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第九章 対立編
639話 気を失ったのはキミのせい
しおりを挟む「んん?」
女子寮に戻ってきた。
するとその近くで、何人かの生徒が集まってざわざわしている。こんなところで集まって、どうしたんだろう。
気になったので近寄ってみると、生徒のうちの一人が私たちに気づく。
「あー、エラランじゃん。やっほー」
「ええと……やっほー?」
「そういえば帰ってきてたんだってねー。無事でなによりだよー」
「あ、ありがとう。ところでみんなこんなところに集まって、どうしたの?」
私に気づいて声をかけてきたのは、おかっぱ頭と眠たそうなタレ目が印象的な女の子。
確か……ノマちゃんと同じ組の、ロバン・コバンちゃんだったっけ。
トテトテと歩いてくる姿は、なんかちょっとかわいいように見える。
「いやー、あーしもさっき来たばかりなんだけどねー。とりあえず、エラランたちもこっち来てよー」
「わっ」
のほほんとした喋り方だけど、意外と積極的。私の手を取って、みんなのところへ引っ張っていく。
私も足を動かして、手を引かれたまま着いていく。後ろからはルリーちゃんとナタリアちゃんも着いてくる。
「はいはいー、ちょっとごめんよー」
言いながら、ロバンちゃんは人の輪の中を進んでいく。
人の輪を分け、それにこの場に珍しい黒髪……つまり私の存在が、自然とみんなの視線を集める。
な、なんかちょっと恥ずかしいな。
「ほら、あれだよ」
どうやらみんな、なにかを囲うように集まっていたみたいだ。
私たちはみんなの中心にまで行き、顔を出し、それを見る。
みんながなにかを囲うように立っている……そのなにかのある一定の距離には、誰も近づいていない。
そのなにかを見守るように、あるいは近づいていいのかわからないといった困惑があるかのように、それを見ていた。
そして……そこに、倒れ込んでいる影があった。
「……モンスター……?」
それは、形のあるものだった。それは、毛玉のようなまん丸としたもので……動いていた。
それは、生き物だった。それは、身体中に傷があった。
丸い毛玉には小さな手足があり、首があり、顔があった。
黒い毛並みの上からでもわかるほどの傷が身体中に刻まれていて、それはただ転んだだけとは言い難いものだった。
「……いや、違う」
それが生き物である以上、それはモンスターだ。
だけど……違う。感覚が、違う。モンスターに感じるものと、毛玉から感じるものは違った。
呼吸をしている、だから生きている。生きているなら、傷ついているモンスターは助けるべきだ。
ここにいるのはみんな、心優しい子たちばかり。たとえ学園の敷地内でも、傷ついているモンスターがいれば放ってはおかないだろう。
……これだけの人数がいて、そうできない理由が、あった。
「あの、魔力……もしかして……魔物、ですか?」
私の隣から顔を出し、毛玉を見たルリーちゃんが言った。
あぁ、ルリーちゃんが言うならやっぱり、間違いないんだ。エルフ族の"魔眼"は、対象の魔力を見ることができる。
人には人の、エルフにはエルフの……魔物には魔物の、魔力が。
それに、そもそもモンスターに魔力はないのだ。ひと目見てそれに魔力があるとわかった以上、それはモンスター以外のなにかだ。
「……驚いたな。魔物がどうして、こんなところに……
なるほど、だからみんな、対応を決めかねているのか」
同じく魔物を見たナタリアちゃんが、納得がいったというようにうなずく。
そこに倒れているのが魔物である以上、それを治療するべきかどうか。このまま放置するのも、それはそれで、という気持ちだ。
第一、少し前に魔導大会で魔物に大変な目に遭わされたばかりだ。
それを思えば、みんなで寄ってたかって魔物をいじめていないあたり、理性的だと思う。
「先ほど、先生を呼びに行ったのですが……」
「この様子だと、まだ来てないみたいだね」
生徒だけで対応がわからないなら、先生に頼るべき。それは正しいのだろう。
私たちは、先生が来る前にここに着いたわけだ。
こんなことになるとわかってたら、ウーラスト先生と別れるんじゃなかったな。報告があるから仕方ないとはいえ。
まあ、報告がなかったとして、男の先生が女子寮に着いてくるってのも変な話なんだけどさ。
「きゅう……」
……魔物、苦しそうだ。身体中傷だらけだし、息も荒いように見える。
両手で抱えられるくらいの、毛玉魔物……それが魔物だとわかる理由は、感じる魔力以外にもある。
額から生えた、角だ。黒い毛並みとは対照的な白い角が生えている。
赤いつぶらな瞳からは、涙が流れているようにも見えた。
あんな小さく、弱々しい魔物が害を加えるとは、思えない。
「ちょ、え、エランさん!?」
気づけば私は、魔物に向かって足を進めていた。
「エランくん、それは魔物だよ?」
「わかってる。でも、なんでか放っておけないんだよね」
あれは魔物だとか、なんで魔物がこんなところにいるんだとか、いろいろ疑問はある。
でも、傷ついている子をこのままにしておくなんて、私にはできない。
「放っておけないって……」
「だ、大丈夫なの?」
私の行動に、周りもざわつき始める。それはそうだろう。
これから魔物を治療しようというのだ。回復した瞬間、襲いかかってくる可能性はある。
ある、けど……
「大丈夫」
私は足を止めて、振り向いた。
不安そうなみんなを安心させるために、にっこりと笑って。
「いざとなったら、クロガネに守ってもらうから。ねぇクロガネ」
『任せろ』
少しだけ魔力を解放して、みんなを安心させる。
安心させるはずだったのに、なぜかみんな引きつった表情になっていた。
あとなんでか魔物は気を失っていた。傷を放置しすぎたのだろうか。
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