな気もしてしまう。

 もう、火車さんは俺を引き止めるつもりはないようだ。

「いや、俺こそごめんな。せっかく誘ってくれたのに」

「ううん」

「今日はホントに、都合が悪いだけで……今度絶対、招待するから」

「うん、楽しみにしてる。じゃね、バイバイ」

「あぁ、また明日」

 火車さんは笑顔を浮かべたまま、俺に手を振る。俺も手を振り帰しつつ、反転して……アパートへの道へと、歩き始める。

 ……はぁあ、柔らかかったな火車さんの手。それに、俺の部屋に来たいとか、自分の家に案内しようとするとか。やたらと積極的で……あぁ、明日から今までと同じ態度でいられるだろうか。
 今はとにかく、久野市さんだ。ちくしょう、彼女さえいなければ、火車さんが部屋に着ていたのかもしれないのに。

 一刻も早く、久野市さんには出て行ってもらわないと。俺は別に変なことを考えていない。これは久野市さんのためだ。
 いつまでも俺の部屋に住まわせるわけにもいかないし、今後のことをちゃんと考えないと……

「おっと」

「……っ」

 なにかにつまずいてしまったようで、バランスを崩す。前方に倒れそうになり、お辞儀をするような格好に……倒れてしまいよう、足を強く踏みしめる。
 その、直後だ……頭の上を、風が横切った。ぶわっ、と強い風が、不自然なほどに。

 それだけじゃない……チリッ、と髪の毛に、不自然な感覚があった。
 反射的に足を前に出したことで、前方に倒れるのは防ぐことができた。けれど、頭の上……いや、正確には背後だ。背後に、なにかとても嫌な予感がある。

 それを確認するのが怖くて。けれど、確認しなければならないという気持ちもあり……そう考えるのもほんの一瞬のこと、俺はすぐに振り向いていた。

 ……そこには、火車さんが立っていた。そこに不思議はない。今、彼女に背を向けたばかりなのだ。背後に火車さんがいるのは、むしろ当然だ。
 問題なのは……彼女は帰るために背を向けているのではなく、俺の方に体を向けていたこと。そして、その手に……

「……火車、さん……?」

 ……ナイフと思われる、刃物を持っていたこと。

「ちっ、あーあバレちゃった。運がいいねぇ木葉っち」

「は……え?」

「いや、運が悪いのかな、この場合」

 俺を見る火車さんの目は、これまでに見たことがないほど冷たくて……声の調子はいつも通りなのに、本当に火車さん本人かと疑いたくなる冷たさがあった。
 手にはナイフを持ち……手の中で、くるくると回して遊んでいる。

 信じたくはないが……今、あのナイフで俺を、刺そうとした? 運がいいって、俺があそこでつまずかなければ、あのナイフで切られていたってことか?
 火車さんは、なおも冷たく俺を見て、そして笑う。

「せっかく、楽に逝かせてあげようと思ったのにね!」

 次の瞬間、ナイフを持つ手が迫る。

「うぉあぁ!?」

 迫る刃に、俺は情けなくも腰を抜かし、その場に尻をつく。寸前、目の前を刃が掠めた。
 今、体勢を崩してなかったら……俺は、また……!

「ったく、逃げんなよな。せっかくひと思いにヤッてやろうって、せめてもの慈悲くらいはあんのにさ」

「じ、慈悲……? ヤる、って、お前、そのナイフ……もしかして、俺を……」

「あぁ、その命貰い受ける」

 ……ほんの数分前まで、笑いあって、一緒に下校していた友達。学校でも一番仲が異性と言える。そんな相手が。
 今、なんでか俺を殺そうとしている。今まで見たことがない目で、俺を見下ろしている。

「あんまり時間をかけて、誰かに見られても面倒だ。だから……」

「っ……!」

「もう、逃げるなよ木葉っち……!」

 周囲には今、誰もいない。でも、大声を上げれば誰か助けてくれるだろうか。
 いや、たとえそれで誰かに気づかれても、誰かがここに来る前に俺は……死ぬ。腰が抜け、情けなくも足が震えて動けない。
 逃げるなと言われても、俺はもう……

 ……無慈悲に、ギラリと光る刃が、俺を殺すために……振り下ろされる。
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