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第九章 対立編

608話 虚を突かれる行動

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 ……空中に、見えない足場を作り出しその上を移動することで、あたかも浮遊しているように見せる浮遊魔法。
 これは、エランがゴーレム相手に立ちまわっていたときにやって見せたものを、応用したものだ。

 だが、実際にやってみてわかる。それがいかに難しいことか。
 足場となる場所に、足場にしても崩れない力加減で魔力によって足場を作る。
 柔らかすぎては踏んだ瞬間に壊れるし、固すぎては軽やかな移動が出来ない。

 これを事も無げにやり遂げ、さらには魔術も併用するエランのすごさを実感する。
 もっとも、彼女の使っていた浮遊魔法はこんなものではなく、本当に飛んでいるようなものだったが。これはあくまで、見よう見まねの産物だ。

「……え」

 なんにしても、このままならクレアの魔力切れを待つことが可能だ……そう思い始めた矢先。
 ルリーの視界の端に、チカッと光るものがあった。

 とっさに、それを見る。
 それは、自分に向けられて放たれた、クレアの魔力弾。

「なんっ……う、きゃ!?」

 ルリーはすばやい動きで、魔力障壁を生成。しかし、それはあとっさのことだ。
 繊細な浮遊魔法の片手間にできることじゃない。少なくとも今のルリーには。

 結果として、魔力障壁が張られると胴に足元の魔力が疎かになる。
 すると、足場がぐらつき……その場から、落下してしまう。

「……うぐっ」

 頭から地面に落下する中で、ルリーは頭を丸めてなんとか背中から地面にぶつかる。
 こういうときエランならば、慌てることなく魔法で自分を浮かせたりできるのだろう。だが、今のルリーにそんな余裕はない。

 技術的な意味で……いや、それ以上に精神的な意味で。

「いっつつ……」

 ぶつけた背中が痛い。だが、痛がっている暇はない。
 すぐに起き上がり、クレアを見る……直後、眼前にクレアの杖の切っ先が突き付けられていた。

 クレアが、目の前にいた。

「な、なんで……」

「さあ? あんたのやることが、バレバレなんじゃない?」

 先ほどの攻撃といい、まるでルリーの行動がわかっているようだ。クレアの動きに、ルリーは驚きを隠せない。
 しかしそれは、クレアもまた同様だった。

 ルリーの移動する先が、手に取るように分かった。だからその先に、魔力弾を放ったのだ。
 結局それは避けられてしまったが、その結果としてルリーは地面に落ち、こうして杖を突きつけている。

 あとは、強めの魔力をぶち込むだけ。この距離であれば、避けられることもないだろう。
 なにをしようとも、この距離ならば処理できる。それでも警戒は怠らず、クレアは自身の魔力を練り上げて……

「てい!」

 そのときだ……想定外の事態が起こったのは。
 目の前のルリーが、動きを見せた。それはいい。回避なり防御なり、動きを見せたら対処する。

 そのはずだったが……ルリーが、いきなり突撃してきたのだ。
 魔導も使わず、体当たりのその行動にさすがに虚を突かれた。
 だが……

「!?」

 ルリーがやったのは、攻撃ではない。確かにルリーは、クレアに向かって飛びついた。
 だが、それは攻撃を目的としたものではない……

 ルリーは、クレアに抱き着いていた。

「……っ、は、離れろ!」

 それに気付いた瞬間、クレアはさっと青ざめた。
 それもそうだろう……嫌悪しているダークエルフが、自分に抱き着いているのだ。

 すぐに離れようと、クレアはもがく。
 だが、背中に回された手は離れない。胸元に押し付けられた額は、離れない。

 ぎゅっ……と。決闘のこの場には似つかわしくない動きだ。

「この……なんのつもり! 離せ!」

「離しません!」

「! なら、至近距離から魔法をぶつけるだけ……」

「そんなことをしたら、クレアさんも被害を受けますよ」

 抱き着きながら、ルリーは上目がちにクレアを見つめた。
 まさか、これが狙いだったのだろうか。抱きしめることで、遠距離からの攻撃を封じる。

 ……いや、抱き着いたままではルリーも手は出せない。
 それに、近距離からの攻撃魔法は使えなくても……

「これなら、問題ないでしょ!」

「う、ぐっ!?」

 クレアは、魔力を纏わせた拳をルリーの腹部に、打ち付けた。
 これであれば、クレアに被害が及ぶことはない。せいぜい、パンチの衝撃が多少あるだけだ。

 それでも、ルリーは離れない。ニ、三発と拳を打ちこまれても、まだ。

「あんた、正気……!?」

 しかも、ルリーは防御を取っていない。姿勢は元より、魔力を使って防御力を高めることもしていない。
 身体強化の魔法も使わず、ただ生身で攻撃を受けている。

「なにがしたいの……!」

 クレアには、その真意がわからない。抱き着いたまま、黙って攻撃を受けている。されるがままだ。
 その疑問を感じ取ったのかは定かではないが、ルリーはゆっくりとクレアを見上げる。

「やっぱり……あったかい、です」

「はぁ?」

「クレアさんは……ちゃんと、クレアさんの、まま、です」

 なにを言っているのか、クレアには理解が出来なかった。だが、それも一瞬のこと。
 それがすぐに、自分の体のことを指しているのだとわかった。

 一度死んで、生き返ったクレア。その体は、死者なのか生者なのかはっきりしない状態だ。
 腹も減らず、眠くもならない。まるで、本当に死んでしまったかのよう。

 その体を……ルリーは、あたたかいと言った。
 それを聞いて……クレアは、憎々し気に歯を食いしばった。
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