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第八章 王国帰還編

600話 必ず、勝つ

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「……明日、か」

 部屋の窓の外に広がる、暗い空。星々が輝いていて、どこか幻想的に思える。
 こんなに落ち着いて空を見上げたのは、いつぶりだろう。そう思えるくらいに、最近はバタバタしていた。

 もちろん、今が心情穏やかってわけじゃない。むしろ、一番ざわついていると言ってもいい。
 なのに……どこか、落ち着いている自分がいて、不思議だ。

「眠れないのかい?」

「! ナタリアさん」

 ベッドの上で座り、夜空を見上げていると……声をかけられた。
 その相手は、ルームメイトであるナタリアさんだ。この部屋にはもう一人泊まっているけど、今はいない。

「すみません、起こしてしまいましたか」

「気にしないで。ボクも眠れなかったところだから。
 ……明日の決闘のこと?」

 ナタリアさんは、ダークエルフである私を見ても怯えず、受け入れてくれた。同じ部屋で、もう何日も一緒に過ごした。
 幼い頃、エルフに救われたからエルフ族に対して悪感情は持っていないみたいだ。

 私はこれまで、同じダークエルフの友達しかいなかったから。
 エランさんに、ナタリアさん……私の正体を知っても友達でいてくれる二人には、感謝しかない。

 ……本当なら、ダークエルフだと知った時点で……クレアさんみたいな反応になるのが、普通なんだ。

「はい。でも、緊張して眠れない、とかではないんです。それどころか、今までで一番落ち着いてて」

「落ち着いてる?」

「へ、変ですよね。ここのところ、ざわざわってしてるのに……落ち着いてるって、感じてて。自分でも、よくわからないんですけど」

 自分の胸に手を当てて、考えを口にする。
 だけど、自分でもよくわかっていないことを口にするのは、とても難しい。

 明日私は、決闘をする。クレアさんに対して……ダークエルフのルリーとして。
 負けたら、この国を去らなきゃならない。それがわかっているのに。

 ざわざわしてる気持ちと、だけどその奥に落ち着いてる気持ちと。二つの気持ちが、混ざっているんだ。

「よくわからない、か。ま、そういうこともあるさ」

「そう、ですかね」

 ナタリアさんは、柔らかく笑う。
 エランさんとはまた違った意味で、人の懐に飛び込むのがうまい。いい人だとわかるから、こっちも気を許してしまう。

 そして、それが心地良いと感じる。

「変に緊張して、ガチガチになってしまうよりはずっといいさ」

「寝て起きたら、どうなっているかわかりませんけど」

「寝れないよりずっといいさ」

 不思議だ。こうして話していると、もっと大丈夫だって気持ちになってくる。

 でも、私がなにをどう考えていても、明日……明日には、全部決まっちゃうんだ。
 私がこの国を去るのか……そうでなければ、クレアさんとまた元の関係に戻るための話し合いか。どちらに転んでも、私にとってはまだ終わらない。

 エランさんも、ナタリアさんも、私に残って欲しいと思ってくれている。
 二人の気持ちに応えたい。それに、クレアさんとあんな形でお別れするのは嫌だ。

 だから……私は、明日……


 ――――――


「……明日、か」

 ベッドの上にうずくまり、窓の外の景色を見上げた。
 暗い夜空は、今の私の心の内を表しているよう。

 ……いや、光る星々が辺りを照らしている。私の心を照らすものはなにもないのだから、今の表現は間違いだ。

「レア、おやすみ」

「……ん」

 背中越しに、声が聞こえた。私と同い年なのに、私よりも大人びた声。
 少しだけ振り返るけど、彼女の姿は見えない。私のベッドの周りを仕切るように、カーテンを敷いているからだ。毎日仕切ってあるわけじゃ、ないけど。

 シルエット越しに彼女……サリアは挨拶をして、自分のベッドに戻る。
 その姿を確認して、私は小さくため息を漏らした。

 ルームメイトのサリアは、最初会ったときの印象は堅物そうだった。表情はあまり変わらないし、なにを考えているかわからない。
 でも……サリアは、優しかった。


『レア、食事置いておくね。ちゃんと食べないとだめだよ』


 私が部屋に引きこもるようになって、サリアは毎回食事を取ってきてくれる。
 しかも、私がこうなった理由を追求しようとしない。

 心遣いのできる、優しい子。それに、ある話題になると人が変わったように話し始める。
 グレイシア・フィールド。魔導に関わる人なら知らない人はいないくらいの有名人。
 エラン……ちゃんの、師匠だ。

 サリアは、グレイシア・フィールドの熱狂的なファンだ。
 私を元気づかせようと、いっぱい話しかけてくれた。特に、グレイシア・フィールドの話はすごかった。

 でも……私はそれに、そっけなく答えることしかできなかった。

「……ごめんね」

 自分のベッドに潜り込んだサリアに、聞こえるか聞こえないかの声量で、私は謝罪を口にした。
 私のことをあんなに気にしてくれて。ちゃんと、事情を話したい。そして、お礼と謝罪をしたい。

 でも……無理だ。同じ学校に、ダークエルフが紛れていて。しかも、そいつに私は、死人にされてしまった。
 そのせいだろう。夜眠くならないし、お腹も減らない。サリアが持ってきた食事も、喉は通るけど……全然満たされない。

 こんな身体になってしまって、どう顔を合わせたらいいんだろう。
 聞いた話だと、死人っていうのは国を滅ぼしたって伝説がある。人を殺して、奪って、蹂躙して。

 私は、そんなのと同じ存在になってしまった。
 私をこんな身体にした、あの女を許さない。ダークエルフであることを隠して、ずっと影で笑っていたんだきっと……気持ち悪い。

「……」

 あいつをこの国から追い出したところで、この身体が元に戻るわけじゃない。戻ったとして、それはつまり死ぬ……ってことかもしれない。
 どうにもならないことだ。それでも……やっぱり、ダークエルフが近くにいることが、我慢ならない。

 だから……私は、明日……


 ――――――


「「必ず、勝つ」」
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