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第八章 王国帰還編
572話 吸血鬼
しおりを挟む魔力の昂りを、感じる。
それは、目の前のイシャスからではない。背後で倒れているリーメイのものでもない。
視線の先に居る、シルフィ先輩のものだ。
「はっ」
「わっ」
その昂りを、同じくイシャスも感じたのか……その場から、パッと離れた。
私は、イシャスのパンチを受け止めていたのでいきなりは慣れられてバランスを崩してしまったけれど、なんとか体勢を立て直す。
それから、イシャスは先輩に向き直った。
「なんだいきなり。もしかして女が殴られて、いっちょ前にキレてんのか。かっこいいねえ」
「貴様……!」
イシャスの言うように、先輩はリーメイに危害が加えられたのを見て怒りを覚えたのは、間違いないだろう。
なんとなく、私が同じように殴られてもあんな反応にはならないんだろうな、と思ってしまう。
その先輩から感じる魔力は……どこか、異質だ。
「少し……寒い?」
気のせいだろうか、なんだかちょっと肌寒い。
腕を擦るけど、その程度じゃあったくかくはならない。
その寒気の中心にいるのは……やっぱり、先輩だ。
これは、ただ寒いんじゃない。これは……恐怖によって感じる怖気、みたいなものだ。
……先輩は、敵ではないのに。恐怖しているのか、私が?
「ぅ……」
「リーメイ、大丈夫?」
「うゥ……頭がくらくらすル……」
殴り倒されたリーメイは、あまりにひどい怪我、というわけじゃあない。
でも、すぐに動かすのは危険だ。
先輩の魔力は昂り……魔力だけじゃなく、その見た目も変化していく。
口からは牙のようなものが生え、肌は青白くなっている。元々きつめのつり目で目付きの悪かった先輩だけど……それも含めて、とても不気味な存在に見えた。
「へぇ……なんの種族だそりゃ。ただの人間じゃあねえな」
「貴様に教えるつもりはない」
ぎろり、と先輩がイシャスを睨みつける。
それにイシャスは怯んだ様子もない。あいつの余裕はどこから来るんだ。
じりじりと睨み合う二人……だけど、先に仕掛けるのはイシャスだ。
王城の一室とはいえ、王の間やレーレちゃんの部屋といった特別な部屋ではない。決して広くはない室内で、イシャスは距離を詰める。
一直線に走り……かと思えば、体をずらしてフェイントを仕掛ける。
先輩の懐に入ったところで、右のわき腹に拳を打ちこんだ。
リーメイを殴り倒し、私も受け止めるので精一杯だった拳を。
「がふっ……」
それを、先輩は……避けるでもなく、その身に受けた。
決して、避けられないほど速い一撃ではなかったはずだ。なのに、無防備にその身で受けた。
それを見て、イシャスもまた首を傾げた。
「なんだぁ、見かけ倒しか?」
あいつも、今の攻撃は避けられると思っていたんだろう。
それが、こんなあっさりと決まってしまった。だから驚きがあるんだ。
先輩はただ攻撃を受けただけなのか。それとも……
「……捕まえたぞ」
先輩はイシャスを怪しく睨み、笑う。
対するイシャスは、手を引こうとするけど……
「! な、んだこりゃ」
手が、引き抜けない。それはなぜか。
先輩に打った拳が、先輩の体の中に埋まっていたからだ。それが引っかかってしまい、引き抜けないんだ。
って、あれ……どうなってんの?
「なっ……ただの、パンチだぞ。人体を貫通する威力はねえ。なんだこの脆さ!」
「なあに、"そういう種族"というだけだ。
……先ほどのように避けられ続けてはかなわないからな」
イシャスの拳は、先輩の胴体をぶち抜いている……あまり見ていたい光景じゃない。
いくら魔力で強化したって、人の体をパンチで貫通できるはずもない。ならば、なぜか。
先輩は、そういう種族だといった。つまり、吸血鬼の特徴……ってことだ。
加えて、人体を貫かれたのにあまり痛そうにしていない。なんで、無防備にパンチを受けたのかって思ったけど。
もしかして吸血鬼って、体が脆くなる代わりに痛みにめっぽう強くなる?
だからイシャスを捕まえるために、敢えて攻撃を受けた?
「だからって……」
だから無防備で攻撃を受ける、なんていうのはあまりにも、危険じゃないだろうか。
それに、痛みに強くなるからって痛みを全く感じないわけじゃないんだろうし……
そんな私の心配をよそに、先輩は自分の腹に刺さったイシャスの腕を掴む。
「はぁ……!」
イシャスの動きを封じ、睨みつけ、口を大きく開けて……
私からでも見えるくらいに、大きく伸びた牙。気のせいか、さっきよりも長くなっている気がする。
それを……イシャスの首へと、食い込ませた。
「ぐぅ……!?」
瞬間、イシャスは顔を歪め……うめき声を上げる。
それは、……先輩が、イシャスの首から牙を食い込ませて、そこから血を吸っているかのような光景。
まるで、吸血……
いや、まるで、ではないのかもしれない。
「て……めぇ……」
当然、イシャスはもがこうとする……けど。
片腕は先輩の腹部に突き刺さったまま動かず、もう片方の手も掴まれてしまっている。
満足に動くことも、できない。
ほどなくして、もがいていたイシャスの動きがだんだんと鈍くなっていき……
ついには、眠るように気を失った。
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