久野市さんは忍びたい

白い彗星

文字の大きさ
上 下
4 / 84
第一章 現代くノ一、ただいま参上です!

第4話 キミは、いったい誰なんだ

しおりを挟む


 首筋に感じる、冷たく固い感触……それは、クナイだ。
 彼女が少し、手を動かせばそれだけで……俺の首は、切れてしまう。

「……っ」

「……ふふ、なぁーんちゃって。私は刺客ではないのですから、本当に命を奪うわけないじゃないですか。
 ですが、申し訳ありません。疑いを晴らすためとはいえ、主様に刃を向けてしまいました」

「っ、は……あ……い、や……」

 突きつけられていたクナイが離され、その直後どっと息を漏らす。まるでさっきの間だけ、時が止まっていたよう……
 呼吸の仕方すら、忘れていた。

 ぶわっと、額から冷や汗が流れ出すのを感じる。
 それを見て、彼女は立ち上がる。その行動に、俺は情けなくも肩を震わせてしまうのだが、これもまた情けないことに動けない。

 そのまま、俺の隣に腰を下ろす彼女を見るしかなくて……
 額に、柔らかいものが当てられた。

「っ……ハン、カチ……?」

「申し訳ありません。私が刺客ではないと証明するためとはいえ、やりすぎでした」

 額にハンカチが当てられ、汗を拭ってくれている。その手つきは優しくて、俺を害そうという意思は感じられない。
 先ほどの、目にも見えない速さがあれば、俺を刺客から守ることも可能だろう。俺を守りに来た、とか言ってたし。
 ……この子は本当に、俺を守るために……?

 汗を拭う作業が終わり、彼女は立ち上がる。目の前に白い脚がさらされてしまい、とっさに目をそらした。

「主様が、いきなり現れた私を信じられないのも、当然の話。
 ですが、主様のお祖父様には、私もお世話になりました! 恩返しがしたいのです!」

 再び俺の対面に座り直した彼女は、俺のじいちゃんが恩人であること、その恩返しをしたいこと……それを、熱に訴えてくる。
 この子が、じいちゃんの世話になった……それは、あり得る話だ。あの人なら、困っている人は助ける……その信頼が、ある。

 だから、じいちゃんに世話になったという話は、本当のことなのかもしれない。
 ……だが……

「なら、なんで俺は、あんたと会ったことがないんだ?」

「……っ」

 その瞬間、ニコニコしていた彼女の表情が、強張った。気がした。
 この子の言うことが、本当だとして……本当に、じいちゃんの世話になったのだとして……

「俺は、両親が死んでから高校進学の前まで、ずっとじいちゃんと暮らしてた。
 けど、俺はあんたと会った記憶も、話を聞いたこともない」

「そ、それは……」

「あんた言ったな、俺のじいちゃんとあんたのじいさんは古い友人だって。それに、俺のことを話すくらい今でも交流があったみたいじゃないか。
 それくらい仲の良い関係なのに、俺はあんたとも、あんたのじいさんとも会った記憶がない」

 この子の言っていること……それは、大きな矛盾を含んでいる。
 俺は、ずっとじいちゃんと暮らしていた。十年くらいだろう。
 この子がじいちゃんの世話になったというのなら……じいちゃんとこの子のじいさんが、今でも交流があるというのなら……

 俺とこの子は、会っていないとおかしい。会うどころか、こんな子がいるなんて話すら、聞いたことがない。じいちゃんは、この子のじいさんに俺の話をしていたほどの仲だという。
 なのに、俺はそんな話、聞いたことがない。

 俺がじいちゃんと暮らしていた村は、それほど大きくはない。子供の記憶かもしれない、だが俺は記憶力には自信がある。村人全員とはいかなくても……ほとんどの人は、覚えている。
 まして、自分と年の変わらない女の子なら、なおさらだ! なのに、この子のことは知らない。

「キミは、いったい誰なんだ……!」

 俺のじいちゃんに世話になったという久野市 忍と名乗る女の子だが、それを信じるには信じるに値する材料が足りない。
 じいちゃんに世話になった、という話が本当だとして、俺はこの子と会ったことがないし、見たことがない。

 あの村には十年も暮らしていたんだ。自分と同じくらいの子供がいれば、印象に残るはず。あの村じゃ、大人や年寄りが多かったからな。
 けれど、こんな子は、見た記憶もない。

「本当にじいちゃんに世話になったのか?」

「本当です! 私、とても良くしていただいて……かわいがって、もらいました」

「それほどかわいがってたなら、俺にも話してくれそうなもんだけどな。じいちゃんから聞いたことがない」

 それに、だ。単純な問題がある……学校だ。
 あの村には、学校がある。本来学校とは、小学生、中学生と区分され別々の学校に通うらしい。上京して知った。

 だが村の学校は、小学校中学校が一緒になっている。いや、小学生や中学生の年頃の子が一緒になっている学校、と言ったほうが正しいか。
 村には子供が少なく、学校では十人ちょっとの生徒しかいなかった。年齢も、当然バラバラだ。

 久野市 忍という女の子は、俺と同じくらいの年齢……そうでなくとも、子供であることに変わりはない。子供ならば学校に通っていたはず。
 なのに、この子の姿は学校でも、見たことがない。

「村でも、学校でも見たことがない。じゃあ、あんたはなんなんだ?」

「……私は、忍びの家系の人間として、日々訓練に励んでいました。学び舎には通っていませんし、同年代の友達も……」

 この子を見たことがない理由……それを聞くと、一瞬暗い顔になり、しかしすぐに表情は元に戻り口を開いた。
 だがそれは、はいそうですかと信じられるものでは、ない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』

コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ” (全20話)の続編。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211 男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は? そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。 格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

処理中です...