623 / 769
第九章 対立編
611話 全力で応えろ
しおりを挟むクレアに向かって迫るルリーは、二人。分身魔法により、その数を増やしているからだ。
その身には、身体強化の魔力を纏っている。
分身魔法は、分身の数だけ個々の力も減少するというが……ルリーにそういった様子は、見られない。
「ちっ……」
集中するべき対象が、二人に増えた。たったそれだけのことと言ってしまえばそうだが、一対一の状況においてそれは大きな問題だ。
以前エランがゴルドーラに対して分身魔法を使用した時は、ゴルドーラと使い魔相手だったからそれほどのアドバンテージは発生しなかった。
視界を共有でき、そもそも自立している使い魔がいれば、相手が増えても対処は可能だ。
だがクレアには、それができない。
生者とも死者とも言えない体になった……とはいえ、この身が一つであることに変りはない。
「面倒な……!」
そうして、思考を重ねている時間ももったいない。
クレアは杖を構え、目玉を動かし二人のルリーを見る。
分身とは言っても、エラン曰く実体のある魔法だ。実際に、ゴーレムと戦っていた。
本体プラス分身という形ではある。そのため、本体を撃ち抜けば分身も消える……はずだ。
ルリーの本体を当てる可能性は、二分の一。分身と言うだけあって、ぱっと見違いは見られない。
片方を攻撃し、それが本体でなければ……攻撃の隙を突かれる。
いや、そもそも本体を当てたとしても、攻撃を防御されれば意味はない。
「だったら……」
いちいち考えるのも面倒だ。
どちらが正解かわからないなら。どちらも倒してしまえばいい。
クレアは魔力を練り上げ、自らを中心に突風を起こす。
すさまじいまでの風に、ルリーの足も止まった。
「……くっ」
なんとか吹き飛ばされないように、その場で踏ん張る。それほどの風。
観戦席にいる、エランたちにも迫る風だ。間近で受けているルリーにはどれほどの影響だろうか。
これを受け、ルリーには一つの疑念が浮かんだ。
これが本当に、ただの魔法なのか……と。
「あー、ホント腹立つ……自分の中で、魔力の貯蔵量が大きくなってるのがわかる」
「!?」
ふと、ルリーの耳元でクレアの声が聞こえた。
とっさにルリーは振り返るものの、そこにクレアの姿はない。
「けど、感謝なんてしないから。……するはずもない」
「ど、どこに……」
もはや、目も開けられないほどの突風。そんな中でも、クレアの声だけは届く。
風に、自分の声を乗せているのだ。だからまるで耳元にいるかのような錯覚に陥るし、自分の居場所も気取らせない。
そしてこれが、ただ自分の姿を隠し相手を翻弄するだけのもの……でないことも、わかっていた。
「! きゃっ」
視界の端で、なにかがカッと光る……その直後、軽めの爆発が起こった。
軽めとはいえ、近くで起きたものだ。直撃こそしなかったが、爆風を受けただけでもダメージには充分だ。
それに、一定以上のダメージは無効化してくれる結界内であっても、爆発の"熱"はそのまま体に残る。
疲労などもそうだ。結界内であっても、残るダメージは確かにある。
「あぐ!」
地面に倒れるルリーは、爆発の衝撃で吹き飛んだからだ。
ズザザ……と腕が擦れる。生々しい切り傷が、刻まれる。
「くっ……風で位置を察知できないようにしてから、爆発を……」
「ただ攻撃しても、防がれるか避けられるからね。一旦あんたの動きを封じて、二人いっぺんにどかん。
……あんたが本物みたいね」
見れば、爆煙の中から現れるように、クレアが歩いている。
分身魔法の効力は切れ、今やルリー本体一人。
エランであれば、あの爆発を受けても分身が消滅することはなかっただろう。
分身魔法を見てから、練習してできるようになっても……二人程度なら個々の力をそのままにできても……まだまだだ。
「……クレアさんと手合わせしたことは何度かありますけど、まるっきり戦法が違いますね」
「そうね。誰かさんのおかげで、この体は魔力に満ち溢れているから……もう少し、大胆でもいいかしら」
クレア自身も気付いているだろう。彼女の魔力量は、以前とは段違いに増えていることを。
さっきの突風だって、以前の彼女の魔力なら、あそこまでのものにはならなかったはずだ。
これがもし、クレア本人の努力の賜物により上昇した力であれば、彼女も手放しで喜んでいただろう。
だが、実際はそうではない。
それがまた、クレアの苛立ちを募らせていた。
「エルフってのは、魔力の扱いに長けた種族だって聞いてたけど……案外、たいしたことないのね」
「!」
「それとも、まさか私に遠慮しているわけじゃないわよね?」
一歩一歩と近づくクレアが、杖を向ける。
その足取りに、迷いはない。
その姿にルリーは、一度目を閉じる。遠慮なんかしていない、自分は全力で……
……いや、本当にそうか?
相手が魔術を使えないからと。自分もこの決闘では使わないと言った。だが、それは相手に全力で応えていることになるのか?
クレアにとってこの決闘は、そんなお行儀のいい正々堂々としたものではない。だが、ルリーにとっては……
「!」
静かにルリーは、杖の切っ先をクレアへと向ける。
絶対に勝つ。それは、自分が決めたことだ。
それで全力を尽くさないのは、失礼だ。自分にも……クレアにも。
それに……今のクレアは、全力を見せずして勝てる相手ではない。
だから……
「全てを包み込みし、漆黒の闇よ……」
ルリーの口から、魔術の詠唱が紡がれる。
10
お気に入りに追加
167
あなたにおすすめの小説
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
公爵令嬢はアホ係から卒業する
依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」
婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。
そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。
いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?
何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。
エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。
彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。
*『小説家になろう』でも公開しています。
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
出来損ない王女(5歳)が、問題児部隊の隊長に就任しました
瑠美るみ子
ファンタジー
魔法至上主義のグラスター王国にて。
レクティタは王族にも関わらず魔力が無かったため、実の父である国王から虐げられていた。
そんな中、彼女は国境の王国魔法軍第七特殊部隊の隊長に任命される。
そこは、実力はあるものの、異教徒や平民の魔法使いばかり集まった部隊で、最近巷で有名になっている集団であった。
王国魔法のみが正当な魔法と信じる国王は、国民から英雄視される第七部隊が目障りだった。そのため、褒美としてレクティタを隊長に就任させ、彼女を生贄に部隊を潰そうとした……のだが。
「隊長~勉強頑張っているか~?」
「ひひひ……差し入れのお菓子です」
「あ、クッキー!!」
「この時間にお菓子をあげると夕飯が入らなくなるからやめなさいといつも言っているでしょう! 隊長もこっそり食べない! せめて一枚だけにしないさい!」
第七部隊の面々は、国王の思惑とは反対に、レクティタと交流していきどんどん仲良くなっていく。
そして、レクティタ自身もまた、変人だが魔法使いのエリートである彼らに囲まれて、英才教育を受けていくうちに己の才能を開花していく。
ほのぼのとコメディ七割、戦闘とシリアス三割ぐらいの、第七部隊の日常物語。
*小説家になろう・カクヨム様にても掲載しています。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」
リーリエは喜んだ。
「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」
もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる