上 下
622 / 741
第九章 対立編

610話 憎むべき相手

しおりを挟む


 ルリーが放つのは、水の弾。それが次々と放たれる。
 しかも、ルリーは魔法の早撃ちが得意だ。隙を与えない連続攻撃は、クレアから徐々に余裕を奪っていく。

 身体強化の魔法を使ってなお、避けきれるとは言い難い。
 魔法障壁で防ぐ手もあるが、先ほど弱所を見切られて魔法を破られたように、魔法障壁の弱所なんてものを突かれたらたまったものではない。

「なんで今度は、逆なのよ……!」

 迫る魔法を避けながら、クレアは舌打ちをする。
 先ほどまでは、自分がルリーを追い詰めていたはずだ。なのに、今や自分がルリーに追い詰められている。

 ダークエルフに、追い詰められている。許されないことだ。

「っ、りゃあ!」

 クレアは振り向きざまに、杖を振るう。
 横薙ぎの突風が、水の弾を打ち消した。スピードがあるとはいえ、パワーはさほどないのだ。

 そのまま、突風は風の刃となってルリーへと向かう。
 見えない刃はルリーの体を巻き込み、その身を刻んでいく。腕が、脚が、頰が、刃に刻まれ血が流れる。

「うぐっ……やぁ!」

 突風の中で身動きが取れなくなりつつも、ルリーはかろうじてその場から脱出。
 横に飛び、倒れるように地面に転がる。やはり、結界内ではこの程度の傷はそのまま本人に刻まれる。

 皮膚が切れた程度だ……だが、ジクジクとした痛みが、ルリーを襲っている。

「どう? 痛いでしょ……じわじわと、なぶってやる」

 相変わらずクレアは、追撃をしてこない。ルリーに地道にダメージを与えていくつもりだ。
 ゆっくり立ち上がるルリーは、数度の深呼吸。こういうときに、慌ててはだめだ。

 痛いとは言っても、たいした痛みではない。
 この程度……クレアが受けた痛みに比べれば、なんともないはずだ。

「……クレアさんは、私が出ていったあと……どうするんですか?」

「なに? もう諦めたの? 降参のつもり?」

「いえ……
 ただ、ダークエルフである私がこの国から去ったところで、クレアさんの身体は元には戻りませんよ。そこ、どう考えてるのかなって」

「……っ!」

 ルリーの指摘に、クレアの頭にはカッと血が上っていく。
 クレアは、今の身体になったことに絶望している。だからダークエルフに、ルリーに怒りを募らせる理由は分かる。

 だが、ルリーをこの国から追い出したところで、自身の身に起こったことはなかったことにはならない。

「そんなの、少なくともあんたの顔を見なくて済むからよ」

「そうですか……」

 それは、なんの意味があるのだろう。挑発だろうか。
 クレアには、ルリーの考えていることがわからない。わかりたくもない。
 ダークエルフの、考えていることなど。

 これが挑発だとして、ならばなんともお粗末だ。
 確かに苛立ちはしたし、頭に血が上ったが、それだけだ。我を忘れたりするほどではない。

「今まで、ダークエルフと一緒に過ごしてたんだと思うと……吐き気がするわ」

「……ダークエルフが、世間から嫌われているのは知っています。でも私は、みなさんと……クレアさんと、仲良くしたい」

「夢物語ね」

 もし、ルリーが勝ったとして、クレアとちゃんと話し合いはできるのだろうか……そんな疑問さえ、浮かんでくる。
 それでも、やらなければならない。ダークエルフがみんなからどう思われていたかなんて、わかっていたはずだ。

 ダークエルフにとっても、人間は……本来、憎むべき相手なのだ。
 家族を、仲間を、故郷を奪った人間を。

 でも、みんながみんな悪人でないことを知っている。ダークエルフだと知っても、友達と言ってくれた人がいた。
 そんな人と離れたくないから……

「力付くでも、話し合いに参加してもらいます!」

 ルリーは己の魔力を練り上げ、身体強化の魔法を全身にかける。

 それを見て、クレアはわずかに反応した。全身強化など、自分でもできないのに。
 エルフ族とは、魔力の扱いに長けていると聞く。それはエルフもダークエルフも同じなのだろう。

 だから、クレアもできない魔力による全身強化を、簡単にやってのけた。

「行きます!」

 律儀に口に出してから、ルリーは一歩踏み込む。
 普段の様子を見るに、ルリーは肉弾戦は得意ではなさそうだ。だが、あえて今、身体強化の選択肢を取った。

 迫りくるルリーを前に、クレアもまた身体強化の魔法を足にかける。
 ルリーやエランのように全身には魔力を纏えなくても、足だけならば。なにをしてこようとも、避ける準備を整えておく。

 そして、クレアは腰を落とし、次なる行動を見つめ……

「分身魔法!」

「!」

 しかし、クレアの目の前の景色が変わる。
 突撃してきていたルリーの姿が、増えたのだ。一人から二人に。

 分身魔法。これも、エランが使っていたものだ。ゴルドーラとの決闘の際、ゴーレム相手に複数もの分身を作り出した。
 ルリーは、二人。分身を一人しか作れないのか、あえてなのかはわからないが。

 いずれにせよ、猛スピードで迫ってくる敵が、二人に増えたということ。

「……っ」

 業腹ながら、クレアは後ろに飛び距離を取る。
 当然ながら、ルリーはクレアを追う。距離は縮まらないが、広まりもしない。

 エランは、言っていた。分身魔法は、増やせば増やすだけ力が減るのだと。
 例えば二人であれば、本来の力の二分の一。十人であれば、本来の力の十分の一。
 増やせばそれだけ有利になる、わけではない。個々の力が減少するのだ。

 それでも……目の前のルリーの速度も、魔力も、減っているようには思えなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

異世界でチート能力貰えるそうなので、のんびり牧場生活(+α)でも楽しみます

ユーリ
ファンタジー
仕事帰り。毎日のように続く多忙ぶりにフラフラしていたら突然訪れる衝撃。 何が起こったのか分からないうちに意識を失くし、聞き覚えのない声に起こされた。 生命を司るという女神に、自分が死んだことを聞かされ、別の世界での過ごし方を聞かれ、それに答える そして気がつけば、広大な牧場を経営していた ※不定期更新。1話ずつ完成したら更新して行きます。 7/5誤字脱字確認中。気づいた箇所あればお知らせください。 5/11 お気に入り登録100人!ありがとうございます! 8/1 お気に入り登録200人!ありがとうございます!

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

あいつに無理矢理連れてこられた異世界生活

mio
ファンタジー
 なんやかんや、無理矢理あいつに異世界へと連れていかれました。  こうなったら仕方ない。とにかく、平和に楽しく暮らしていこう。  なぜ、少女は異世界へと連れてこられたのか。  自分の中に眠る力とは何なのか。  その答えを知った時少女は、ある決断をする。 長い間更新をさぼってしまってすいませんでした!

スキル「プロアクションマジリプレイ」が凄すぎて異世界で最強無敵なのにニートやってます。

昆布海胆
ファンタジー
神様が異世界ツクールってゲームで作った世界に行った達也はチートスキル「プロアクションマジリプレイ」を得た。 ありえないとんでもスキルのおかげでニート生活を満喫する。 2017.05.21 完結しました。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

処理中です...