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第七章 大陸横断編

441話 黒髪の悪魔

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 結局、ここに人は住んでいないみたいだ。
 人の気配もなければ、家のような建物さえもない。あるのはこの、デンチュウという建造物だけ。

 これは、どうやらエレガたちにとっては馴染みが深いものらしいけど……私たちにとっては、関係のないものだ。
 ベルザ王国に帰る手がかりさえあればよかったんだけど、それさえもないのなら、用事はない。

 そう思って、足を進めようとしたところで……

「何者じゃ!」

「ん」

 誰かの声が、聞こえた。それは、私たちの誰のものでもない声だ。
 声の聞こえた方向に、首を向けると……

 そこには、一人の老人がいた。

「えっと、誰……?」

 当然、見たことのない人だ。
 背は高くなく、横に太い感じの老人だ。白ひげを生やしていて、腕も足も太い。

 彼は、自分の背丈ほどもある木の棒……いや、魔導の杖を持ち、私たちに向けて構えている。
 そこには、明らかな敵意が見えた。

「怪しい連中め! もう一度聞くぞ、何者だ!」

 杖を握る手に、力が入る。このまま黙っていたら、魔法が飛んでくるのは目に見えている。
 なので私は両手を上げ、敵意がないことを訴える。

「えっと私たちは、怪しい者では、ないです」

「なにを戯言を! 黒髪の悪魔め!」

「? あく……なんのことを……ってルリーちゃん! 落ち着いて! 杖出さないで!」

 老人は、なぜか私のことを、黒髪の悪魔と呼んだ。
 それに対して、思い当たることはもちろん、ない。だけど、そこにルリーちゃんが動いた。

 足を一歩出し、魔導の杖を取り出そうとしていた。私はそれを、焦って止める。

「だってあの人、エランさんのこと悪魔って……」

「いやまあ、そうかもしれないけどいきなり……」

「なんと、ダークエルフもいるのか! この、災いの下め!」

「わ、私は……って、エランさん! 落ち着いてください! 杖向けないでください!」

 あのじじい、私のことはともかく、ルリーちゃんのことまで悪く言いやがった!?
 これはもう、徹底抗戦しかない!

 ルリーちゃんに羽交い絞めにされ、もがく私は、なんとかじじいに杖を向けようとして……

「こんにちは!」

「……」

 いつの間にかじじいの目の前まで移動していたラッヘが、じじいに挨拶をしているのを見た。
 思いもよらない展開に、私は少し頭が冷えるのを感じた。

 そして、じじいもまた、あっけに取られていた。

「なっ……え、エルフ? なぜ、人間やダークエルフと一緒に……」

「こんにちは!!」

「え、あぁ……こんにちは」

 記憶をなくし、子供のような性格になってしまったラッヘ。
 その事情を知るよしもないが、怒涛の挨拶ラッシュに、じじいは根負けしたように、杖を下ろした。

 それを見て、私も深く息を吐いて、落ち着く。ルリーちゃんが、私を離す。

「えっと……落ち着いてくれた?」

「そっちこそ」

「それは、じじ……おじいさんが、ルリーちゃんのことを悪く言うからじゃん」

 私は杖を仕舞いながら、じじいに近づいていく。
 ラッヘは、無邪気な性格になっている。だから、敵意もない。

 その無邪気さに当てられて、じじいの敵意も収まってくれたってわけか。

「で……お前たちは、何者じゃ」

 ただ、警戒まで解いたわけでは、ないみたいだ。
 まだ鋭い視線が、私を射抜いている。

 何者って言われても……反応に、困るよな。

「えっと、私はエラン。ここへは、ちょっと自分の住んでた国に帰るために、通っただけっていうか」

「……こんな大陸の果てにか?」

「そう言われてもな……」

 ここで、変なじじいと会話を長引かせても、得はなさそうだしなぁ……
 要点だけ話して、さっさと通してもらおう。

「ちょっと魔大陸まで飛ばされちゃって、さっきようやくこの大陸に戻ってきて、それから国へ帰ろうってしてたところだよ」

「…………わしは、いつの間にかボケてしまったのかのぉ。お前さんの言っていることが、半分も理解できん」

 だろうね。私も自分でなに言ってるのか、よくわかんないもの。
 だけど、真実だ。理解できなくても、真実だ。

「ま、私の話を信じても信じなくてもどっちでもいいけどさ。あなたに危害を加えるつもりはないし、ただここを通させてもらいたいだけだから、気にしないでよ」

「……そうか。コレに危害を加えないと言うのなら、構わない」

 ……コレ、か。コレというのは、デンチュウのことだろう。ここにはデンチュウしかないんだし。
 自分ではなく、デンチュウのことを気にするのか。

 ってことは、やっぱりこのじいさん、デンチュウのことを知っている人なのか。

「あの……さっき、エランさんのことを、黒髪の悪魔って呼んでいましたけど」

「ルリーちゃん?」

 ここから去ろうと考えていた私だけど、隣でルリーちゃんが口を開いた。
 それは、予想外だった。

「だって、エランさんのことをそんな風に言うなんて……悪気がなかったとしても、それがどういう意味か、知っておきたいんです」

 それを知りたいのは、あくまで私のため、か。
 ルリーちゃんらしいというか、なんだかありがたいな。

「すまんな、別にその娘個人を指したわけではない。だが、昔からの言い伝えがあってな」

「言い伝え?」

「あぁ。黒髪黒目の人間は、この世界に災いをもたらす……とな」

 ルリーちゃんの疑問に、じいさんは静かな口調で……答えていく。
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