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第九章 対立編

621話 ルリーの過去⑮ 【いつか、どこかで】

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「176話 ルリーの過去⑭ 【記憶】」からずいーーーぶん時間が空いたけど、その続きです!
よければ見返してみてね!


 ――――――


「……ん、ぅ……」

 今まで暗闇の中にいた気がする……眠っていたからだろうか。
 でも、徐々に意識が覚醒していく。無意識のうちに声が漏れて、私はゆっくりと目を開けた。

 なんで私、寝ていたんだっけ……それに、ここはどこだっけ。
 確か、村でみんなといつもみたいに遊んでいて……そうしたら、急に村が、いや森全体が騒がしくなって。
 魔獣が現れて、それに人間も……それから……

「……っ」

 思い……出した……
 みんな、みんな……死んじゃったんだ。殺され、たんだ。マイソンも……ラティ兄、も……

 ……そうだ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは? リーサちゃんも……アードやネルだって、まだ生きているかもしれない。
 みんな、どこに……

「ルリー……目が覚めたか」

「!」

 立ち上がろうとした私の耳に、今一番聞きたかった声が聞こえた。
 顔を上げる……そこには、お兄ちゃんがいた。

 お兄ちゃんだ……お兄ちゃん、お兄ちゃん!
 目の奥が熱くなる。涙が出てきそうだ。でも、泣いている暇なんてない。

「お兄ちゃん、あの……みんっ、みんな、た、助けないと!」

「……落ち着けルリー」

 逸る気持ちが湧き上がってくる私とは対称的に、お兄ちゃんは落ち着いているように見える。
 お兄ちゃんは、視線を私から外す。私は、その視線を追った。

 ……私たちの森が、燃えていた。

「え……」

「なんとか逃げられたが……ここはもう、おしまいだ」

 燃える森……ごうごうと激しい音を立てて、木々を燃やしている。
 燃やしているのは、草木だけじゃない……私たちの、思い出もだ。

 全部、全部なくなっていく。

「なんとか森の外までは、お前を連れて逃げ出せた。リーサのおかげでな」

「! り、リーサちゃん?」

 そうだ……私、逃げる途中に気を失ったんだ。
 その理由は……っ……

「ぅ……っ」

「ルリー! ……落ち着いて、深呼吸しろ」

 お兄ちゃんが、私の背中を撫でてくれる。
 私にとって安心できる手だ。お兄ちゃんの言ったように何度か深呼吸をする。

 少しだけ……落ち着いてきたかも。

「……ありがとう、お兄ちゃん。
 ……さっきまで、お兄ちゃんとリーサちゃんと……あの人間が、いたよね」

「あぁ」

 私たちは逃げる途中で、あの人間に会って……
 なのに、ここはあの場所ではない。それに、リーサちゃんがいない。

 ……すごく、嫌な予感がする。

「ねえ、リーサちゃんは? なんで、リーサちゃんがいないの?」

「……」

 お兄ちゃんは、なにも答えない。私を見てくれない。
 でも、それがなにを物語っているのか……わかってしまった。それに、さっき言っていた言葉。


『お前を連れて逃げ出せた。リーサのおかげでな』


 これって、つまり……

「まさか、私たちを逃がすために……リーサちゃん一人、あの場に残ったの!?」

「……そうだ」

 お兄ちゃんは、ついにうなずいた……
 そんなの、嫌だよ。ダメだよ。だってあいつらには、ラティ兄でも勝てなかったんだよ?

 まだ子供のリーサちゃんが……私たちが、勝てるはずないじゃないか。

「お、兄ちゃん?」

 私が絶望を感じていると、お兄ちゃんが立ち上がった。
 燃える森を見ながら、ゆっくりと足を進めて……私に、背を向けて。

 ……まるでどこかに、行こうとしているみたいで。

「ねえ、お兄ちゃん……?」

「ルリーが気絶したままなのに、一人にはできないからな。目を覚ましたし……俺は、戻る」

「! な、なんで!」

「リーサを一人にしておけない」

「だ、だったら私も……」

「ダメだ」

 私も、お兄ちゃんを追うために立ち上がろうとする……けれど。
 体が、動かない。なんで……どこも、怪我なんてしてないのに。


『まあ、歯向かってくるなら容赦はしないけどね。
 その場合、あんたたちもこいつみたいになるわけだけど』


 ……忘れられない恐怖が、体を支配している。またあの場所に、戻りたくはないと。
 リーサちゃんが、戦っているのに……お兄ちゃんも、行こうとしているのに……

 私の体はなんで、動いてくれないの……

「お、にい……」

「俺たちは、お前が生きててくれさえすればそれでいいんだ。それが、みんなの願いだ」

「ち、が……」

 違う、違うよ……だってお母さん、言ってたじゃん。
 二人とも生き延びてって、言ってたじゃん……!

「いや、いやだよ。ねえ、お兄ちゃんも一緒に……」

「……お前は逃げろ。どっか、遠くへ。
 俺とリーサも、必ず逃げて……いつか、どこかで会おう」

 お兄ちゃんは、足を進めていく。
 私に振り返らず……顔を、見せてはくれない。

 その背中に手を伸ばしても……届かない。

「お兄ちゃ……」

「行け! ルリー!!」

「……っ」

 これまでに聞いたことがないほど、大きな声。私の肩は震え、ゆっくり立ちあがり……お兄ちゃんに背を向けて、走り出した。
 お兄ちゃんを追いかけることも出来ないくせに、この体は動く……情けなく、みっともなく。

 私は、振り返らなかった。お兄ちゃんもきっと、振り返らなかった。
 私にもっと、力があれば……もっと勇敢だったら……違った道が、あったかもしれないのに。

 この体は、逃げ続けるだけ。それが嫌で……この臆病な、私自身が。
 私は、私のこの性格が、嫌いだ。

「はぁ、はぁ……」

 どれだけ、走っただろう。空はすっかり暗い。
 振り返っても、そこにはなにもない。誰もいない。
 近くの木に寄りかかる。息を整え、目を閉じる。

 目を閉じると……燃えていく森の光景が、蘇ってきた、

「ぅっ……う、ぇえ……!」

 お腹の奥から、込み上げてくるものを抑えることができず……私はその場に、胃の中のものをぶちまけてしまった。
 瞼の裏に、いや脳裏に刻まれた……あの火が……とても、気持ち悪かった。
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