久野市さんは忍びたい

白い彗星

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第一章 現代くノ一、ただいま参上です!

第19話 いってらっしゃい

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「あ……」

「! あ……」

 部屋を出た俺は、学校へと向かうべくまずはアパートの階段を降りていく。それから、いつもの道を歩いて行く……
 そのはずだったが、階段を降りたところで、見慣れた人影を見つけ、無意識に声が漏れた。

 それに気付いた人影……桃井さんもまた、俺を見て声を漏らした。
 自然と、足が止まる。

「あの、桃井さん……」

「……」

 桃井さんとは昨夜、バイト帰りに一緒になり……帰っていたが、俺がなにかしてしまったのか怒らせてしまった。多分、久野市さんを彼女だと誤解してしまったから。
 なんとか、誤解を解くために、もう一度会わなければと思っていたが……まさか、こんないきなり会うことになるとは。

 俺はこのアパートの一室に住んでいるし、桃井さんはアパートの大家代理だ。ちょくちょく会うことは、あったが……
 なんにせよ、これはチャンスだ。

「桃井さん、昨夜はすみま……」

「ごめんなさい、木葉くん」

 なにが原因で怒らせてしまったかはっきりしない中で謝っても、正直余計怒らせるだけではないのか……そうは思ったが、まず謝らなければ。
 そう思い、謝罪の言葉を口にしようとしたが……

 その先に、言葉は続かなかった。なぜなら、桃井さんも同じように、そして俺よりも素早く頭を下げ謝ってきたからだ。

「桃井さん……?」

「昨夜は、ごめんなさい。気に障る態度をとってしまって」

 頭を上げた桃井さんは、苦笑いとわかる表情を浮かべ、耳にかかった髪をかきあげていた。
 謝罪の理由は、俺と同じ昨夜のこと……だが、桃井さんがなにを謝ることがあるのだろうか。

 俺が、怒らせてしまったから、そのせいだというのに。

「私、その……木葉くんから彼女がいないって聞いてたのに、そのあと彼女さんから抱き着かれているのを見て、ついあんな態度を……」

 なんで怒ってしまったのか……その理由を述べる桃井さんに、俺はやはりかという気持ちになる。
 昨夜、俺は彼女がいるかとの桃井さんの質問に、いないと答えた。そのすぐあとに、久野市さんが突撃してきた。あの姿を見れば、彼女だと勘違いしてもおかしくはないだろう。

 俺に嘘をつかれたと思った桃井さんは、あんな態度になってしまったと。そういうわけだ。

「謝らないでください。桃井さんが悪いことなんて、一つもないんですから。
 それに、くの……昨夜の子は、彼女じゃないですよ」

「……え?」

 先に桃井さんが誤ったことで、俺の中に少し余裕のようなものが生まれていた。どう謝ろうか、てんぱってあのままじゃおそらく、うまく言葉は出てこなかっただろう。
 だけど、今なら……ちゃんと整理しながら、話すことができる。

「彼女じゃ……ない?」

「はい」

「でも、それじゃあ……あんなに、仲良さそうに……」

「……仲が良いかはさておいて……
 あの子は、近所に住んでた子……らしいです」

 あのときは、道も暗かったし、片方がじゃれついて抱き着いていれば仲が良いのだと誤解してもおかしくはない。
 だけど、それは正しいとは言えない。無論、仲が悪いとも言えないが……
 そもそも、会ったばかりの相手だ。

 だが、彼女じゃないならないで、あの距離感の近さはなんだという話になる。それに対しての答えが、親戚の子。
 俺は、桃井さんに嘘をつきたくない。だけど、久野市さんのことを覚えてもいない。

「……らしい、ってなに」

「俺も、詳しくは覚えてないんですが……俺が以前住んでいた村に、その子も住んでいて……」

「……彼女でもないのに、わざわざ追いかけて来たってこと?」

「んー……」

 正直に、話しても……やはり、覚えていない部分があるため、説明が難しい。しかも、わかる範囲を述べると、今桃井さんが言ったとおりになる。
 彼女でもない女の子が、ここまで追いかけてきた。それは尋常ではない。

 そこには遺産のことが絡んでいるのだが、それを説明するにはまたややこしくなってしまうし……

「だからその、えっとですね……」

「……はぁ。いいよもう」

 なんと説明すべきか。うろたえる俺に、小さなため息が聞こえた。
 それは桃井さんが漏らしたもの。ついに愛想を尽かしてしまったのかと、背筋が震えたが……

「……彼女じゃ、ないんだよね?」

 確認するかのように、聞いてきた。そのため俺は……

「違います! いたこともないです!」

 正直に、答える。彼女がいない宣言など、虚しい気もするが……

「……ふふ、そっか」

 桃井さんの笑顔を見て、そんなことどうでも、よくなった。

「あの……桃井さんが怒ってたのって、俺が嘘をついたと思ったからですよね。俺は、桃井さんには嘘は……」

「うーん……そうなんだけど、それだけじゃないっていうか……」

 ここで、きっちりと言っておかなければいけない。俺は、桃井さんに嘘をつくつもりはない。
 しかし、桃井さんは意味深に、口を開いた。それは、どういう意味だろう。

 そうだけど、そうじゃない……とは?

「それに……さっき木葉くんは、私が悪いことなんて一つもない、って言ってくれたけど……そんなことないよ。私は勝手な理由で、あんな態度とっちゃったんだよ」

「……?」

 なにか、桃井さんは俺に隠していることがあるのか? 別にそれが悪いこととは言わないが、気になる……
 それを聞こうと口を開く……のと同時に、ポケットのスマホからアラームが鳴る。その音に、俺は肩を跳ねさせた。

 急いで、スマホをとり、時間を確認すると……

「げ、時間が……!」

 登校のため設定していたアラームだ。今からだと、走らなければ学校に間に合わない。
 俺の表情を見て、それを察してくれたのか……桃井さんは、くすっと笑って。

「ほら、早く行かないと」

 と、言ってくれた。
 俺も、これ以上は話ができないと判断する。

「は、はい! すみません、俺行きます!」

「うん。
 ……木葉くん」

「? はい」

「……いってらっしゃい」

 走ろうとしていた俺に、桃井さんは言ってくれた……いってらっしゃい、と。
 それは、朝の登校時、会った時にいつも言ってくれるのと同じ、言葉と笑顔で……

「……いってきます」

 俺は、その言葉に返事をして、走り出した。
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