632 / 741
第九章 対立編
620話 過剰な魔力放出
しおりを挟む「がっ……!?」
クレアの腹部に、激しい衝撃が加えられる。
まるで、思い切りぶん殴られたような感覚だ。だが、ルリーとの距離は充分だ。
これは、単に殴られたわけではない。魔法によるものだ。
空気を圧縮したもので、クレアの腹部を打ち抜いた。結果として、クレアはぶん殴られたような感覚を抱いた。
「げっ、げほ! ぅ、え……!」
注意を、ルリーが放つ魔法に向けていたため……死角からの、見えない攻撃をもろに受けてしまった。
たまらずその場に膝をつき、激しく咳き込む。
この場で吐いてしまうのだけは、なんとか耐えるけれど。
「はぁ、はっ……」
しかし、口の端からタラッとよだれが垂れる。
それを乱暴に手の甲で拭い、クレアはルリーを睨みつけた。
その、直後。
「……っ」
ゾワッとした悪寒が背筋を走る。先ほどまでルリーがいた場所に、ルリーはいない。
先ほどまで騒いでいたのに、今は不気味なほどに静かだ。
なにが起こった。なにが起ころうとしている。
そう、考える時間すらも与えてはくれない。
「がぁあ!」
「!?」
次の瞬間、まるで獣のような声が聞こえた。
とっさに体を捻ると、そこへびゅっと風が通る。
それは、ルリーが駆け抜けたためだ。体を捻っていなければ、クレアの左腕はルリーの打撃をまともに受けていただろう。
「う、うぅっ……!」
まるで獲物を狙う獣のように、鋭い目つきをルリーはクレアに向けた。
ただし、その目からは涙を流している。
その感情は、怒りなのか悲しみなのか。それともそれ以外のなにかなのか。クレアにはわからない。
わかっていることと言えば……
「……ちっ」
今のルリーは正気ではなく、全身を魔力により大幅な強化をしていることだけだ。
――――――
「る、ルリーちゃん!?」
決闘を見ていたエランは、ルリーのあまりの変わりように立ち上がった。
ここからでも見えるルリーは、どう見ても普通ではない。あんな姿、見たことがない。
彼女から溢れ出す魔力は、凄まじいものだ。
正気でないからこそ抑えが効かず、魔力を多分に使っている。
ただでさえ、すでにルリーには疲労が溜まっているのだ。その状態で、無理な過剰魔力。
あれでは、ルリー自身の魔力が尽きてしまうのは時間の問題だろう。
……いや。
「ルリーちゃんの心が、壊れちゃう……?」
エランが心配したのは、ルリーの魔力ではない。ルリーの心だ。
あんな姿は初めて見る。それが、ただ怒っているだけだというのなら、そこまで焦る必要もないだろう。
だが、魔力を過剰に使ってしまうほど正気を失い、涙を流しながら獣のように吠えている。
あれはどう見ても普通ではない。
「ねえ、あれ止めたほうがいいよ!」
だからエランは、隣にいるナタリアに、ウーラストに、ジルに語りかける。
決闘だなんだと言っている場合ではない。あの状態のルリーをあのままにしていては、危険だ。
過剰な魔力による力の放出……それにエランは、思い当たることがある。
それは、魔大陸でのこと。
魔大陸の魔力に当てられ、魔力暴走を引き起こしたルリー。
彼女を止めるためにラッへが使った技……限界魔力。聞いた話だと、自分の魔力を爆発的に上昇させる力を持つ……魔力がなくなるまで。
ゆえに、強制的に放出した魔力は短時間でなくなってしまう。
「……」
そしてその技を使用した後は、魔力がからっけつになり動けなくなる……だけのはずなのだが。
ラッへは、記憶をも失っていた。
過剰な魔力放出と記憶喪失が、結びついているわけではない。しかし……
「でも、ゼロじゃない……」
結びついているという確証があるわけではないが、逆に全くの無関係だと断定することもできないのだ。
ラッへの限界魔力と今のルリーの姿。その特徴は、とてもよく似ているように思えた。
しかし、違う点があるとすれば……ルリーは意識を、飛ばしている。
そんな状態で魔力を使い切れば、どうなるか……わからない。
「いや、それはやめたほうがえぇ」
しかし、エランの言葉に異を唱えるものがあった。
それは、これまで黙って決闘を見ていたジルの声。
結界を通じた異空間に、こんな決闘場を作るほどの魔導士。
落ち着いた様子の老人ではあるが、とんでもない人物であることは間違いない。
「どうして!」
「今の彼女は、敵も味方もない。止めに入った途端、お前さんも襲われることになるぞ」
「そんなこと……!」
正気を失ったルリーに襲われる……その可能性を考えなかったわけではない。
とはいえ、そんなことを言っている場合ではない。このまま見ていることなんて、エランにはできない。
「それに……まだ二人の決闘は終わっとらん」
「! そんなこと、言ってる場合じゃないでしょ! もしかしたら、ルリーちゃんの記憶がなくなっちゃうかもしれないんだよ!」
「記憶が?」
必死のエランの言葉に反応するのは、ナタリアだ。
ナタリアには魔大陸での出来事は軽く話したが、エランの言葉の真意を読み取れるほど理解したわけではない。
ただ、ナタリアには悪いが説明している時間が惜しい。エランはじっと、ジルを見つめた。
幼い少女の視線を受け、ジルは……
「ふむ……そうなったらなったで、それも運命なのではないか」
「は……」
運命とは、なにを言っているのだろうか。
「それに、じゃ。もしも自分が何者か忘れてしまった場合……それが彼女にとって、必ずしも悪いことかはわからんぞ。
ダークエルフというしがらみから、解放されることになるかもしれん」
「!」
ダークエルフのしがらみ……その指摘に、エランは目を見開いた。
10
お気に入りに追加
164
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢はアホ係から卒業する
依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」
婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。
そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。
いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?
何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。
エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。
彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。
*『小説家になろう』でも公開しています。
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
異世界でチート能力貰えるそうなので、のんびり牧場生活(+α)でも楽しみます
ユーリ
ファンタジー
仕事帰り。毎日のように続く多忙ぶりにフラフラしていたら突然訪れる衝撃。
何が起こったのか分からないうちに意識を失くし、聞き覚えのない声に起こされた。
生命を司るという女神に、自分が死んだことを聞かされ、別の世界での過ごし方を聞かれ、それに答える
そして気がつけば、広大な牧場を経営していた
※不定期更新。1話ずつ完成したら更新して行きます。
7/5誤字脱字確認中。気づいた箇所あればお知らせください。
5/11 お気に入り登録100人!ありがとうございます!
8/1 お気に入り登録200人!ありがとうございます!
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました
紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。
国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です
更新は1週間に1度くらいのペースになります。
何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。
自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m
不遇な死を迎えた召喚勇者、二度目の人生では魔王退治をスルーして、元の世界で気ままに生きる
六志麻あさ@10シリーズ書籍化
ファンタジー
異世界に召喚され、魔王を倒して世界を救った少年、夏瀬彼方(なつせ・かなた)。
強大な力を持つ彼方を恐れた異世界の人々は、彼を追い立てる。彼方は不遇のうちに数十年を過ごし、老人となって死のうとしていた。
死の直前、現れた女神によって、彼方は二度目の人生を与えられる。異世界で得たチートはそのままに、現実世界の高校生として人生をやり直す彼方。
再び魔王に襲われる異世界を見捨て、彼方は勇者としてのチート能力を存分に使い、快適な生活を始める──。
※小説家になろうからの転載です。なろう版の方が先行しています。
※HOTランキング最高4位まで上がりました。ありがとうございます!
あいつに無理矢理連れてこられた異世界生活
mio
ファンタジー
なんやかんや、無理矢理あいつに異世界へと連れていかれました。
こうなったら仕方ない。とにかく、平和に楽しく暮らしていこう。
なぜ、少女は異世界へと連れてこられたのか。
自分の中に眠る力とは何なのか。
その答えを知った時少女は、ある決断をする。
長い間更新をさぼってしまってすいませんでした!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる