上 下
41 / 46
第二章 ヒーローとしての在り方

第41話 トラウマは消えず

しおりを挟む


「えっと……なんか、ごめんね?」

「べ、別に……なんて、ことは……」

 お化け屋敷を出た愛は、隣で息を荒くしている尊に謝罪した。
 尊は、まだ強がってはいるものの、先ほどの光景は忘れられない。

 まさか、尊がお化けが苦手だったとは。意外だ。

「とりあえず、座ろ」

「べ、別に俺は……」

「いいから。私が疲れちゃったの」

 あのあと、固まった尊を引っ張って出口まで到達するのに、体力を使った。
 ヒーローレッドであれば、尊一人を運ぶくらいわけないのだが……素の状態では、そうもいかない。

 近くのベンチに腰を下ろし、愛は水筒を取り出した。

「はい」

「ん、サンキュ」

 蓋部分を外し、それをコップ代わりにしてお茶を注ぐ。
 それを受け取り、尊は冷たいお茶を飲み、喉を潤していく。

「はぁ」

 一気に飲み干し、少しは落ち着いたようだ。
 それを確認して、愛は……黙っていた。普段なら、「尊の怖がり~」とか言って、からかうところだ。

 だが、なぜだかそれは、やってはいけないことだと、思った。

「……かっこ悪いよな。この歳になって、お化けが怖いとか」

 水筒の蓋を持ったまま、尊はつぶやく。
 その視線は、先ほどのお化け屋敷へと向けられている。

「そんなこと……誰にでも、苦手なものはあるよ」

 確かに、驚いた。尊なら、お化けなんて怖がりもしないと思っていた。
 だが、そうではなかった。怖いのを、我慢していたのだ。

 言ってくれればよかったのに……しかし、言うのは尊としては、かっこ悪かったのだろう。

「私こそ、ごめんね。気付けなくて」

 思い返せば、お化け屋敷に入る前の尊の様子は、変だった。
 あれは、お化けが苦手だったから。なんで、あのとき疑問に思わなかったのだろう。

 そもそも、尊がお化けが嫌いだなんて……今までずっと一緒にいたのに、気が付かなかった。情けない。

「いや、俺としてはずっと隠しておきたかったんだけどな。渚だって、知らないだろう」

「……別に、苦手なものがあるくらい、普通のことだと思うけど」

「違うんだ……苦手ってより、もう……怖いんだ。
 あの時のこと、思い出して……」

「!」

 人間なのだし、苦手なものがあってもおかしくはない……そう語る愛に、尊は首を振った。
 そして、話し始めるのは……お化けへの、恐怖。

 愛の脳内には、一つの推測が浮かび……

「もしかして、ご両親のこと?」

 思わず、口に出していた。
 対して、尊は小さくうなずいた。

 その場にいなかった愛は、聞いた話ではあるが……両親が怪人に殺された時、身を隠していた尊は、渚の両目を自分の両手で覆って隠していた。
 その間、尊はぎゅっと目をつぶっていた……だが、見てしまった。

 両親が、怪人に殺されるその、瞬間を。

「あれ以来、暗いとことか、お化けみたいなのもダメになっちまって……わかってんだ、お化けなんてしょせん作り物だって。
 でも……」

 中学生の尊が、妹に凄惨な現場を見せまいと息を殺して……両親が殺される瞬間を、見てしまった。
 それは、彼にとってどれほどのトラウマだろう。

 尊が、夜はいつも渚と一緒に寝ているのは、知っていた。
 だがそれは、渚が怖くないように……という思いからだと、思っていた。

「そう、だったんだ」

 尊と渚は、普段二人であの家に暮らしている。柊家に世話になってばかりではいられないから、と。
 しかし、二人だけで本当に大丈夫なのか。そんな気持ちが、愛の中に生まれる。

 今からでも、ウチに住めば……お母さんだって、話せばきっと、わかってくれる。
 けれど……

「あー……お前はそんな顔するだろうから、言いたくなかったんだよ。言っとくけど、変な気遣いとかすんなよ」

 愛の表情を見て、尊が軽くため息を漏らした。

「怖いっても、普段は問題ねえよ。今日までだって、普通に生活してきたんだ」

「でも……」

「それに、渚にバレたくねえし」

 顔をしかめ、尊は渚にお化け嫌いがバレたときの想像をする。
 愛は、気を遣って尊をからかうことはしなかった。だが、尊と同じ傷を持つ渚には、遠慮などというものはないだろう。

 そんな妹に、こんな恥ずかしいことはバレたくない。

(渚ちゃんはからかわないと思うけどなぁ……)

 しかし、本人がバレたくないと言うのだ。外野がとやかく言ういうことではない。

「はい、この話は終わり!」

 いたたまれなくなったのか、尊自ら話を切り上げる。
 パンッと手を叩き、ベンチから立ち上がった。

「もう落ち着いた、悪かったな迷惑かけて。
 あ、苦手なのはお化けだけで、絶叫系とかはイケっから」

 愛に笑顔を向ける尊。そこに、強がりなどの感情はない。
 むしろ、お化け屋敷という障害がなくなった今、全力で遊園地を楽しむといった具合だ。

 それに微笑みを返し、愛もベンチから腰を上げようとして……


 ぐぅ……


 大きな、腹の音が鳴った。
 その直後、尊は恥ずかしそうに腹を押さえる。

「あ、はは。なんか、腹減っちまったな」

 お化け屋敷で体力を使ったからか、それとも単にお昼が近くなってきたからか。
 笑う尊に、おかしくなって愛も吹き出す。

「わ、笑うなよ」

「ごめんごめん」

 少し早いが、いいだろう。早めの昼食だ。
 愛は無意識に、肩からかけている鞄を撫でた。その中に入っているものを、確かめるように。

 果たして、おいしいと言ってもらえるだろうか。喜んでもらえるだろうか。
 それはわからない。でも……

「うん、じゃあお昼にしよっか」

 今日、早起きして作ったお弁当……それを、食べてもらいたい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

アニラジロデオ ~夜中に声優ラジオなんて聴いてないでさっさと寝な!

坪庭 芝特訓
恋愛
 女子高生の零児(れいじ 黒髪アーモンドアイの方)と響季(ひびき 茶髪眼鏡の方)は、深夜の声優ラジオ界隈で暗躍するネタ職人。  零児は「ネタコーナーさえあればどんなラジオ番組にも現れ、オモシロネタを放り込む」、響季は「ノベルティグッズさえ貰えればどんなラジオ番組にもメールを送る」というスタンスでそれぞれネタを送ってきた。  接点のなかった二人だが、ある日零児が献結 (※10代の子限定の献血)ルームでラジオ番組のノベルティグッズを手にしているところを響季が見つける。  零児が同じネタ職人ではないかと勘付いた響季は、献結ルームの職員さん、看護師さん達の力も借り、なんとかしてその証拠を掴みたい、彼女のラジオネームを知りたいと奔走する。 ここから第四部その2⇒いつしか響季のことを本気で好きになっていた零児は、その熱に浮かされ彼女の核とも言える面白さを失いつつあった。  それに気付き、零児の元から走り去った響季。  そして突如舞い込む百合営業声優の入籍話と、みんな大好きプリント自習。  プリントを5分でやっつけた響季は零児とのことを柿内君に相談するが、いつしか話は今や親友となった二人の出会いと柿内君の過去のこと、更に零児と響季の実験の日々の話へと続く。  一学年上の生徒相手に、お笑い営業をしていた少女。  夜の街で、大人相手に育った少年。  危うい少女達の告白百人組手、からのKissing図書館デート。  その少女達は今や心が離れていた。  ってそんな話どうでもいいから彼女達の仲を修復する解決策を!  そうだVogue対決だ!  勝った方には当選したけど全く行く気のしない献結啓蒙ライブのチケットをプレゼント!  ひゃだ!それってとってもいいアイデア!  そんな感じでギャルパイセンと先生達を巻き込み、ハイスクールがダンスフロアに。 R15指定ですが、高濃度百合分補給のためにたまにそういうのが出るよというレベル、かつ欠番扱いです。 読み飛ばしてもらっても大丈夫です。 検索用キーワード 百合ん百合ん女子高生/よくわかる献血/ハガキ職人講座/ラジオと献血/百合声優の結婚報告/プリント自習/処世術としてのオネエキャラ/告白タイム/ギャルゲー収録直後の声優コメント/雑誌じゃない方のVOGUE/若者の缶コーヒー離れ

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...