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第二章 ヒーローとしての在り方

第22話 私はレッド私はレッド私はレッド

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 水の怪人は、まだ倒せてはいない。
 実体がない以上、一筋縄ではいかないようだ。よかったことといえば、ここがひとけのないところだということ。

 悪かったことと言えば……

「二人とも、早くここから離れて!」

「は、はい!」

 一般人がいては、被害が出てしまう。なので、二人を退避させる必要がある。
 しかし、元気な尊はともかく、女性はどうやら足首を捻ってしまっているようだ。

 そのため、どうやって二人がこの場から逃げるかというと……

「失礼します!」

「きゃっ」

 尊の、勇ましい声。続いて、女性の驚いたような声。
 果たして、尊はなにをしているのか……その姿を見て、レッドは、いや愛は固まった。

 尊が、女性を担ぎ上げている。その字面だけなら、まだいい。
 問題なのは……

(お、おお、お、お姫様抱っこぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?)

 軽々と、女性をお姫様抱っこしてる尊の姿。いきなりお姫様抱っこされたため、驚いて尊の首に腕を回している女性。
 それは、まるで女性が抱き着いているようにも……というか、完全に抱き着いている。完全にいろいろ当たっている。

 あれ絶対当たっている。だって尊、顔赤らめているもの。

(なな、なん……っ……お、姫様抱っこなんて……わた、わたじだっで、まだ……!!)

 今すぐにでも叫び出したい衝動を、愛は必死に抑える。それは、ヒーローとしての責任感のみから。
 なぜ、自分がまだされたことのないお姫様抱っこが、見ず知らずの女性の手に渡っているのだろう。

 なぜ、こんな……

「じゃ、じゃあ、俺たち避難してますんで!
 あの、係員とか、呼んだ方が……」

「いい」

「え、でも……」

「いいから、早く行きなさい」

 できるだけ感情を抑えて、声を出す。
 私はレッド私はレッド私はレッド私はレッド私はレッド私はレッド私はレッド私はレッド私はレッド私はレッド…………

 二人が去ったのを確認して、レッドが水柱へと向かい合う。
 これまで攻撃してこなかったのは、一般人が逃げるのを待つ殊勝な性格を持っているから、というわけではない。

「ぐへへへ! レッド、この俺様ミズキング様が、無惨な姿で殺してやるぜ!
 人質を取って動けないお前をなぶる、なんてみみっちいことはしねえ! んなもんなくても、俺様は最強なのさ!」

 それは、レッドを正面から倒して見せるという、圧倒的な自信から来るもの。
 一般人を気にして戦えないレッドを倒しても、面白みがない。そうではない。正面からレッドを倒してこそ、我最強と、知らしめることができるのだ。

「さあ来いレッド! もっとも、お前の物理的な攻撃じゃ、この水のボディには傷一つつけられないだろうけどなぁ!」

 それは、先ほどのやり取りでわかったこと。
 いかに、怪人を一撃で倒せるレッドの蹴りと言えど、実体のない相手にはなんの効果もない。

 ミズキングは、これまでのレッドの戦闘スタイルを調べている。
 レッドは、肉弾戦を主に……というか、肉弾戦しかない。他のヒーローは、武器や特殊能力を使うこともあるが、レッドは殴る蹴るだけだ。

 圧倒的な力は、格下の怪人どもには圧倒的な破壊力だっただろう。
 だが、その打撃も、通らなければ意味がない。

「本当は、この場所でもっと力を高めてから、あっちの巨大プールでパワーアップして、人間どもを溺死させるつもりだったが!
 まずはお前が贄になりなぁ、レッドぉお!」

 圧倒的に、相性の悪い相手。怪人出現の報せを受け、他のヒーローも出撃しているだろう。
 彼らが到着するまで、レッド一人でこの場を、持たせられるか。

 いや、きっとそんな暇すらなく、レッドは……

「実体のない俺様! そしてすべての生物は、水にゃ敵わねえ! どんな人間も、少量の水がありゃ、死んじまうからなぁ!」

「……」

「ぐへへへへぇ! さっきからだんまりだなレッドぉおお!」

 高らかに笑う怪人を前に、レッドはなにを言うこともない。ただ黙った、うつむくのみ。
 さすがのレッドと言えど、この状況に恐怖したのだろう。それを理解し、ミズキングはにやにやと笑う。

 ミズキングの本体は、水柱の中にはない。このプールに張られた水、全てと言える。
 レッドは賢い。わかっているのだ。この状況で、自分にはなにもできないこと……だからミズキングは笑いが止まらない。

「お前を殺した後は、その覆面を剥いで、中身を衆目の下にさらしてやるよ!」

「…………んで」

「あぁ!? 聞こえねぇよぉ!
 命乞いならもっと、大きな声でやれ!!」

 ついに、複数の水柱がレッドへと、迫る。その数、実に十三。
 それは水だが、ミズキングにかかれば鉄の硬度にまで硬さを変える。

 触手のようにしてレッドを捕らえ、生きたまま人々の前で覆面を剥ぐか。
 全身を串刺しにして、死体をさらして人々の恐怖を煽るか。
 あぁ、どちらを選ぶか悩ましい。

「あっけない最期だなおい!」

「……な、んで……」

「あばよレッドぉおおおお!!!」

「なんで……なんで、私より先に変な女がお姫様抱っこされるのよぉおおおおおおおおおおお!!!!」

 ……瞬間……十を超える水柱は、どっぱぁん……と激しい音を立てて、破裂した。

「…………え?」

 今、なにが起きたのだろう。なぜ、攻撃が届く前に、攻撃が破裂しているのだろう。
 というか、レッドは一歩も動いてないのに……

「! レッド、どこ行きやがった!」

 気づけば、レッドの姿はそこにはなかった。
 右も、左も。レッドの姿は見当たらない。

 地上ではないと、するなら……

「上か!」

 意識を空へ。そこには、太陽を背景に、飛び上がっているレッドがいた。
 逆光に、思わず目を細めるミズキング。実体がなくとも、視覚という概念はある。目という概念だ。

「ぐへへへ、なにをする気……」

「お前のせいか」

「……はい?」

「お前のせいだな」

 その瞬間、ミズキングは、かつてない恐怖を味わった。
 覆面をしているレッドの、その顔は……まさしく、修羅だった。

 レッドの心中はいかほどなものか……それほどまでに、俺様はあいつを怒らせたのか。
 初めて感じる、恐怖という感情。

 その、レッドの心中とは……

(こいつが現れなきゃ、尊があの女を、お姫様抱っこすることもなかったのにぃいいいい!!)

 百パーセント自分のことであった。
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