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第八章 王国帰還編

528話 その再会は虚ろ

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「……っ」

 ついに、クレアちゃんと再会した……けれどその姿は、私が予想していたものとはまるで違った。
 私を見るその虚ろな目に、言葉が詰まる。

 落ち込んでいると、聞いていた。だから、再会したら敢えて明るく接しようかとも考えていた。「クレアちゃんちゃんおひさ~」とか「やっほークレアちゃん元気ぃ?」とか。
 ……これはさすがにアレだけど。

「あ、えっ……と……」

 なんとか言葉を絞り出すけど、なんて言ったらいいのかよくわからない。
 ただ、クレアちゃんがちゃんと私のことを認識してくれているのか。それが、わからない。

 なにを話せばいいのか。それすらもわからなくなっていく……

「……エ、ラン……ちゃん……?」

「!」

 頭の中が混乱していたとき。私以外の声が、聞こえた。
 この部屋の中にいるのは、私とクレアちゃんの二人だけだ。ルームメイトのサリアちゃんは、気を遣って部屋を出ていった。

 だから、今はこの部屋に私以外の声が聞こえるとしたら……それは、クレアちゃんのものだ。
 だけど、それがクレアちゃんのものだとすぐにはわからなかった。これまで聞いていた声と、違っていたから。
 掠れた声で、かろうじて聞こえるほどに小さなものだったから。

 それでも……虚ろだったクレアちゃんの瞳は、私を捉えているように、見えた。

「そう、そうだよ! エランだよ!」

「…………そっ、か」

 私を、私と認識した……だけど、それだけだ。
 ここに私がいるという驚きが、見えない。

 これまでに再会した学園の知り合い……筋肉男にヨルにサリアちゃん。程度の差こそあったけど、みんな私が戻ってきたことに驚いてはいた。
 だけど、クレアちゃんには……そういった、驚きの様子が見られない。

 別に、帰ってきた私に驚いてほしい、ってわけじゃない。わけじゃないけど……
 その反応は、あまりに普通だった。……いや、これ普通って言っていいのか?

「あの……だい、じょうぶ?」

「……うん」

 どう見ても大丈夫じゃない相手に大丈夫かと聞くマヌケな私と、どう見ても大丈夫じゃないのに大丈夫と答えるクレアちゃん。
 これは……相当、重症だ。

 力なく笑っている。これまでに見たことがないほどに。
 よく見ると、虚ろな瞳は私を見ているようで見ていない。
 ……これ、思った以上に……

(まずい……)

 サリアちゃん、改めてお礼を言うよ。クレアちゃんを一人にしてくれなくて、ありがとう。
 この状態のクレアちゃんを一人にしていたら、どうなっていたか……
 買い物に行く際も、細心の注意を払っていたに違いない。そういえば、再会したとき額に汗が滲んでいた……急いで買ってきてくれたんだ。

 今のクレアちゃんを一人にしたら、最悪……っ…………いや、想像するのはやめよう。

「はぁ、ふぅ……」

 私は、軽く呼吸を繰り返す。自分を落ち着かせるためだ。
 しっかりしろ私。私は……お前は、クレアちゃんに会いに来たんだろ!

「クレアちゃん」

「……」

「私、エラン。エラン・フィールドだよ。帰ってきたんだよ、会いに来たんだよ」

「……うん」

 漠然とした、クレアちゃんの反応。
 やっぱり、思っていた通りの反応は返ってこない。

 私は足を踏み出して、クレアちゃんへと歩み寄っていく。
 わざと足音を立てて。私はここにいるぞと、主張するように。

 クレアちゃんの目はぼんやりと、私の姿を追っていた。
 その様子を確認して……私は、クレアちゃんがくるまったままだった布団を剥ぎ取った。少し乱暴だったかもしれない。でもこのままじゃずっと、殻を被ったままのような気がした。

「……クレアちゃん」

 布団の下に隠れていたクレアちゃんの体は、きれいだった。
 この状態だと、一人でお風呂も入れるか怪しい……きっとサリアちゃんが、毎日体を吹いてあげていたんだろう。

 髪はボサボサだけど、この数日一人でクレアちゃんのお世話をしていたんだと考えると……全部完璧にってのは、キツい話だ。
 サリアちゃんのおかげできれいにはなっている……それでも、この数日で細くなった手足には驚きを隠せない。

「まだ、言ってなかったね。ただいま、クレアちゃん」

「…………うん」

 目線を合わせて、まだただいまを言っていなかったことを思い出したのでただいまを告げる。
 それでも、クレアちゃんの反応は薄い。

 ここまで反応が薄いのは、精神がすり減ってしまったからだろうか。
 そうなってしまった原因は……きっと……

「クレアちゃん、あのね……」

 私は、クレアちゃんのほっぺたに触れる……

「私と、それと……ルリーちゃんも、無事だから……」

 ……触れた肌が、冷たかった。

「! る、ルリ、ィ……ひっ、ひぃいい!」

「! クレアちゃ……」

「ひゃあああぁああっ!」

 これは、一か八かだった。なにか反応を示す言葉はないか……そういう打算も、あった。
 純粋に、友達の無事を知らせたいという気持ちもあった。

 だけど、ルリーちゃんの名前を出した瞬間……喉の奥から出てきた声が、恐怖に染まっていた。

「ぁっ……っぐぅ!」

 私は突き飛ばされ、部屋の壁に背中から打ち付けられる。
 私を突き飛ばしたクレアちゃんは、瞳孔が開き、その細腕のどこにそんな力があるんだと思いたくなるほど。

 怯えたように膝を抱え、肩を……いや体全体を震わせていた。
 それは、寒さから来る震え……ではないことは、私にだってわかる。

 いくらあんなに肌が冷たくても、こんなにも寒がるなんてことはないだろう。
 そもそも肌が冷たいのは、多分……


『一度死んでるんだ、そいつは。で、闇の魔術で蘇生した……そいつは、生者じゃない。かといって、死者でもない。
 ゆえに、生ける屍リビングデッド


 ふと、あの男の言葉が……頭の中で、再生された。
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