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第一章 現代くノ一、ただいま参上です!
第4話 キミは、いったい誰なんだ
しおりを挟む首筋に感じる、冷たく固い感触……それは、クナイだ。
彼女が少し、手を動かせばそれだけで……俺の首は、切れてしまう。
「……っ」
「……ふふ、なぁーんちゃって。私は刺客ではないのですから、本当に命を奪うわけないじゃないですか。
ですが、申し訳ありません。疑いを晴らすためとはいえ、主様に刃を向けてしまいました」
「っ、は……あ……い、や……」
突きつけられていたクナイが離され、その直後どっと息を漏らす。まるでさっきの間だけ、時が止まっていたよう……
呼吸の仕方すら、忘れていた。
ぶわっと、額から冷や汗が流れ出すのを感じる。
それを見て、彼女は立ち上がる。その行動に、俺は情けなくも肩を震わせてしまうのだが、これもまた情けないことに動けない。
そのまま、俺の隣に腰を下ろす彼女を見るしかなくて……
額に、柔らかいものが当てられた。
「っ……ハン、カチ……?」
「申し訳ありません。私が刺客ではないと証明するためとはいえ、やりすぎでした」
額にハンカチが当てられ、汗を拭ってくれている。その手つきは優しくて、俺を害そうという意思は感じられない。
先ほどの、目にも見えない速さがあれば、俺を刺客から守ることも可能だろう。俺を守りに来た、とか言ってたし。
……この子は本当に、俺を守るために……?
汗を拭う作業が終わり、彼女は立ち上がる。目の前に白い脚がさらされてしまい、とっさに目をそらした。
「主様が、いきなり現れた私を信じられないのも、当然の話。
ですが、主様のお祖父様には、私もお世話になりました! 恩返しがしたいのです!」
再び俺の対面に座り直した彼女は、俺のじいちゃんが恩人であること、その恩返しをしたいこと……それを、熱に訴えてくる。
この子が、じいちゃんの世話になった……それは、あり得る話だ。あの人なら、困っている人は助ける……その信頼が、ある。
だから、じいちゃんに世話になったという話は、本当のことなのかもしれない。
……だが……
「なら、なんで俺は、あんたと会ったことがないんだ?」
「……っ」
その瞬間、ニコニコしていた彼女の表情が、強張った。気がした。
この子の言うことが、本当だとして……本当に、じいちゃんの世話になったのだとして……
「俺は、両親が死んでから高校進学の前まで、ずっとじいちゃんと暮らしてた。
けど、俺はあんたと会った記憶も、話を聞いたこともない」
「そ、それは……」
「あんた言ったな、俺のじいちゃんとあんたのじいさんは古い友人だって。それに、俺のことを話すくらい今でも交流があったみたいじゃないか。
それくらい仲の良い関係なのに、俺はあんたとも、あんたのじいさんとも会った記憶がない」
この子の言っていること……それは、大きな矛盾を含んでいる。
俺は、ずっとじいちゃんと暮らしていた。十年くらいだろう。
この子がじいちゃんの世話になったというのなら……じいちゃんとこの子のじいさんが、今でも交流があるというのなら……
俺とこの子は、会っていないとおかしい。会うどころか、こんな子がいるなんて話すら、聞いたことがない。じいちゃんは、この子のじいさんに俺の話をしていたほどの仲だという。
なのに、俺はそんな話、聞いたことがない。
俺がじいちゃんと暮らしていた村は、それほど大きくはない。子供の記憶かもしれない、だが俺は記憶力には自信がある。村人全員とはいかなくても……ほとんどの人は、覚えている。
まして、自分と年の変わらない女の子なら、なおさらだ! なのに、この子のことは知らない。
「キミは、いったい誰なんだ……!」
俺のじいちゃんに世話になったという久野市 忍と名乗る女の子だが、それを信じるには信じるに値する材料が足りない。
じいちゃんに世話になった、という話が本当だとして、俺はこの子と会ったことがないし、見たことがない。
あの村には十年も暮らしていたんだ。自分と同じくらいの子供がいれば、印象に残るはず。あの村じゃ、大人や年寄りが多かったからな。
けれど、こんな子は、見た記憶もない。
「本当にじいちゃんに世話になったのか?」
「本当です! 私、とても良くしていただいて……かわいがって、もらいました」
「それほどかわいがってたなら、俺にも話してくれそうなもんだけどな。じいちゃんから聞いたことがない」
それに、だ。単純な問題がある……学校だ。
あの村には、学校がある。本来学校とは、小学生、中学生と区分され別々の学校に通うらしい。上京して知った。
だが村の学校は、小学校中学校が一緒になっている。いや、小学生や中学生の年頃の子が一緒になっている学校、と言ったほうが正しいか。
村には子供が少なく、学校では十人ちょっとの生徒しかいなかった。年齢も、当然バラバラだ。
久野市 忍という女の子は、俺と同じくらいの年齢……そうでなくとも、子供であることに変わりはない。子供ならば学校に通っていたはず。
なのに、この子の姿は学校でも、見たことがない。
「村でも、学校でも見たことがない。じゃあ、あんたはなんなんだ?」
「……私は、忍びの家系の人間として、日々訓練に励んでいました。学び舎には通っていませんし、同年代の友達も……」
この子を見たことがない理由……それを聞くと、一瞬暗い顔になり、しかしすぐに表情は元に戻り口を開いた。
だがそれは、はいそうですかと信じられるものでは、ない。
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