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第二章 ヒーローとしての在り方

第41話 トラウマは消えず

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「えっと……なんか、ごめんね?」

「べ、別に……なんて、ことは……」

 お化け屋敷を出た愛は、隣で息を荒くしている尊に謝罪した。
 尊は、まだ強がってはいるものの、先ほどの光景は忘れられない。

 まさか、尊がお化けが苦手だったとは。意外だ。

「とりあえず、座ろ」

「べ、別に俺は……」

「いいから。私が疲れちゃったの」

 あのあと、固まった尊を引っ張って出口まで到達するのに、体力を使った。
 ヒーローレッドであれば、尊一人を運ぶくらいわけないのだが……素の状態では、そうもいかない。

 近くのベンチに腰を下ろし、愛は水筒を取り出した。

「はい」

「ん、サンキュ」

 蓋部分を外し、それをコップ代わりにしてお茶を注ぐ。
 それを受け取り、尊は冷たいお茶を飲み、喉を潤していく。

「はぁ」

 一気に飲み干し、少しは落ち着いたようだ。
 それを確認して、愛は……黙っていた。普段なら、「尊の怖がり~」とか言って、からかうところだ。

 だが、なぜだかそれは、やってはいけないことだと、思った。

「……かっこ悪いよな。この歳になって、お化けが怖いとか」

 水筒の蓋を持ったまま、尊はつぶやく。
 その視線は、先ほどのお化け屋敷へと向けられている。

「そんなこと……誰にでも、苦手なものはあるよ」

 確かに、驚いた。尊なら、お化けなんて怖がりもしないと思っていた。
 だが、そうではなかった。怖いのを、我慢していたのだ。

 言ってくれればよかったのに……しかし、言うのは尊としては、かっこ悪かったのだろう。

「私こそ、ごめんね。気付けなくて」

 思い返せば、お化け屋敷に入る前の尊の様子は、変だった。
 あれは、お化けが苦手だったから。なんで、あのとき疑問に思わなかったのだろう。

 そもそも、尊がお化けが嫌いだなんて……今までずっと一緒にいたのに、気が付かなかった。情けない。

「いや、俺としてはずっと隠しておきたかったんだけどな。渚だって、知らないだろう」

「……別に、苦手なものがあるくらい、普通のことだと思うけど」

「違うんだ……苦手ってより、もう……怖いんだ。
 あの時のこと、思い出して……」

「!」

 人間なのだし、苦手なものがあってもおかしくはない……そう語る愛に、尊は首を振った。
 そして、話し始めるのは……お化けへの、恐怖。

 愛の脳内には、一つの推測が浮かび……

「もしかして、ご両親のこと?」

 思わず、口に出していた。
 対して、尊は小さくうなずいた。

 その場にいなかった愛は、聞いた話ではあるが……両親が怪人に殺された時、身を隠していた尊は、渚の両目を自分の両手で覆って隠していた。
 その間、尊はぎゅっと目をつぶっていた……だが、見てしまった。

 両親が、怪人に殺されるその、瞬間を。

「あれ以来、暗いとことか、お化けみたいなのもダメになっちまって……わかってんだ、お化けなんてしょせん作り物だって。
 でも……」

 中学生の尊が、妹に凄惨な現場を見せまいと息を殺して……両親が殺される瞬間を、見てしまった。
 それは、彼にとってどれほどのトラウマだろう。

 尊が、夜はいつも渚と一緒に寝ているのは、知っていた。
 だがそれは、渚が怖くないように……という思いからだと、思っていた。

「そう、だったんだ」

 尊と渚は、普段二人であの家に暮らしている。柊家に世話になってばかりではいられないから、と。
 しかし、二人だけで本当に大丈夫なのか。そんな気持ちが、愛の中に生まれる。

 今からでも、ウチに住めば……お母さんだって、話せばきっと、わかってくれる。
 けれど……

「あー……お前はそんな顔するだろうから、言いたくなかったんだよ。言っとくけど、変な気遣いとかすんなよ」

 愛の表情を見て、尊が軽くため息を漏らした。

「怖いっても、普段は問題ねえよ。今日までだって、普通に生活してきたんだ」

「でも……」

「それに、渚にバレたくねえし」

 顔をしかめ、尊は渚にお化け嫌いがバレたときの想像をする。
 愛は、気を遣って尊をからかうことはしなかった。だが、尊と同じ傷を持つ渚には、遠慮などというものはないだろう。

 そんな妹に、こんな恥ずかしいことはバレたくない。

(渚ちゃんはからかわないと思うけどなぁ……)

 しかし、本人がバレたくないと言うのだ。外野がとやかく言ういうことではない。

「はい、この話は終わり!」

 いたたまれなくなったのか、尊自ら話を切り上げる。
 パンッと手を叩き、ベンチから立ち上がった。

「もう落ち着いた、悪かったな迷惑かけて。
 あ、苦手なのはお化けだけで、絶叫系とかはイケっから」

 愛に笑顔を向ける尊。そこに、強がりなどの感情はない。
 むしろ、お化け屋敷という障害がなくなった今、全力で遊園地を楽しむといった具合だ。

 それに微笑みを返し、愛もベンチから腰を上げようとして……


 ぐぅ……


 大きな、腹の音が鳴った。
 その直後、尊は恥ずかしそうに腹を押さえる。

「あ、はは。なんか、腹減っちまったな」

 お化け屋敷で体力を使ったからか、それとも単にお昼が近くなってきたからか。
 笑う尊に、おかしくなって愛も吹き出す。

「わ、笑うなよ」

「ごめんごめん」

 少し早いが、いいだろう。早めの昼食だ。
 愛は無意識に、肩からかけている鞄を撫でた。その中に入っているものを、確かめるように。

 果たして、おいしいと言ってもらえるだろうか。喜んでもらえるだろうか。
 それはわからない。でも……

「うん、じゃあお昼にしよっか」

 今日、早起きして作ったお弁当……それを、食べてもらいたい。
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