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第八章 王国帰還編

502話 おいしい紅茶

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「じゃあ、行くよ。……ルリーちゃん、準備はいい?」

「は、はいっ」

 私の問いかけに、ルリーちゃんは何度か深呼吸を続ける。
 それからしばらくして、こくりとうなずいた。

 一応、タリアさんならルリーちゃんの正体を知っても……と楽観的には考えられない以上。
 まだ、ルリーちゃんは認識阻害の魔導具で顔を隠しておいた方がいい。

「お、おじゃましまーす……」

 宿屋『ペチュニア』を前に、扉に手をかけてゆっくりと開いていく。
 窓の外からパッと中を見た時、店内には誰もいないようだった。

 なんとなく声を抑え、中を確認するように扉を開いていくと……

「おや、いらっしゃ。けど悪いね、今日は休みなんだ。表の看板に……
 え、エランちゃん!?」

 懐かしい声が、聞こえた。店の奥から、出てきたのは。
 私がこの国に来てから、一番お世話になったと言ってもいい大人。クレアちゃんのお母さんである、タリアさんだ。

 タリアさんは私の姿を見て、驚いたように口を開いていたけど……すぐにタタタッと駆け寄ってきて……

「無事だったんだね! 心配したんだよ!」

「わぷっ」

 有無を言わさず、その体に抱きしめられた。胸に、顔が埋まる。
 肝っ玉母さんタリアさんの包容力は、あっという間に私を包み込んでしまった。

 あぁ、あったかい……それに、懐かしいにおいだ。
 私、帰ってきたんだなぁ。

「まったく、今までどこに……おや、そっちはルリーちゃんかい!」

「え、あ……」

「あんたも、どこ行ってたのさ。心配したんだよ!」

 私の次は、ルリーちゃんがタリアさんからの抱擁を受ける。
 ぎゅ……と力強いそれは、本当に私たちを心配してくれたのだとわかる。

 それと……ルリーちゃんをルリーちゃんと認識しながらこんなに喜んで抱きしめたってことは。
 ルリーちゃんがダークエルフだと知らないか、知っていてそんなの関係なしに心配してくれたか。……後者なら、嬉しいんだけどな。

「本当に、無事でよかった……二人が消えたって聞いて、どうしようって思ったんだから……」

「タリアさん……」

 こんなにも、心配してくれるんだ……接した時間は、そこまで長いわけでもないのに。
 こんなにあたたかくなるなん……こういうの、お母さんって感じなのかな。

「た、タリアさん……苦しいです……」

「あ、あらら、ごめんなさい」

 タリアさんの胸の中で潰されていたルリーちゃんが、軽くタリアさんの腰を叩いた。
 それを受けて、タリアさんはルリーちゃんを解放した。

「ぷはっ」

「ごめんなさいねぇ、あんまり嬉しくて」

「い、いえ」

 それからタリアさんは、私とルリーちゃんを見て……後ろにいたみんなにも、視線を向けた。

「ええと……その子たちは、二人のお友達かい?」

「こっちの二人はそうです。この四人はそんなことなくて……お前は、なんだ?」

「おい」

 後ろにいたラッヘとリーメイ、黒髪黒目四人組、そしてヨル。
 ヨル以外は、認識阻害の魔導具で姿を隠している。

 こんな大人数で押し掛けたのに、タリアさんは嫌な顔一つ浮かべない。

「なんだかよくわからない関係だけど……
 とにかく、上がって。立ち話もなんだから」

「でも、今日はお休みなんじゃ……」

「あら、そんなこと言ったかしら?」

 タリアさんはウインクをして、私たちを招き入れる。
 なるほど、店内にお客さんがいなかったのは、お店がお休みだったからか。私としては、そっちの方が都合がよかった。

 店内にあるいくつかのテーブル席……そのうちの一つに、私とルリーちゃん、ラッヘ、リーメイは座る。
 隣の席にヨル。そして四人組は少し離れた席にだ。

 少しすると、タリアさんが紅茶を淹れて持ってきてくれた。

「はい。温かいわよ」

「ありがとう」

「ありがとうございます」

 それぞれお礼を告げると、タリアさんは四人組にも紅茶を持っていこうとする。

「タリアさん、そいつらにはいらないよ」

「えぇ? そういうわけにもいかないでしょう」

「いやでも……」

「エランちゃんったら、意地悪言わないの」

 そう言って、タリアさんは四人の前にもお茶を置いていく。
 『絶対服従』の魔法と魔力封じの手枷で、変なことはできないはずだけど……それでも、あいつらがタリアさんになにかしないか、注意する。

 結局、何事も起こらずタリアさんは戻ってきた。
 ……あいつらにそんなことしなくていいのに。正体を明かせないとはいえ。

「……ぷはぁ、おいしい……」

「あら、ありがとう」

 紅茶を一口。あぁ、やっぱり懐かしい味だ……それに、落ち着く。
 はぁ、のんびりするなぁ。

「ワー。すごくおいしイ!」

「びみ! びみー!」

「ふふ、嬉しいこと言ってくれるわね」

 リーメイとラッヘはすごい馴染んでるな……こういうの素直にすごいと思う。
 こうして、のんびりしているのも悪くないけど……そうも、いかないよな。

「ねえ、タリアさん。その……クレアちゃん、は?」

 ただ、話したいこと聞きたいことがありすぎて……どれから話せばいいのか、わからなくなってしまう。
 だから、一番気になっていたことを、直球で聞いてしまった。

 ピアさんの言う通りなら、学園に残っている生徒とそうでない生徒がいるはずだ。
 クレアちゃんは実家が国内にあるのだから、帰ってきている可能性がある……のだけど。

「あの子ったら、あの日以来ろくに連絡も寄こさなくなって。学園が休校になっても、帰ってきやしないし。
 いったい、どうしたのか。なにかあったのかって、思ってるのよ」

「……!」

 返ってきた言葉は、予想していないものだった。
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