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第八章 王国帰還編
597話 亀裂
しおりを挟む「えっと……必要ないって、どういうこと?」
ルリーちゃんとクレアちゃんの決闘をするにあたって、場所は確保できた。
あとは、日時……ルリーちゃんは、クレアちゃんが決めた日時でいいと言った。
だから、私はクレアちゃんに希望を聞きに来たんだけど……返ってきたのは、今言った通りの言葉だった。
「言葉通りの意味よ。いつ決闘をするとか、そんなのどうでもいい。
なんなら今からでも、私は全然構わないけど?」
「なっ……今から!?」
クレアちゃんの発言に、私は驚いた。まさか、今からでもいいなんて言うなんて。
それって、つまりはいつでもいいってこと……あぁ、そうか。
だからクレアちゃんは、日時指定なんて必要ないって言ったのか。
いつでもいいと、思っているから。
「いや、そういうわけにはいかないでしょ」
ただ、それを受け入れるわけにもいかない。
いつでもいいなんて、そんな投げやりみたいな。
ただでさえクレアちゃんは、今体調がどうなっているかわからないんだ。
そんな状態で、決闘をするなんて……
「なんで? そんな心配する必要、なくない?」
「それ、どういう……」
「だって、応援するのはあの女でしょう? 私が負けた方が、都合がいいんじゃない?」
その言葉に、私はなにも言えなくなってしまう。
確かに、二人の決闘は……ルリーちゃんが勝ってほしいと、思っている。
ルリーちゃんが負けたら、ルリーちゃんはこの国から去らないといけないのだから。
確かに、そうだ。言いにくいことだけど、応援するならルリーちゃんになってしまう。
でも……
「じゃあなんで、決闘なんて受け入れたの。勝つ気もないのに……」
決闘を発案したのは、私だ。でも、受け入れたのは二人。
なのに、クレアちゃんの投げやりな態度は……まるで、勝負を捨てているみたいだ。
……もしかして。クレアちゃんは、最初から勝つ気がないのか?
自分が負けて……ルリーちゃんの要求を受け入れるつもりなのだとしたら?
決闘に負けたという、建前が欲しかったのだとしたら?
クレアちゃんも、実はルリーちゃんと話したいと思っている……そんな期待が、生まれた。
それは……
「勝つ気もない? なに言ってるの?」
「え……?」
「勝つ気だよ。勝つ気しかない……勝って、あのダークエルフをこの国から追い出す! それしか、考えてないよ」
……私の期待は、すぐに打ち砕かれてしまった。
「く、クレアちゃん……?
じゃあなんで、今でもなんて……投げやりになったんじゃ、ないの?」
「……きっと、私の身体のことを考えて私に聞いてくれたんでしょう。ずっと部屋にこもっている私相手だと、公平じゃないからって。
だったら、心配ご無用……単純に、体調に変化がないってだけだから」
「体調に、変化がない……?」
それは、感情の読めない……淡々とした声で、私に教えてくれた。
「この体になってから……感じないの。空腹が」
「空腹が、感じない……?」
それって……
「あれから何日も経って、サリアが食事を持ってきてくれる。でもね……お腹、空かないんだ。
食べることはできるし、味も感じる。でも……満たされたって思いが、しない。
食べなくても、問題ない体になったんだよ」
「……」
それは……予想もしていない、言葉だった。
空腹を感じない……この体になってからっていうのは、生き返ってからってことだろう。
普通ならば感じるはずの、空腹。それを、クレアちゃんは感じなくなってしまった。
だから、自分の体がおかしくなったことに……あんなに、荒れていたのかもしれない。
「それだけじゃない。この体、眠らなくてもいいみたい……ううん、眠れないの。
お腹も空かないし、眠れもしない。なのに体調が悪くなるどころか、全然問題がない」
「そ……そんなことに、なってるんだ……」
「だから別に、私のことを気遣わなくていいよ。
……というか、あのダークエルフなら私の体のこと知ってるんじゃない? それで、わざわざ確認に来るとか……性格悪いね」
ルリーちゃんが、生ける屍の体の状態を把握していたのかは、わからない。
魔術を使ったのは、クレアちゃんが初めてだと言っていた気がする。だから、知らなかったのかもしれない。
でもそんなこと、クレアちゃんには関係のないことだ。
「クレアちゃん、ルリーちゃんは……」
「あいつに伝えて。私はいつでもいいって……なんなら今からでも構わないって。
あんたをぶちのめして、この国から追い出してやるって」
「……クレアちゃん」
それは、これ以上話はしないと……そう言われているみたいだった。
私は「決まったらまた来るね」とだけ告げて、背を向ける。そして、この場を後にする。
外で待ってくれていたサリアちゃんに、簡単に事情を説明する。
近々、クレアちゃんを借りるけど心配しないで、と。
正直、こんな説明で納得してくれるとは思っていないけど……
「……ん、わかった」
そう言って、承知してくれた。深く聞かれなくて、助かった。
でも、サリアちゃんにはいつか本当のことを……そう思った。
クレアちゃんの言葉を、そのままルリーちゃんに伝える……のは、なんだか気が引ける。
でも、ルリーちゃんは言っていた。クレアちゃんがなんと言っても、ちゃんと受け止めると。
私は、二人に仲直りしてほしい。
でも……それは、敵う願いなのだろうか。そんな気持ちが、生まれてきていた。
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