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第九章 対立編
617話 完膚なきまでに
しおりを挟む「はぁ、はぁ……」
杖を構えるルリーの肩は、激しく上下していた。
その理由は、本人が一番わかっている。そして、それはエランたちが分析した内容そのままであった。
数々の魔導攻防のやり取り、蓄積するダメージ……なにより、二度の魔術使用による精神的疲弊。
こんな短期間に二度も魔術を使うのは、ルリーの人生……エルフ生の中でもあまりないことだ。
まして、このような決闘の場で。
違う。なにもかもが。これまで何度と、クラスメイト等学友と手合わせをしてきた。
そのどれとも、違う……この『決闘』は。
考えなければならないことも。それに体を必死に動かしていくことも。集中力も。
これまで、味わったことのない経験だ。
「見るからにお疲れみたいね。でも、私が手を抜くと思わないでよ」
「!」
一方、ルリーの"魔眼"を通して見えるクレアの魔力量には、全く……とは言いすぎだが、あまり変化が見られない。
あれだけの攻防をしておきながら、見てわかるほどに魔力が減っていない。
クレアの魔力量は、膨大になった。だが、それだけではない。
おそらく、その回復量も早くなっているのだ。
「ほらほら、構えてるだけじゃ私は倒せないわよ? 待っててあげるから、魔法なり魔術なり唱えなさいよ」
「……っ」
クレアには、ルリーの持つ"魔眼"のようなものはない……だが、わかるのだ。
今のルリーは疲弊し、魔術はおろか魔法を放つことも難しくなってきているということを。
魔術による精神の疲労は、魔法にも影響する。
それは魔力量の問題、ではない。魔術と魔法では、使用する魔力が違うからだ。
では、なにが影響するのか。
簡単な話だ……魔術を使い精神が疲弊すれば、魔法を放つためのイメージを練ることができなくなる。
集中力を欠いた頭で、自分の思い描いた魔法を撃つことができるのか。
「なめないで、ください!」
だが、そこはエルフ族……いや、ルリーだ。
かつて故郷を失い、仲間を失い、家族を失い……心身ともに疲弊した状態で、長い間を過ごしてきた。
あのときの気持ちは、今でも忘れられない。
悲しくて、つらくて、挫けそうになった。
あの経験を思えば……魔術を使ったことで疲弊した程度、なんてことはない!
「! ちっ」
放たれる光線が、クレアを狙う。
光の光線……ビームをイメージしたルリーは、極太のそれをクレアへと放った。まだ魔法を放つ力が残っていたことに、クレアは苛立つ。
魔力障壁を展開し、ビームを受け止めた。
対峙するルリーの目は……まだ、死んではいない。
「そういえば、そうだったわ……あんた、諦めが悪かったわね」
心身ともに疲弊し、しかし未だ折れないルリーの姿にクレアはつぶやく。
これまで、学園での彼女を見てきた。ダークエルフであることを隠し、過ごす彼女を。
その中で、気づいたこと……ルリーは、おどおどした性格ながら、諦めが悪いのだ。
「なら、完膚なきまでにぶっ倒してあげる……!」
クレアは凶悪に歯を見せ笑い、杖を持っているのとは逆の手を広げ、前に突き出す。
手のひらは、魔力障壁越しにビームと向き合っている。
なにをする気か……ルリーがそう考えた、直後のことだ。
今までビームを受け止めていた魔力障壁。それに異変が起こる……受け止めていたビーム、それを弾き返したのだ。
突然の光景に、ルリーは驚きを隠せない。
今まで攻撃を防いでいたものが、急に跳ね返してきたのだから。
「ちょっ、えっ……!」
とっさにルリーは攻撃の手を止め、その場から飛び退く。
自分で撃った攻撃にやられてしまうなど、そんな間抜けな話はない。
その場から飛び退いたことで、ビームは地面に衝突する……かに思われた。
「えぇっ!?」
しかし、その未来は訪れなかった。
なぜならビームは、ルリーを追うように軌道を変えて迫ってきたのだから。
元々、この魔法に追尾機能などない。
いや、あったとしてもだ。これはルリーが放った魔法で、すでにルリーの手からは離れている。
それなのに……なぜ、クレアの手の動きに合わせて、ルリーを追うように迫ってくるのだ?
「わっ、とと……!」
ルリーはたまらず、身体強化の魔法で己のスピードを上げる。
ただ攻撃を避けるだけならいざ知らず、追尾してくるものを何度も避けるとなると疲労が蓄積される。
体力的にも、精神的にも。
となると、攻撃を消滅させれば、避け続ける必要はなくなる。
魔法の出力は自分でわかっている。タイミングを計って、適切な距離で攻撃を相殺させれば……
「ボン」
次の瞬間……迫っていたビームが、ルリーの目の前で弾けるように爆発した。
タイミングを計る間もなく、目の前で爆発したのだ。それは軽めの爆発であったため、被害は少ない。
だが、目の前が爆風により視界が遮られる。今のは、クレアが意図的に爆発させたのか。
ルリーの魔法の主導権を奪ったり、彼女のタイミングで爆発させたり、わからないことだらけだ。
だが、今は目の前に集中。正面の視界を奪ったということは、クレアはそこを狙ってくるはず……
「そうすると思った?」
「! むぐっ……」
しかし、聞こえたクレアの声は背後からだ。
とっさに振り向くが、口元を手のひらで塞がれる。これでは魔術の詠唱をしようと思っても、できない。
そのままクレアは……片手のみの力で持って、ルリーの身体を地面へと叩きつけた。
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