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第九章 対立編

620話 過剰な魔力放出

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「がっ……!?」

 クレアの腹部に、激しい衝撃が加えられる。
 まるで、思い切りぶん殴られたような感覚だ。だが、ルリーとの距離は充分だ。

 これは、単に殴られたわけではない。魔法によるものだ。
 空気を圧縮したもので、クレアの腹部を打ち抜いた。結果として、クレアはぶん殴られたような感覚を抱いた。

「げっ、げほ! ぅ、え……!」

 注意を、ルリーが放つ魔法に向けていたため……死角からの、見えない攻撃をもろに受けてしまった。
 たまらずその場に膝をつき、激しく咳き込む。

 この場で吐いてしまうのだけは、なんとか耐えるけれど。

「はぁ、はっ……」

 しかし、口の端からタラッとよだれが垂れる。
 それを乱暴に手の甲で拭い、クレアはルリーを睨みつけた。

 その、直後。

「……っ」

 ゾワッとした悪寒が背筋を走る。先ほどまでルリーがいた場所に、ルリーはいない。
 先ほどまで騒いでいたのに、今は不気味なほどに静かだ。

 なにが起こった。なにが起ころうとしている。
 そう、考える時間すらも与えてはくれない。

「がぁあ!」

「!?」

 次の瞬間、まるで獣のような声が聞こえた。
 とっさに体を捻ると、そこへびゅっと風が通る。

 それは、ルリーが駆け抜けたためだ。体を捻っていなければ、クレアの左腕はルリーの打撃をまともに受けていただろう。

「う、うぅっ……!」

 まるで獲物を狙う獣のように、鋭い目つきをルリーはクレアに向けた。
 ただし、その目からは涙を流している。

 その感情は、怒りなのか悲しみなのか。それともそれ以外のなにかなのか。クレアにはわからない。
 わかっていることと言えば……

「……ちっ」

 今のルリーは正気ではなく、全身を魔力により大幅な強化をしていることだけだ。


 ――――――


「る、ルリーちゃん!?」

 決闘を見ていたエランは、ルリーのあまりの変わりように立ち上がった。
 ここからでも見えるルリーは、どう見ても普通ではない。あんな姿、見たことがない。

 彼女から溢れ出す魔力は、凄まじいものだ。
 正気でないからこそ抑えが効かず、魔力を多分に使っている。

 ただでさえ、すでにルリーには疲労が溜まっているのだ。その状態で、無理な過剰魔力。
 あれでは、ルリー自身の魔力が尽きてしまうのは時間の問題だろう。

 ……いや。

「ルリーちゃんの心が、壊れちゃう……?」

 エランが心配したのは、ルリーの魔力ではない。ルリーの心だ。
 あんな姿は初めて見る。それが、ただ怒っているだけだというのなら、そこまで焦る必要もないだろう。

 だが、魔力を過剰に使ってしまうほど正気を失い、涙を流しながら獣のように吠えている。
 あれはどう見ても普通ではない。

「ねえ、あれ止めたほうがいいよ!」

 だからエランは、隣にいるナタリアに、ウーラストに、ジルに語りかける。
 決闘だなんだと言っている場合ではない。あの状態のルリーをあのままにしていては、危険だ。

 過剰な魔力による力の放出……それにエランは、思い当たることがある。
 それは、魔大陸でのこと。

 魔大陸の魔力に当てられ、魔力暴走を引き起こしたルリー。
 彼女を止めるためにラッへが使った技……限界魔力オーバーブースト。聞いた話だと、自分の魔力を爆発的に上昇させる力を持つ……魔力がなくなるまで。
 ゆえに、強制的に放出した魔力は短時間でなくなってしまう。

「……」

 そしてその技を使用した後は、魔力がからっけつになり動けなくなる……だけのはずなのだが。
 ラッへは、記憶をも失っていた。

 過剰な魔力放出と記憶喪失が、結びついているわけではない。しかし……

「でも、ゼロじゃない……」

 結びついているという確証があるわけではないが、逆に全くの無関係だと断定することもできないのだ。

 ラッへの限界魔力と今のルリーの姿。その特徴は、とてもよく似ているように思えた。
 しかし、違う点があるとすれば……ルリーは意識を、飛ばしている。

 そんな状態で魔力を使い切れば、どうなるか……わからない。

「いや、それはやめたほうがえぇ」

 しかし、エランの言葉に異を唱えるものがあった。
 それは、これまで黙って決闘を見ていたジルの声。

 結界を通じた異空間に、こんな決闘場を作るほどの魔導士。
 落ち着いた様子の老人ではあるが、とんでもない人物であることは間違いない。

「どうして!」

「今の彼女は、敵も味方もない。止めに入った途端、お前さんも襲われることになるぞ」

「そんなこと……!」

 正気を失ったルリーに襲われる……その可能性を考えなかったわけではない。
 とはいえ、そんなことを言っている場合ではない。このまま見ていることなんて、エランにはできない。

「それに……まだ二人の決闘は終わっとらん」

「! そんなこと、言ってる場合じゃないでしょ! もしかしたら、ルリーちゃんの記憶がなくなっちゃうかもしれないんだよ!」

「記憶が?」

 必死のエランの言葉に反応するのは、ナタリアだ。
 ナタリアには魔大陸での出来事は軽く話したが、エランの言葉の真意を読み取れるほど理解したわけではない。

 ただ、ナタリアには悪いが説明している時間が惜しい。エランはじっと、ジルを見つめた。
 幼い少女の視線を受け、ジルは……

「ふむ……そうなったらなったで、それも運命なのではないか」

「は……」

 運命とは、なにを言っているのだろうか。

「それに、じゃ。もしも自分が何者か忘れてしまった場合……それが彼女にとって、必ずしも悪いことかはわからんぞ。
 ダークエルフというしがらみから、解放されることになるかもしれん」

「!」

 ダークエルフのしがらみ……その指摘に、エランは目を見開いた。
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