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第九章 対立編

636話 貴重な体験

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「はぁ、ふぅ……す、すみません、落ち着きました」

「本当に?」

 涙を拭うルリーちゃんは、その目を真っ赤に腫らしてもう大丈夫だと言う。
 その言葉とは裏腹に、ハンカチを未だ濡らしまくっているんだけど……大丈夫だろうか。

「それで……クレアちゃん的には、どうなのかな」

「なにが」

「その……ルリーちゃんはこの国から出て行った方がいいと思う?」

「……」

 聞きにくいことではあったけど、このまま聞かないわけにもいかない。
 そのため、覚悟して聞いたんだけど……

 なぜだかクレアちゃんから、じぃっと見られてしまう。
 な、なんだようその目は。まるで『なに言ってんだこいつ』みたいな目じゃないか。

「なに言ってるのよあんたは」

 実際に言われてしまった。

「別に……いいわよ、それはもう」

 ぷいっと顔をそらして、そのことはもういいとクレアちゃんは言う。
 そのほっぺが若干赤い気がするのは、気のせいだろうか。

 ともかく、クレアちゃんがもういいと言っているのだから……これ以上突っ込むのは、やめておいたほうがいいかな。

「……この子がダークエルフだと、あの場では私以外にはバレていないとは思う。でも、もしバレたら……どうなるかは、身に染みてわかったんじゃない?」

「それは……そうだね」

 魔導大会の、あの場所で。ルリーちゃんがダークエルフであるとバレてしまった相手は、恐らくクレアちゃんだけ。
 ルリーちゃんは会場に立っていたとはいえ、周りは魔物の発生で他に気を向ける状況じゃなかったはずだ。

 なので、あの場でバレたのはクレアちゃんだけ。まだ、このまま隠し通せる。
 でも、もしも他の人にバレたら、どうなるか……それは、身をもって思い知った。

 あんなに仲の良かったクレアちゃんとさえ、あんなにこじれてしまったのだから。

「ま、私の場合は勝手に体をいじられたのもあるけどね」

「う……」

 クレアちゃんの場合、一度死んだ身で生き返った。闇の魔術で。
 そのことがまた、事態をややこしくしてしまったわけで。

 ただ……自分からその話を持ち出したわりには、どこか落ち着いて見える。
 やっぱり、さっきのやり取りで少しは心の整理が、ついたのだろうか。

「そういえば……この体になったせいか、妙にあんたの気配を感じるんだけど、これってそういうもんなの?」

 ふと、クレアちゃんがルリーちゃんに問い掛ける。
 妙にルリーちゃんの気配を感じる、とは……あぁ、そういえば。

 確かに決闘中、クレアちゃんがルリーちゃんの動きを先読みしているような場面があったなぁ。
 それは、こういう意味だったのか。

「そ、そうなんですか? 私にはよく、わかりませんが……」

「闇の魔術で生き返ったお主と、闇の魔術で生き返らせたお主との間で、なにか繋がりのようなものができたのかもしれんのう」

 ルリーちゃん本人もわからない中で、別の声が割り込んでくる。ジルさんのものだ。
 彼は、大まかだけど事情を把握している。

 それにしたって、やたらと確信めいたことを言うんだな。私たちにはわからない、闇の魔術のことなのに。
 ただ、どこか納得できるところもある。

 たとえば、使い魔と術者。両者の間では、契約の繋がりができている。
 術者は使い魔の場所がわかるし、視界を共有することだってできる。
 どちらも全然違うものとは言え……繋がり、というものがあるという意味では、似たところがあるのかもしれない。

「繋がりねぇ……」

「ご、ごめんなさい」

「なにも言ってないでしょうが」

 まあ、繋がりとは言っても使い魔に対するものとは違って、お互いそう言う意識はなさそうだし……多分、それほど精度も高くない。
 あくまで、ぼんやりと、だろう。

「おっとおっとっと。話はまとまったかな?」

「先生」

 そこに、タイミングを計ったかのようにウーラスト先生が戻ってくる。
 散歩に行くって言ってたけど……なんか手にたくさんの木の実持ってるんだけど。

「いやあしっかし、師匠もすごいこと考えるね。作った別空間で食物の栽培とか」

「一人だと暇だからのお」

 なんかすごい会話してる……魔導の話なら混ざりたいけど、空間がどうとか私にはまだ早すぎる気がする。

 ただ……ジルさんの存在は、私にとって頑張ろうと思えるものだった。
 私の周りのすごい人は、師匠やウーラスト先生とエルフが多い。だから、人族じゃ限界があるのかななんて思っていたんだけど……

 ジルさんは人だけど、すごい力を持っている。私も頑張れば、あれくらいになれるはずだ!

「さすがはエルフのウーラスト先生が慕うだけある……か」

「ん? オレオレのこと? なになに?」

「なんでもないです」

 私としては、ジルさんにいろいろ教わりたいなって気持ちもあるけど……
 ここに来たのはクレアちゃんとルリーちゃんの決闘、二人のいざこざをどうにかするためだ。

 それが解決できた以上、ここに長居する必要はない。それにジルさんは、この場所にいるみたいだし。
 用があれば先生に、連れてきてもらおう。

「ふぅ。じゃあみんな、そろそろ戻ろうか」

「そうだね」

 この場所では、私にとって貴重な体験をした。
 それはつらいことでもあったけど……きっといつかは、乗り越えなければならなかったことだ。
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