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第九章 対立編

633話 根拠はないけど

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 クレアちゃんの中で、どういった心境の変化があったのかはわからない。
 少なくとも決闘の前は、こうして話すどころか視界に入れるのも嫌だって感じだったのに。

 でも今は……

「話してもいい……ですか?」

「……」

「その……私、と?」

「……ん」

 ルリーちゃんの言葉に、クレアちゃんは小さくうなずいた。
 その言葉に、答えに、ルリーちゃんさえも信じられないと言った表情だ。

 でも、クレアちゃんはバツが悪そうながらも、この場から去る気はないようだ。それが、答えだとでも言っているように。

「えっと……私たち、席を外そうか?」

 それでも気まずそうな二人を前に、私はどうするべきかを考える。
 このまま二人のことを見守るか、それともこの部屋から出て二人きりにするか。

 もしも、二人だけで話をしたいというのなら、心配だけどその通りにしたほうが……

「いや……ここにいたままで、いいわ。……エランちゃん」

 クレアちゃんは、はっきりと言った。ここにいていいと。
 それは、ルリーちゃんと二人きりが気まずい……というよりは、私たちにも話を聞いていてほしい、という意味に思えた。

 ……そういえばさっきもだけど、クレアちゃんは私のこと、エランちゃんって呼んでくれたな。
 こっちに戻って来てから、まともに呼んでくれなかったのに。

「……」

 ルリーちゃんはダークエルフだと自分の正体を隠し、それを知りながら私も隠していた。
 それは、クレアちゃんにとって騙していた、と認識になってもおかしくはない。

 だから私にも、どう接していいかわからなかったし……私も、どう接していいかわからなかった。

「……あの、ごめんなさい!」

「!」

 ここにいていいとは言われたけど、二人はどんな会話をするのだろう。やっぱりこっちから振ったほうがいいのだろうか。
 そんなことを思っていると、いきなりこの場に謝罪の声が響いた。

 それは、誰のものか……確認するまでもない。
 テーブルに頭を打ち付けるほどに頭を下げている、ルリーちゃんのものだ。

「……ごめん、って、なにが」

「……クレアさんを、そんな身体にしてしまって。生ける屍リビングデッドと、そう呼ばれる存在にしてしまって」

「……」

 言いたいことは、たくさんあるだろう。説明したいこと、しなければいけないことはたくさんある。
 それでも、ルリーちゃんが最初にしたのは……謝罪だった。

 それは、きっと私にはわからない……二人だけの問題。
 死んでしまった肉体を生き返らせ、生前と同じような状態にした。でもクレアちゃんは、そのことで悩んでいた。

 果たして今の自分は、以前と同じ自分なのだろうか……と。
 それに悩み、苦しみ、部屋から出ることもできないほどに思い詰めてしまった。

「あのとき、目の前でクレアさんがこ、殺されて……私、頭が真っ白になって。とにかく、なんとかしなきゃ、って思って……」

「……その結果が、あの闇の魔術?」

「……はい」

 そう、クレアちゃんを生き返らせたのは、闇の魔術。
 死んだ人間を生き返らせる魔術なんて、私だって聞いたことがない。それが唯一可能なのが、闇の魔術。

 それを使った結果、ルリーちゃんがダークエルフだとバレてしまったわけだ。
 闇の魔術を使えるのは、ダークエルフだけだから。

「クレアさんには、生きててほしかったんです」

「……今の私、生きてるって言えるのかしらね」

「それは、もちろん……」

「眠くもならない、お腹も空かないのに?」

 クレアちゃんは言っていた……睡眠を取る必要はないし、食事も同様に。
 今まで必要だったことが、必要ではなくなったんだ。

 睡眠と食事は、人間の三大欲求に含まれているという。睡眠欲と食欲だ。
 人間にとって欠かせないもの。それを失ったということは、生きていると言えるのか。

 クレアちゃんは、それを懸念しているんだ。だから、答えを欲しがっている。
 そんなクレアちゃんに対して、ルリーちゃんは……

「それでもクレアさんは、人間です」

 まっすぐとした目で見つめ返しながら、しっかりと答えたのだ。

「……なんの、根拠があって?」

「それは…………根拠は、ないです。でも、クレアさんはクレアさんです」

 ルリーちゃんの言葉に、なんの根拠もない。それは、ルリーちゃん自身が認めている。
 それでも……クレアちゃんはクレアちゃんだと、そう言ったのだ。

 その視線に、言葉に、嘘や冗談は感じられなかった。

「そう。
 …………なら、それを信じる」

「!」

 根拠のない、ルリーちゃんの言葉を受けて、クレアちゃんはどう反応するか……それは少し怖かったけど。
 クレアちゃんは、ルリーちゃんを信じると……そう言ったのだ。

 それは、どういう心境の変化だろう。
 決闘をする前だったら、耳も貸さなかっただろうこと。でも今は、ちゃんと向き合って、受け入れてくれている。

 考えられるのは、決闘の最中になにかしら考えることがあったんだということ。
 ルリーちゃんとの決闘を通じて、魔導を、全力をぶつけ合って、思うところがあったんだろうか。

 気になるけど……それを聞き出すっていうのも、野暮な話かな。
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