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第一章 秘密のヒーロー活動

第1話 彼女にはとある、秘密がある

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「おはよー、愛ちゃん」

「おはようございまーす」

 晴れやかな青空、小鳥のさえずり、賑やかな通学路……いつもの、日常。
 通学路を歩くと、近所のおばちゃんから声をかけられる。小さい頃から構ってくれる、優しいおばちゃんだ。

 微笑ましく繰り広げられるいつもの光景に、彼女はそっと手を振って応えた。
 その際、笑顔を浮かべるのも忘れない。

 彼女の名前は、柊 愛ひいらぎ あい
 今年で十七歳となった、花の女子高生だ。

 制服に身を包み、鼻唄を歌いながら歩いて行く彼女の姿は、どこから見ても、ごく普通の女子高生だ。

 ……そんな彼女には、とある秘密がある。

「よぉ、愛」

「ひゃ!
 ……もう、尊ー……!」

 陽気な様子で歩いていると、ぽん、と愛の頭が叩かれた。優しく、タッチするような手つき。
 それでも咄嗟のことに、愛は思わず変な声を出してしまった。叩いてきたのが誰であるか、愛にはすでにわかっている。

 振り返ると、そこには顔なじみの顔があった。
 いや……顔なじみどころではない。

「ははは、相変わらずいい反応するなー、愛お前」

 ケラケラと笑うこの男は、神成 尊かみなり たける
 愛の幼馴染の、男の子だ。

 同級生の男子よりも背が高いので、ただでさえ小柄な愛は、彼を見上げる形になる。
 幼馴染ではあるが、そうでなくても彼はフランクな性格なので、わりと誰にでもこんな感じだ。

 こうやって、ちょくちょく愛のことをからかってくるのは、もはや日課だ。
 見るからにチャランポンで、特出して良い点もない。
 顔も頭も、普通の男。

「……ったく」

 背が高く運動神経がそこそこなだけで、頭がいいわけでもない。
 そんな男に、いつからだったか愛は、好意を寄せているわけだが。

「もう、いい加減、いきなりやるのやめてよ。
 ていうか、髪いじらないで」

「っても、隙だらけのお前が悪い。それに、お前の髪手触り良いんだもん」

「……」

 愛の頭は、尊にとって手が置きやすい位置にある。
 だから、頭を撫でやすいということだろうか。ちびと言われている気がして、いい気はしない。同時に、悪い気もしていない。

 だって正直、頭を撫でられるのは嫌じゃないのだ。それに、髪を触られるのも……
 だが……これが、幼馴染であるからこその距離感なのか、他の女の子にもやるのか、わからない。
 今のところ、他の女の子にやっている姿は見ていないが。いくらフランクでも、そこらの女の子の髪を撫でる姿は見たくはない。

 ただ、幼馴染だからだとしても……女の子の髪を、そんな安々撫でるなどと。変に勘ぐってしまっても、仕方がない。
 ……それとも、まさか女と思われていないのだろうか。

「最近は、成長してきてるんだけどなぁ」

「ん、なんか言ったか」

「なにも」

 尊は、ようやく手を離した。

「そんなに嫌なら、気配でも察知して、避けるんだな」

「そんなの……」

 いつもの、尊の軽口。
 気配を読むだなんて、そんなの"殺気"が乗っていれば一発でわかる。

 ……言わなくてもいいことを言いそうになり、愛は咄嗟に口を閉じた。

 猛は不思議そうな顔をしているが、セーフだろう。
 危ない危ない。

「な、なんでもないわ」

「? そうか」

 この手の感触は、心地よく、そしてあたたかい。だから避けないというのは、尊にはわかっていないのだろう。
 もしもこれが、自分の頭を潰そうと伸ばされた手であったならば、即座に反応できたに違いない。

 それから、くしゃくしゃになってしまった茶髪をいじる。このときのために、手鏡を常備している。くしもだ。
 髪が長いため、くしゃくしゃになったら元に戻すのに時間がかかるのだが……

「もう、せっかくセットしたのに」

「いいじゃんか、お前の髪サラサラだし、気にすることないだろ」

「なっ……」

「サラサラなら、手でちょちょいと押さえつければ、戻んだろ」

「……うん、そうね」

 本当にこの男は、そんなことお構いなしで……それでいて、さらっとこちらをドキドキさせるようなことを言ってくる。
 それが、実際は褒めようなどという意味ではないことも、わかっているのに……また変に、ドキドキさせられる。

 ……この髪を褒められるのは、嫌いではない。
 まあ今のが褒められたのかどうか、微妙なところだが。

 この髪は気に入っている。昔、尊にこの髪が好きだと言われ、以来伸ばしているのだから。
 そんな昔のこと、尊が覚えているかは、わからないが。

「お二人さん、毎度毎度仲が良いな」

「もう、やめてよ」

 登校中ともなれば、クラスメイトにも会う。
 その度、からかわれるのもいつもの日常だ。校門までの時間も、あっという間だ。

 ただ、愛はこの時間が嫌いではない。
 むしろ、ずっとこの時間が続けばいいと思っている。

 ただ、そう思う度に……胸が痛む。
 このあたたかな時間を提供してくれている尊にも、秘密にしていることがあるからだ。

 決して、バレてはいけない秘密。
 それは……


 ブィイイイイ……!


 スカートのポケットの中で、スマホが震える。
 取り出したスマホの、その画面を見て……愛は、ため息を漏らした。

 今日もまた、"出た"ということだ。いつものこととはいえ、ため息が漏れてしまうのは仕方がないと、勘弁してもらいたい。

「そういや愛って、スマホ二台持ってんのな。芸能人かっての」

「ごめん、私ちょっと用事思い出した!」

 スマホをポケットにしまい、愛は今来た道を、逆走する。
 当然、並んで歩いていた尊は、突然の出来事に頭が追い付かない。いつもの軽口に、反応もないのだ。

「は? いやだってもうすぐ学校……」

「一時限目までには戻るからー!」

「おーい!?」

 後ろから尊の声が聞こえてくるが、愛は構わず走る。
 本当ならば、その声に応えてやりたいのだが……

 残念ながら、そうもいかないのだ。
 なぜなら、この"報せ"は一刻を争うのだから。

 …………柊 愛。彼女には、とある秘密がある。
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