上 下
657 / 741
第九章 対立編

645話 本当のこと

しおりを挟む


 レーレさんに、真実を隠しておくことはできない。
 弟を殺され、その犯人とは別の人物が犯人だと思い込み、私にお礼を言おうとしているこの状況。

 それを、勘違いさせたままでいさせるわけにはいかない。
 だから私は、これまでの"魔死事件"の犯人について、話した。

「ダーク……エルフ……」

 その言葉をレーレさんは、噛みしめるようにうなずいて復唱した。
 これまで犯人だと思っていたのが、まったく別の人物だった。それはどんな気持ちだろう。

 おまけに……

「本当にいたんだな、ダークエルフなんて」

 ダークエルフという存在自体、普通は信じられていない。
 私は身近にダークエルフがいるから麻痺してるけど、普通はダークエルフなんて聞いたことがある程度で、見たことがない人が大半だ。

 魔導学園にウーラスト先生が来るまでは、エルフさえもこの国にはいなかったんだ。
 それだけ、人々にとってエルフ族は遠い存在だ。

 ……遠い存在だと思っていた人物が、弟を殺した犯人だったのだ。

「ごめんなさい」

「ん、どうしてキミが謝るんだ」

「どうしてって……」

 怒っているだろうか、それとも悲しんでいるだろうか。
 レーレさんの気持ちはわからない。わからないけど、私は謝った。だって、ずっと知って黙ってたんだから。

「知っていて黙っていたことを、か? 確かに、驚きはしたが……黙っていたのにも、理由があるんだろう?」

「それは……」

「少なくとも、私を騙してやろうとか、そんな気持ちはない。でなければ、今この場で打ち明けてはいないだろう」

 うつむく私の頭が、ふと重くなる。
 レーレさんが、手を置いていたのだ。

「キミは、この事実をずっと自分の内に秘めていたのか?」

「……一応、王様とかにも言った、かな」

「……思ったより大物の名前が出たな。
 であれば、事実を明かさなかったのは国王の判断だろう。キミに非はない。そもそも、犯人を知っていてそれを私に事前に話してくれていたとしても、私にはどうにもできなかった」

 私の頭を優しく、撫でるような手つきで……レーレさんは優しい言葉をかけてくれる。
 私が真実をレーレさんに話していたとして、なにもできなかったのはそうだろう。

 私だって居場所の掴めないダークエルフ。むしろ犯人がダークエルフだと知った分、居場所がわからずもやもやしてしまうんじゃないだろうか。

「別にこの事実を知ったところで、キミに対して怒ったりはしない。キミは憲兵でもないのだし、犯人を知っていたからと言って捕まえなかったのを責められるいわれはないだろう」

 ……この人は、本当に立派な生き方をしているな。
 見た目の佇まいや、喋り方から武士みたいな人だって思ったけど……本当に、清い精神を持っている。

「しかし、ダークエルフか……なぜ、それが犯人だと?」

「えぇと……説明しにくいんですけど、本人から言われたというか」

「本人から?」

 人間を憎んでいるそのダークエルフは、私の前に姿を現し、自分が事件を起こしていることを話した。
 でも、魔導学園内で起こった"魔死事件"を最後に、彼はなにも行動を起こしていない。

 だから、その後ダンジョン内で起こった事件と、私の部屋で起こった事件は、別人……レジーのものだ。

「なんにせよ、もし見つけたら……生まれてきたことを後悔させてやる」

「!」

 さっきまで、私に優しく接してくれていたレーレさん。けれど今は、違う。
 冷たい雰囲気……鋭い目は、それだけで人を殺せるんじゃないかと思えるほど。

 弟を殺された怒りは、消えるはずもない。ルランがルリーちゃんのお兄ちゃんだと知られたら、いったいどうなってしまうのだろう。

「しかし、そうか。キミが捕まえた犯人は、別人だったか。
 せっかくの機会に、お礼を言いたいと思っていたんだがな」

「い、いいですよそんなお礼なんて」

 もし本当にレジーがすべての犯人だったとして、レーレさんの弟の仇だったとしても、私はお礼を言われたいためにやったことじゃない。
 ただ、許せないと思って、だから戦って……

 それに、正直な話……レジーがすべての犯人だったとしても、私が彼女に一番怒りを覚えたのは、やっぱりノマちゃんのことだろう。
 殺された他の人よりも、殺されそうになったノマちゃんへの思いのほうが、私にとっては……

「さ、辛気臭い話は終わりにしよう。まあ、私から持ちかけておいて変な話だが」

 パン、と手を叩く音が響く。
 場の雰囲気を変えるように、レーレさんの明るい声が響いた。

 本当は、もっと聞きたいことや考えたいこともあるだろうに……
 もしかして私に、変な気を遣わせまいとしているのかな。

「しかし、こうして後輩と二人きりというのも、なんだか新鮮だな」

「そうなん……いや、それもそうか」

 学年の違う相手と、同じ部屋で一夜を過ごすというのもなかなかないだろう。
 剣の稽古をしているキルスちゃんなら、そういうことがあっても不思議はないけど。

 そうだ、せっかく学園の先輩と一緒にいるんだ。いろいろと、学園の話を聞いてみようかな。
 生徒会でもそういう機会はあったけど、なんかいろいろ事件とか忙しくてピリピリしてる感じが長かったかならなぁ。

 これまでは、同じクラスやそうでないクラスの友達と過ごすことも多かったけど、そこからじゃ見えないものもあるだろうし。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆

八神 凪
ファンタジー
   日野 玖虎(ひの ひさとら)は長距離トラック運転手で生計を立てる26歳。    そんな彼の学生時代は荒れており、父の居ない家庭でテンプレのように母親に苦労ばかりかけていたことがあった。  しかし母親が心労と働きづめで倒れてからは真面目になり、高校に通いながらバイトをして家計を助けると誓う。  高校を卒業後は母に償いをするため、自分に出来ることと言えば族時代にならした運転くらいだと長距離トラック運転手として仕事に励む。    確実かつ時間通りに荷物を届け、ミスをしない奇跡の配達員として異名を馳せるようになり、かつての荒れていた玖虎はもうどこにも居なかった。  だがある日、彼が夜の町を走っていると若者が飛び出してきたのだ。  まずいと思いブレーキを踏むが間に合わず、トラックは若者を跳ね飛ばす。  ――はずだったが、気づけば見知らぬ森に囲まれた場所に、居た。  先ほどまで住宅街を走っていたはずなのにと困惑する中、備え付けのカーナビが光り出して画面にはとてつもない美人が映し出される。    そして女性は信じられないことを口にする。  ここはあなたの居た世界ではない、と――  かくして、異世界への扉を叩く羽目になった玖虎は気を取り直して異世界で生きていくことを決意。  そして今日も彼はトラックのアクセルを踏むのだった。

異世界でチート能力貰えるそうなので、のんびり牧場生活(+α)でも楽しみます

ユーリ
ファンタジー
仕事帰り。毎日のように続く多忙ぶりにフラフラしていたら突然訪れる衝撃。 何が起こったのか分からないうちに意識を失くし、聞き覚えのない声に起こされた。 生命を司るという女神に、自分が死んだことを聞かされ、別の世界での過ごし方を聞かれ、それに答える そして気がつけば、広大な牧場を経営していた ※不定期更新。1話ずつ完成したら更新して行きます。 7/5誤字脱字確認中。気づいた箇所あればお知らせください。 5/11 お気に入り登録100人!ありがとうございます! 8/1 お気に入り登録200人!ありがとうございます!

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

あいつに無理矢理連れてこられた異世界生活

mio
ファンタジー
 なんやかんや、無理矢理あいつに異世界へと連れていかれました。  こうなったら仕方ない。とにかく、平和に楽しく暮らしていこう。  なぜ、少女は異世界へと連れてこられたのか。  自分の中に眠る力とは何なのか。  その答えを知った時少女は、ある決断をする。 長い間更新をさぼってしまってすいませんでした!

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

処理中です...