19 / 84
第一章 現代くノ一、ただいま参上です!
第19話 いってらっしゃい
しおりを挟む「あ……」
「! あ……」
部屋を出た俺は、学校へと向かうべくまずはアパートの階段を降りていく。それから、いつもの道を歩いて行く……
そのはずだったが、階段を降りたところで、見慣れた人影を見つけ、無意識に声が漏れた。
それに気付いた人影……桃井さんもまた、俺を見て声を漏らした。
自然と、足が止まる。
「あの、桃井さん……」
「……」
桃井さんとは昨夜、バイト帰りに一緒になり……帰っていたが、俺がなにかしてしまったのか怒らせてしまった。多分、久野市さんを彼女だと誤解してしまったから。
なんとか、誤解を解くために、もう一度会わなければと思っていたが……まさか、こんないきなり会うことになるとは。
俺はこのアパートの一室に住んでいるし、桃井さんはアパートの大家代理だ。ちょくちょく会うことは、あったが……
なんにせよ、これはチャンスだ。
「桃井さん、昨夜はすみま……」
「ごめんなさい、木葉くん」
なにが原因で怒らせてしまったかはっきりしない中で謝っても、正直余計怒らせるだけではないのか……そうは思ったが、まず謝らなければ。
そう思い、謝罪の言葉を口にしようとしたが……
その先に、言葉は続かなかった。なぜなら、桃井さんも同じように、そして俺よりも素早く頭を下げ謝ってきたからだ。
「桃井さん……?」
「昨夜は、ごめんなさい。気に障る態度をとってしまって」
頭を上げた桃井さんは、苦笑いとわかる表情を浮かべ、耳にかかった髪をかきあげていた。
謝罪の理由は、俺と同じ昨夜のこと……だが、桃井さんがなにを謝ることがあるのだろうか。
俺が、怒らせてしまったから、そのせいだというのに。
「私、その……木葉くんから彼女がいないって聞いてたのに、そのあと彼女さんから抱き着かれているのを見て、ついあんな態度を……」
なんで怒ってしまったのか……その理由を述べる桃井さんに、俺はやはりかという気持ちになる。
昨夜、俺は彼女がいるかとの桃井さんの質問に、いないと答えた。そのすぐあとに、久野市さんが突撃してきた。あの姿を見れば、彼女だと勘違いしてもおかしくはないだろう。
俺に嘘をつかれたと思った桃井さんは、あんな態度になってしまったと。そういうわけだ。
「謝らないでください。桃井さんが悪いことなんて、一つもないんですから。
それに、くの……昨夜の子は、彼女じゃないですよ」
「……え?」
先に桃井さんが誤ったことで、俺の中に少し余裕のようなものが生まれていた。どう謝ろうか、てんぱってあのままじゃおそらく、うまく言葉は出てこなかっただろう。
だけど、今なら……ちゃんと整理しながら、話すことができる。
「彼女じゃ……ない?」
「はい」
「でも、それじゃあ……あんなに、仲良さそうに……」
「……仲が良いかはさておいて……
あの子は、近所に住んでた子……らしいです」
あのときは、道も暗かったし、片方がじゃれついて抱き着いていれば仲が良いのだと誤解してもおかしくはない。
だけど、それは正しいとは言えない。無論、仲が悪いとも言えないが……
そもそも、会ったばかりの相手だ。
だが、彼女じゃないならないで、あの距離感の近さはなんだという話になる。それに対しての答えが、親戚の子。
俺は、桃井さんに嘘をつきたくない。だけど、久野市さんのことを覚えてもいない。
「……らしい、ってなに」
「俺も、詳しくは覚えてないんですが……俺が以前住んでいた村に、その子も住んでいて……」
「……彼女でもないのに、わざわざ追いかけて来たってこと?」
「んー……」
正直に、話しても……やはり、覚えていない部分があるため、説明が難しい。しかも、わかる範囲を述べると、今桃井さんが言ったとおりになる。
彼女でもない女の子が、ここまで追いかけてきた。それは尋常ではない。
そこには遺産のことが絡んでいるのだが、それを説明するにはまたややこしくなってしまうし……
「だからその、えっとですね……」
「……はぁ。いいよもう」
なんと説明すべきか。うろたえる俺に、小さなため息が聞こえた。
それは桃井さんが漏らしたもの。ついに愛想を尽かしてしまったのかと、背筋が震えたが……
「……彼女じゃ、ないんだよね?」
確認するかのように、聞いてきた。そのため俺は……
「違います! いたこともないです!」
正直に、答える。彼女がいない宣言など、虚しい気もするが……
「……ふふ、そっか」
桃井さんの笑顔を見て、そんなことどうでも、よくなった。
「あの……桃井さんが怒ってたのって、俺が嘘をついたと思ったからですよね。俺は、桃井さんには嘘は……」
「うーん……そうなんだけど、それだけじゃないっていうか……」
ここで、きっちりと言っておかなければいけない。俺は、桃井さんに嘘をつくつもりはない。
しかし、桃井さんは意味深に、口を開いた。それは、どういう意味だろう。
そうだけど、そうじゃない……とは?
「それに……さっき木葉くんは、私が悪いことなんて一つもない、って言ってくれたけど……そんなことないよ。私は勝手な理由で、あんな態度とっちゃったんだよ」
「……?」
なにか、桃井さんは俺に隠していることがあるのか? 別にそれが悪いこととは言わないが、気になる……
それを聞こうと口を開く……のと同時に、ポケットのスマホからアラームが鳴る。その音に、俺は肩を跳ねさせた。
急いで、スマホをとり、時間を確認すると……
「げ、時間が……!」
登校のため設定していたアラームだ。今からだと、走らなければ学校に間に合わない。
俺の表情を見て、それを察してくれたのか……桃井さんは、くすっと笑って。
「ほら、早く行かないと」
と、言ってくれた。
俺も、これ以上は話ができないと判断する。
「は、はい! すみません、俺行きます!」
「うん。
……木葉くん」
「? はい」
「……いってらっしゃい」
走ろうとしていた俺に、桃井さんは言ってくれた……いってらっしゃい、と。
それは、朝の登校時、会った時にいつも言ってくれるのと同じ、言葉と笑顔で……
「……いってきます」
俺は、その言葉に返事をして、走り出した。
0
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる