631 / 751
第九章 対立編
619話 トラウマ
しおりを挟む「……っ」
クレアの放った魔法……これは、自分が今までに撃った中でも一番と言ってもいい威力を誇っている。
もしもこれが、自分の努力の賜物によるものなら、素直に喜べただろう。
しかし、残念ながらそうではない。それに対し感じるこの気持ちは、怒りか悲しみか、それとも……
……いずれにせよ、今クレアの心中を襲ったのは、そういった類いの気持ちではない。
目の前で自分の魔法が消えたことによる、驚愕だ。
「な……」
たまらず声が漏れるが、それもほんの短いものだ。
困惑の混ざった声が、目の前の事象を受け入れられずにいる。
クレアの放った魔法……それが、突然に消えたのだ。
魔法で防がれたのなら、弾かれたのなら、相殺されたのなら、まだわかる。
そうではない……パッと、消えたのだ。
「あ、あぁ、あぁああ……!」
さらに、その向こう側では……ルリーが、頭を押さえて震えている。
右へ左へと足取りはおぼつかず、ふらふらしている状態だ。
いきなり叫び出し、かと思えば魔法が消えたのだ。
ルリーが魔法を使った様子はない。ならば、叫び声で魔法がかき消えたと言うのか? バカな。
「……ぁ」
そのときクレアは、一つ気付くことがあった。
ルリーの発した『声』に思い出すことがあったからだ。
あれは、そう……同じクラスのエランが、同じく同じクラスの教育実習生になったウーラスト・ジル・フィールドに、勝負を挑んだ時のこと。
勝負の際、ウーラストは見せたのだ。自分たちがまだ、知らない力を。
言霊という力を。
「確か、言葉にも魔力が宿る……とか言ってたっけ」
言葉に魔力が宿すことができれば、今までとは違ったアプローチで魔導を使うことができるようになる……ウーラストが言っていたことだ。
その効果は、実際に見ていたクレアにはよくわかる。
強力なエランの魔法を、「消えろ」と口にしただけでかき消していた。
今目の前で起きた現象は、それに似ている。
ウーラストはエルフで、ルリーはダークエルフだ。エルフ族ならば使えても不思議ではない。
ただ、叫び声は発しても言葉を発したわけではないが……
「そっちにせよ、口も閉じさせないといけないみたいね」
ギラリと、クレアはルリーを睨みつける。
今のが言霊による力にしろそうでないにしろ、このままにしておくのは危険だ。
ただ、また魔法を放っても叫ばれてかき消されては、たまったものではない。
ならば、今度は身体強化の魔法で一気にルリーに迫り、その口を塞ぐ……
「はぁ、はぁ……な、んで……」
「は?」
しかし、行動に起こそうとする直前……ルリーから、言葉が漏れた。
それは、主語のない意味の分からない言葉クレアは眉を寄せ、杖の切っ先を向かえたまま構える。
……その瞬間、ゾワッとした悪寒が、背筋を走り抜けた。
「なんで……あんな、こと……」
「ちょっと、なにを言って……」
「なんで……私の……燃や、してぇえええええ!」
「!?」
それはまるで呪詛のように、何事かをつぶやくルリーは……ついに感情を抑えきれず、己に敵意を向ける少女へと吠える。
直後、ルリーは可能な限りの魔力弾を撃ち込んでいく。
先ほどまで疲弊から消耗していたルリーがそのような行動を取ってくると思っていなかったクレアは、驚きに目を見開く。
とっさに魔力障壁を張り、攻撃を防ぐが……
「はぁ!?」
ミシミシ……とひび割れ、数秒と持たずに障壁は砕けてしまう。
攻撃を防ぐ術を壊され、ついにクレアの体に魔力弾が直撃する。
ルリー自身、エルフ族だ。体内に貯蔵している魔力は、並の人間を上回る。
それでも、二度の魔術行使の直後で、これほどの威力が出せるはずがない。
……本来の体であれば。
「っ、もしかして、力をセーブしてない……いや、できてない!?」
可能性として考えられるのは、ルリーが自分の体の消耗を気にせずに力を限界まで引き出していること。
それは実際には、正しいのだが……魔術を二度使った体で限界まで魔法を使うなどと、自殺行為にも等しい。
蓄積された疲労は、遠くないうちにルリーの体を動けなくするだろう。
いくらエルフ族であっても、ルリーがその体に耐えられるとは思えない。
結界内でも、疲労は溜まる。これがなにを意味するか、わからないはずもないだろうに……
「なんで……なんで、なんでぇええ!」
今のルリーが正気には、思えない。
クレアは魔力弾の着弾点をそらすように移動しつつ、ルリーの姿を観察する。
なんでなんでと叫びながら、涙を流して魔法を放っている。
やはり、正気ではない。なにがルリーをああしたのか。
……クレア自身気付いていないが、先ほどの炎がルリーのトラウマを刺激したことで、ルリーの中でなにかが弾けてしまったのだ。
「っ、く……う、っとうしい!」
あちこちに被弾する魔力弾は、クレアにも着弾する。
こうもめちゃくちゃに魔法を撃たれれば、対処が難しい。動き回るクレアに対して魔法を撃ってくるのだ、接近しようものなら集中砲火を浴びる。
とはいえ、このまま逃げ続けていても……
「もう、もう……私からなにも、奪わないで!!」
「っ!?」
次の瞬間……目に見えない、強烈な圧力が、クレアの横っ腹をぶん殴った。
10
お気に入りに追加
165
あなたにおすすめの小説
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
公爵令嬢はアホ係から卒業する
依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」
婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。
そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。
いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?
何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。
エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。
彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。
*『小説家になろう』でも公開しています。
ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜
望月かれん
ファンタジー
中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。
戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。
暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。
疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。
なんと、ぬいぐるみが喋っていた。
しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。
天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。
※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。
〖完結〗死にかけて前世の記憶が戻りました。側妃? 贅沢出来るなんて最高! と思っていたら、陛下が甘やかしてくるのですが?
藍川みいな
恋愛
私は死んだはずだった。
目を覚ましたら、そこは見知らぬ世界。しかも、国王陛下の側妃になっていた。
前世の記憶が戻る前は、冷遇されていたらしい。そして池に身を投げた。死にかけたことで、私は前世の記憶を思い出した。
前世では借金取りに捕まり、お金を返す為にキャバ嬢をしていた。給料は全部持っていかれ、食べ物にも困り、ガリガリに痩せ細った私は路地裏に捨てられて死んだ。そんな私が、側妃? 冷遇なんて構わない! こんな贅沢が出来るなんて幸せ過ぎるじゃない!
そう思っていたのに、いつの間にか陛下が甘やかして来るのですが?
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる