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第九章 対立編
610話 憎むべき相手
しおりを挟むルリーが放つのは、水の弾。それが次々と放たれる。
しかも、ルリーは魔法の早撃ちが得意だ。隙を与えない連続攻撃は、クレアから徐々に余裕を奪っていく。
身体強化の魔法を使ってなお、避けきれるとは言い難い。
魔法障壁で防ぐ手もあるが、先ほど弱所を見切られて魔法を破られたように、魔法障壁の弱所なんてものを突かれたらたまったものではない。
「なんで今度は、逆なのよ……!」
迫る魔法を避けながら、クレアは舌打ちをする。
先ほどまでは、自分がルリーを追い詰めていたはずだ。なのに、今や自分がルリーに追い詰められている。
ダークエルフに、追い詰められている。許されないことだ。
「っ、りゃあ!」
クレアは振り向きざまに、杖を振るう。
横薙ぎの突風が、水の弾を打ち消した。スピードがあるとはいえ、パワーはさほどないのだ。
そのまま、突風は風の刃となってルリーへと向かう。
見えない刃はルリーの体を巻き込み、その身を刻んでいく。腕が、脚が、頰が、刃に刻まれ血が流れる。
「うぐっ……やぁ!」
突風の中で身動きが取れなくなりつつも、ルリーはかろうじてその場から脱出。
横に飛び、倒れるように地面に転がる。やはり、結界内ではこの程度の傷はそのまま本人に刻まれる。
皮膚が切れた程度だ……だが、ジクジクとした痛みが、ルリーを襲っている。
「どう? 痛いでしょ……じわじわと、なぶってやる」
相変わらずクレアは、追撃をしてこない。ルリーに地道にダメージを与えていくつもりだ。
ゆっくり立ち上がるルリーは、数度の深呼吸。こういうときに、慌ててはだめだ。
痛いとは言っても、たいした痛みではない。
この程度……クレアが受けた痛みに比べれば、なんともないはずだ。
「……クレアさんは、私が出ていったあと……どうするんですか?」
「なに? もう諦めたの? 降参のつもり?」
「いえ……
ただ、ダークエルフである私がこの国から去ったところで、クレアさんの身体は元には戻りませんよ。そこ、どう考えてるのかなって」
「……っ!」
ルリーの指摘に、クレアの頭にはカッと血が上っていく。
クレアは、今の身体になったことに絶望している。だからダークエルフに、ルリーに怒りを募らせる理由は分かる。
だが、ルリーをこの国から追い出したところで、自身の身に起こったことはなかったことにはならない。
「そんなの、少なくともあんたの顔を見なくて済むからよ」
「そうですか……」
それは、なんの意味があるのだろう。挑発だろうか。
クレアには、ルリーの考えていることがわからない。わかりたくもない。
ダークエルフの、考えていることなど。
これが挑発だとして、ならばなんともお粗末だ。
確かに苛立ちはしたし、頭に血が上ったが、それだけだ。我を忘れたりするほどではない。
「今まで、ダークエルフと一緒に過ごしてたんだと思うと……吐き気がするわ」
「……ダークエルフが、世間から嫌われているのは知っています。でも私は、みなさんと……クレアさんと、仲良くしたい」
「夢物語ね」
もし、ルリーが勝ったとして、クレアとちゃんと話し合いはできるのだろうか……そんな疑問さえ、浮かんでくる。
それでも、やらなければならない。ダークエルフがみんなからどう思われていたかなんて、わかっていたはずだ。
ダークエルフにとっても、人間は……本来、憎むべき相手なのだ。
家族を、仲間を、故郷を奪った人間を。
でも、みんながみんな悪人でないことを知っている。ダークエルフだと知っても、友達と言ってくれた人がいた。
そんな人と離れたくないから……
「力付くでも、話し合いに参加してもらいます!」
ルリーは己の魔力を練り上げ、身体強化の魔法を全身にかける。
それを見て、クレアはわずかに反応した。全身強化など、自分でもできないのに。
エルフ族とは、魔力の扱いに長けていると聞く。それはエルフもダークエルフも同じなのだろう。
だから、クレアもできない魔力による全身強化を、簡単にやってのけた。
「行きます!」
律儀に口に出してから、ルリーは一歩踏み込む。
普段の様子を見るに、ルリーは肉弾戦は得意ではなさそうだ。だが、あえて今、身体強化の選択肢を取った。
迫りくるルリーを前に、クレアもまた身体強化の魔法を足にかける。
ルリーやエランのように全身には魔力を纏えなくても、足だけならば。なにをしてこようとも、避ける準備を整えておく。
そして、クレアは腰を落とし、次なる行動を見つめ……
「分身魔法!」
「!」
しかし、クレアの目の前の景色が変わる。
突撃してきていたルリーの姿が、増えたのだ。一人から二人に。
分身魔法。これも、エランが使っていたものだ。ゴルドーラとの決闘の際、ゴーレム相手に複数もの分身を作り出した。
ルリーは、二人。分身を一人しか作れないのか、あえてなのかはわからないが。
いずれにせよ、猛スピードで迫ってくる敵が、二人に増えたということ。
「……っ」
業腹ながら、クレアは後ろに飛び距離を取る。
当然ながら、ルリーはクレアを追う。距離は縮まらないが、広まりもしない。
エランは、言っていた。分身魔法は、増やせば増やすだけ力が減るのだと。
例えば二人であれば、本来の力の二分の一。十人であれば、本来の力の十分の一。
増やせばそれだけ有利になる、わけではない。個々の力が減少するのだ。
それでも……目の前のルリーの速度も、魔力も、減っているようには思えなかった。
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