久野市さんは忍びたい

白い彗星

文字の大きさ
上 下
6 / 84
第一章 現代くノ一、ただいま参上です!

第6話 自分のために料理を作ってくれる

しおりを挟む


 ……自分の部屋で、女の子が料理をしている。変な感じだ。

「それにしても、助かりました」

「助かった?」

「はい。冷蔵庫の中身が、その……解放感のある空間だったので、調理器具も無いのではないか、と」

「別に言い直さなくていいよ」

 冷蔵庫の中身が解放感のある空間、とはずいぶん柔らかい表現だ。
 それは要は、食料が少ないってことだ。食料がないってことは、俺は料理をしない……料理をしないってことは、調理器具もない可能性が高い。

 ま、そう思ったってわけか。

「まあ、一通りは揃えたな。この部屋借りた時は、自分で料理もするつもりだったんだけど……学校とかバイトとか、忙しくてなかなかな」

「……そうですか」

「……いや、言い訳だな。じいちゃんと暮らしてた時は、交代で俺が作ることもあった。
 一人暮らしになると……自分のためだけに料理するのが、なんかめんどくてな」

「なるほど。でも、もったいないですね。主様のお祖父様は、孫の作ってくれたものはおいしい、と言っておられましたから」

「!」

 何気ない、会話……俺はなんで、わざわざこんなことをこの子に話しているのだろう。そう思った矢先、反射的に彼女の背中を見た。
 それは、なにかを懐かしむような……そんな、あたたかい言葉だった。

 ……って、騙されるなよ。そうやって、俺を油断させる作戦なのに違いない。

「なぁ……」

 自分でもなにを言おうと思ったのか……わからない。それでも、彼女との会話が嫌ではないと、感じていて……そう思って、口を開いた。
 だが、出てくるはずだった言葉は、じゅわぁ、という音によってかき消されてしまった。

「! 主様、すみません。なんでしょう?」

「……なんでもない」

 それは、溶いた卵を熱したフライパンに流し込んでいる音だった。
 気を削がれた俺は、言葉を呑み込んだ。卵の香りが、ふわりと部屋の中に広がる。

 誰かが、自分のために料理を作ってくれる……こんなの、いつぶりだろう。
 少なくとも、上京してから初めてだから……数ヵ月。いやひょっとしたら一年くらいかも。上京する前、じいちゃんはほとんど料理しなく……できなくなってたから、俺が作ってばっかだったし。

「主様、申し訳ありません。食器を出してもらってよろしいですか?」

「ん……あぁ、そうだな。悪い」

 そういえば、せっかく作ってもらってるんだから、それくらいはしないとな。俺は立ち上がり、食器を保管している棚に近づく。
 そこで、気づいたが……あぁ、当然一人分の食器しかないわな。

 チラッと彼女の手元を見ると、フライパンで卵を広げ……横には、切った具材が置いてある。肉に、ニンジンに、キノコ……
 ……オムライス、か。

 とりあえず、不揃いではあるがオムライスが乗る皿を、二つ出すとするか。
 カチャカチャ、と皿を取り出していると、隣から「え」といった声が聞こえた。
 それが誰のものか、確かめるまでもない。

「……なんだよ」

 それは、なぜか驚いた表情で俺を……正しくは俺の手元を見ている、久野市さんの姿だった。

「い、いえ……私も、食べてよろしいのですか?」

「? ……いや、当然だろ」

「あ、そう、ですか……私は、主様の分だけ作って、自分は後で済ませようと思っていたので」

「いや、いくらなんでも、作らせておいてその張本人を差し置いて自分だけ食べるなんてしないけど!? どんな心なしだ俺は!」

 そりゃあさっきまで追い出そうとしていた相手ではあるけど、メシ作らせといて自分だけ食うわけにもいかないだろう。
 よく見ると、二人分にしては具材の量が少ないような。じゃあ、今作っているのは俺一人分か……それと、自分はちょっとの量で済ませようとしていたのか。

「せっかくメシ作ってくれたんなら、一緒に食おうよ……」

「……ふふ、主様は優しいですね」

「やさっ……いや、これくらい誰でもこうだと思うぞ」

 よく、わからない子だ……しかし、こんなに嬉しそうに笑うんだな。
 食器を並べていく。さっきまで小難しいことを考えていたが、気づけば俺は、そんなことすっかり忘れていた。

 もしかして、待っている間……俺が、考え事をため込んでしまわないように、なにか作業をしていたほうが気がまぎれると思って、食器出しの指示をしてくれたのだろうか。
 やっぱり、よくわからん子だな……だが、とりあえず今は……

「できましたよ、主様!」

 メシ、だな。

「どうぞ!」

 目の前に出されたのは、オムライス。ふわふわの卵に包まれたそれは、出来たてだと主張するように、ほかほかと湯気を立てている。その横に、冷蔵していたご飯も。
 傍にはケチャップが置かれていて、久野市さんは机を挟んで俺の対面に座り、それを手に取る。

「いや、ケチャップかけるくらい自分でやるけど……」

「いいからいいから」

 なにがいいから、なのかはわからないが、そのままケチャップを任せることに。卵の上に、赤い液体がかけられる。
 ケチャップ文字とか、ハートマークとか、そういうシチュエーションは聞くことがあるが……オムライスにかけられたケチャップは、そんな凝った文字やマークなどなく、ただケチャップがかけられただけだ。

 完成したオムライスに、俺は自然と唾を飲み込んでいた。

「……食べるから、キミは自分のを作ったら」

「まずは、主様が食べるのを拝見させてください!」

 対面の彼女は、目を輝かせながらじっと見てくる。
 ……誰かに見られたまま、食べるというのはなんだか恥ずかしいが……自分の料理の感想を知りたい。それは、理解できるのでこれ以上なにも言えない。

 じーっと見られながら、俺は食べる覚悟を決める。人に、しかもこんなかわいい子に見つめられるのは初めてだが……意識から除外しろ俺。
 オムライスを箸で割り、一口サイズにしてから口へと運ぶ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

坊主頭の絆:学校を変えた一歩【シリーズ】

S.H.L
青春
高校生のあかりとユイは、学校を襲う謎の病に立ち向かうため、伝説に基づく古い儀式に従い、坊主頭になる決断をします。この一見小さな行動は、学校全体に大きな影響を与え、生徒や教職員の間で新しい絆と理解を生み出します。 物語は、あかりとユイが学校の秘密を解き明かし、新しい伝統を築く過程を追いながら、彼女たちの内面の成長と変革の旅を描きます。彼女たちの行動は、生徒たちにインスピレーションを与え、更には教師にも影響を及ぼし、伝統的な教育コミュニティに新たな風を吹き込みます。

坊主女子:女子野球短編集【短編集】

S.H.L
青春
野球をやっている女の子が坊主になるストーリーを集めた短編集ですり

夏の決意

S.H.L
青春
主人公の遥(はるか)は高校3年生の女子バスケットボール部のキャプテン。部員たちとともに全国大会出場を目指して練習に励んでいたが、ある日、突然のアクシデントによりチームは崩壊の危機に瀕する。そんな中、遥は自らの決意を示すため、坊主頭になることを決意する。この決意はチームを再び一つにまとめるきっかけとなり、仲間たちとの絆を深め、成長していく青春ストーリー。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

坊主女子:学園青春短編集【短編集】

S.H.L
青春
坊主女子の学園もの青春ストーリーを集めた短編集です。

ハーレムに憧れてたけど僕が欲しいのはヤンデレハーレムじゃない!

いーじーしっくす
青春
 赤坂拓真は漫画やアニメのハーレムという不健全なことに憧れる健全な普通の男子高校生。  しかし、ある日突然目の前に現れたクラスメイトから相談を受けた瞬間から、拓真の学園生活は予想もできない騒動に巻き込まれることになる。  その相談の理由は、【彼氏を女帝にNTRされたからその復讐を手伝って欲しい】とのこと。断ろうとしても断りきれない拓真は渋々手伝うことになったが、実はその女帝〘渡瀬彩音〙は拓真の想い人であった。そして拓真は「そんな訳が無い!」と手伝うふりをしながら彩音の潔白を証明しようとするが……。  証明しようとすればするほど増えていくNTR被害者の女の子達。  そしてなぜかその子達に付きまとわれる拓真の学園生活。 深まる彼女達の共通の【彼氏】の謎。  拓真の想いは届くのか? それとも……。 「ねぇ、拓真。好きって言って?」 「嫌だよ」 「お墓っていくらかしら?」 「なんで!?」  純粋で不純なほっこりラブコメ! ここに開幕!

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

処理中です...