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第九章 対立編

619話 トラウマ

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「……っ」

 クレアの放った魔法……これは、自分が今までに撃った中でも一番と言ってもいい威力を誇っている。
 もしもこれが、自分の努力の賜物によるものなら、素直に喜べただろう。

 しかし、残念ながらそうではない。それに対し感じるこの気持ちは、怒りか悲しみか、それとも……
 ……いずれにせよ、今クレアの心中を襲ったのは、そういった類いの気持ちではない。

 目の前で自分の魔法が消えたことによる、驚愕だ。

「な……」

 たまらず声が漏れるが、それもほんの短いものだ。
 困惑の混ざった声が、目の前の事象を受け入れられずにいる。

 クレアの放った魔法……それが、突然に消えたのだ。
 魔法で防がれたのなら、弾かれたのなら、相殺されたのなら、まだわかる。

 そうではない……パッと、消えたのだ。

「あ、あぁ、あぁああ……!」

 さらに、その向こう側では……ルリーが、頭を押さえて震えている。
 右へ左へと足取りはおぼつかず、ふらふらしている状態だ。

 いきなり叫び出し、かと思えば魔法が消えたのだ。
 ルリーが魔法を使った様子はない。ならば、叫び声で魔法がかき消えたと言うのか? バカな。

「……ぁ」

 そのときクレアは、一つ気付くことがあった。
 ルリーの発した『声』に思い出すことがあったからだ。

 あれは、そう……同じクラスのエランが、同じく同じクラスの教育実習生になったウーラスト・ジル・フィールドに、勝負を挑んだ時のこと。
 勝負の際、ウーラストは見せたのだ。自分たちがまだ、知らない力を。

 言霊ことだまという力を。

「確か、言葉にも魔力が宿る……とか言ってたっけ」

 言葉に魔力が宿すことができれば、今までとは違ったアプローチで魔導を使うことができるようになる……ウーラストが言っていたことだ。
 その効果は、実際に見ていたクレアにはよくわかる。

 強力なエランの魔法を、「消えろ」と口にしただけでかき消していた。
 今目の前で起きた現象は、それに似ている。
 ウーラストはエルフで、ルリーはダークエルフだ。エルフ族ならば使えても不思議ではない。

 ただ、叫び声は発しても言葉を発したわけではないが……

「そっちにせよ、口も閉じさせないといけないみたいね」

 ギラリと、クレアはルリーを睨みつける。
 今のが言霊による力にしろそうでないにしろ、このままにしておくのは危険だ。

 ただ、また魔法を放っても叫ばれてかき消されては、たまったものではない。
 ならば、今度は身体強化の魔法で一気にルリーに迫り、その口を塞ぐ……

「はぁ、はぁ……な、んで……」

「は?」

 しかし、行動に起こそうとする直前……ルリーから、言葉が漏れた。
 それは、主語のない意味の分からない言葉クレアは眉を寄せ、杖の切っ先を向かえたまま構える。

 ……その瞬間、ゾワッとした悪寒が、背筋を走り抜けた。

「なんで……あんな、こと……」

「ちょっと、なにを言って……」

「なんで……私の……燃や、してぇえええええ!」

「!?」

 それはまるで呪詛のように、何事かをつぶやくルリーは……ついに感情を抑えきれず、己に敵意を向ける少女クレアへと吠える。
 直後、ルリーは可能な限りの魔力弾を撃ち込んでいく。

 先ほどまで疲弊から消耗していたルリーがそのような行動を取ってくると思っていなかったクレアは、驚きに目を見開く。
 とっさに魔力障壁を張り、攻撃を防ぐが……

「はぁ!?」

 ミシミシ……とひび割れ、数秒と持たずに障壁は砕けてしまう。
 攻撃を防ぐ術を壊され、ついにクレアの体に魔力弾が直撃する。

 ルリー自身、エルフ族だ。体内に貯蔵している魔力は、並の人間を上回る。
 それでも、二度の魔術行使の直後で、これほどの威力が出せるはずがない。

 ……本来の体であれば。

「っ、もしかして、力をセーブしてない……いや、できてない!?」

 可能性として考えられるのは、ルリーが自分の体の消耗を気にせずに力を限界まで引き出していること。
 それは実際には、正しいのだが……魔術を二度使った体で限界まで魔法を使うなどと、自殺行為にも等しい。

 蓄積された疲労は、遠くないうちにルリーの体を動けなくするだろう。
 いくらエルフ族であっても、ルリーがその体に耐えられるとは思えない。

 結界内でも、疲労は溜まる。これがなにを意味するか、わからないはずもないだろうに……

「なんで……なんで、なんでぇええ!」

 今のルリーが正気には、思えない。
 クレアは魔力弾の着弾点をそらすように移動しつつ、ルリーの姿を観察する。

 なんでなんでと叫びながら、涙を流して魔法を放っている。
 やはり、正気ではない。なにがルリーをああしたのか。

 ……クレア自身気付いていないが、先ほどの炎がルリーのトラウマを刺激したことで、ルリーの中でなにかが弾けてしまったのだ。

「っ、く……う、っとうしい!」

 あちこちに被弾する魔力弾は、クレアにも着弾する。
 こうもめちゃくちゃに魔法を撃たれれば、対処が難しい。動き回るクレアに対して魔法を撃ってくるのだ、接近しようものなら集中砲火を浴びる。

 とはいえ、このまま逃げ続けていても……

「もう、もう……私からなにも、奪わないで!!」

「っ!?」

 次の瞬間……目に見えない、強烈な圧力が、クレアの横っ腹をぶん殴った。
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