久野市さんは忍びたい

白い彗星

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第一章 現代くノ一、ただいま参上です!

第18話 おはようと言われる朝

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「おはようございます、主様!」

「……うん、おはよう」

 翌朝。俺はやかましいくらいの明るい声で目を覚ました。
 いや、寝ていた……のか実際のところわからない。なにせ、すぐ近くで女の子が寝ていたのだ。手を出すことはなくても、だからといって寝られるわけではない。

 正直、あまり眠れなかった。聞こえる寝息すら、睡眠の障害になったほどだ。
 せめてもの抵抗……という言い方が正しいかはともかく、久野市さんとは反対側向いて背中を丸めて、久野市さんのほう見ないようにするしかなかった。

 ただ……こうして、おはようと言われる朝は。なんだか嬉しかった。

「主様、なんだか疲れてます? やっぱり、お布団でなかったのがまずかったですか。
 なら今夜こそは、主様がお布団を使ってください」

「いや、別にそういうわけでは……今夜?」

 せっせと布団を片づけていく久野市さんの姿を目で追いながら、俺は唖然としていた。
 だが、考えてみれば当然のことでもあるのだ……俺を守るために来たという彼女には、住む家がない。俺の部屋に住むつもりで来たのだ。

 下手に追い出せば、また公園で寝泊まりするはめになりかねない。正直、昨夜の危機管理能力を想えば、公園で寝泊まりしようが彼女に危険があるとは思えないが……
 そういうわけにも、いかないだろう。

 だが、そうなれば、彼女は今夜も……いや、今夜どころか。今夜以降、ずっとこの部屋に泊まることになる。

「……勘弁してくれ……」

「主様ー、お布団干しておきますので、物干し竿使わせていただきますね」

 久野市さんは久野市さんで、まるで悩みがなさそうな顔をしていやがる。
 まずい、非常にまずいだろう。これから、この子と一緒に暮らす? 持つのか? 俺の体は持つのか?

 そりゃ、かわいい女の子とひとつ屋根の下というシチュエーションは、何度か妄想したことはある。あるが……妄想と現実は違うというのは、昨夜の時点でよぉくわかった。

「主様、朝ご飯は昨夜の残りになりますが、よろしいですか?」

「え? あ、うん」

「申し訳ありません、本当ならば朝は朝でお作りしたいのですが、昨夜はバタバタしていて……」

「いや、充分だよ」

 この子、当たり前のように朝メシ作ってくれるつもりなのか……そういや、昨夜のオムレツは具材を残していたな。
 翌日の、朝メシにするために残していたんだな。

 布団を干し、朝メシの準備をするにあたって久野市さんは、朝の準備をするためにまずは着ているものを脱いでいき……

「てててっ、なにしてんの!」

「はい?」

 いきなり脱ぎだした久野市さんの姿に、俺はとっさに後ろを向く。少し、白い肌が見えてしまった。
 しかし彼女は、なぜだか平気そうだ。

「な、なにしてんだ!」

「なにって……着替え、ですが」

「そりゃわかるけど……お、俺もいるんだぞ!」

「なにか、問題がありますか? さらしも巻いてますし、局部は隠しているので問題は……
 あ、私の身体なんて見るに堪えませんよね! 申し訳ありま……」

「そうじゃ、なくて……」

 なんで俺だけ恥ずかしがっているんだ、普通逆じゃないのか。おまけにさらしとか、そういう情報を与えんでくれ!
 この子には羞恥心というものがないのだろうか。狭い部屋だし、気を付けてもらわないと俺が困る。

 その後着替えた久野市さんは、昨日の黒い服になっていた。また露出が増えた……!
 俺は脱衣室に駆け込み、着替える。なんで自分の部屋で、俺がこんなに気を遣わなきゃならんのだ。

「どうぞ、主様!」

「……どうも」

 着替えを終えると、準備されていた朝メシの時間だ。昨夜と同じように、二人で食べる。
 その間、久野市さんはにこにこしたまま、俺が食べる様子を見ていた。

「ところで主様、その制服はいったい……? 昨日、帰ってきた際も着ておられましたが」

「なにって、学校……高校の制服だけど」

「学校……学校は、私服ではなかったですか?」

「それは、村の学校の話ね。こっちの高校じゃ、学校用の制服があるんだ」

「なるほど」

 朝メシの最中、誰かと話すなんて、上京して初めてのことだ。
 なにげない会話の中に、俺は少なくとも、久野市さんが村の学校のことを知っている事実を確認する。

 村の学校は、子供の数も少なく、制服なんてものはなかったからな。
 それが、高校じゃ一律の制服があるというんだ。驚いたもんだ。

「ごちそうさま。じゃ、俺学校行ってくるけど……久野市さんは、どうするの?」

「お供します」

「……」

 食事を終え、時間を確認してから、久野市さんに今後のことを問う。
 俺は、久野市さんに今日も泊まるのか……というかこの先も泊まるつもりなのか、ということをまとめて聞いたつもりだったが。

 返ってきたのは、予想の斜め上をいくものだった。

「はぁ……?」

「はい?」

「いや、今日も泊まるって言われたらさすがに考えないとなとか思ってたんだけど……まさか、それ以前の問題……!」

 どうしよう、なんかいろいろそれ以前の問題だったんだけど!
 そういや、昨日もバイトに着いて来ようとしたっけ。その時点で、予想しておくんだったか……いやできるかい!

 したとしても……予想しても、こんなのどうしようもないって。

「いや、いいよ。それより、まさか今夜も泊まるつもりじゃ……」

「いえよくありません! 主様を守るのが、私の使命ですから!」

 やっぱり、聞く耳を持たない。俺を守ると、そこだけ聞けば、とても耳あたりのいい言葉なんだけどなぁ。
 とはいえ、学校の生徒でもない子を同行させるわけにはいかない。まして、こんな格好で。

 着いてくると言って聞かない久野市さんに、俺はまたも命令として、学校には着いてこないこと、と指示してしまった。
 おかげで久野市さんを説得……できたかはともかく……した頃には、家を出ないとまずい時間になっていた。
 俺は急ぎ足で、玄関へと向かう。

 本当なら、久野市さんの今後のことを話したかったのに……って、考えてみれば朝メシ食ってる最中に話せばよかった。
 そんな当たり前のことにも気づかないくらい、実は俺はパニックになっていたみたいだ。
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