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第六章 魔大陸編

【番外編Ⅱ】 魔導の訓練

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「そら!」

「わー!」

 朝食を終え、後片付けをしてからグレイシアは、エランを連れて家を出た。
 朝食のあとには、エランにせがまれて魔導の訓練をしている。訓練といっても、今のところグレイシアが魔導を使って見せる程度だが。

 魔導を使うには、家の中よりも外のほうが都合がいい。
 魔導の杖を抜き、グレイシアは井戸の底から水を浮かせる。

 球体となった水がふわふわ浮いている姿に、エランは目を輝かせる。

「すごい! すごーい! どうなってるの!」

「これが魔法……魔導の一種だよ」

 エランを拾った当初は……彼女は、ひどく警戒したようだった。
 いや、警戒と言うには少し違うかもしれない。

 目覚めて、しかしそれ以前の記憶がない。要は、空っぽだったのだ。
 自分の存在さえもわからない中で、誰を信じればいいのか、なにを信じればいいのかもわからない。

 グレイシアは、根気よく話しかけた。怖がって近づいてこないエランが、ついに自分から寄ってきたのは……決して短くない時間がかかった。
 そんな彼女が、今はこうして、師匠と呼んで慕ってくれている。

「ね、ね、わたしもやりたい! まどう!」

「うーん、エランには魔導の知識は結構飲み込んでるから、できなくもないとは思うけど」

「ほんと!?」

 人間はどうかは知らないが、エルフの場合は幼い頃から魔導に触れる機会が多い。
 そのため、ある程度年を取ると、自然と魔導を扱えるようになるものだ。

 というのも、エルフが生まれ育つのはほとんどの場合、森の中だからだ。森の中……自然の中では、他の場所よりも魔力が溢れている。

「それじゃ、今後はこれを貸してあげよう」

「ぼう?」

「魔導の杖……その簡易版ってとこかな」

 エランに、木の棒……魔導の杖を、渡す。
 ただしこれは、正式に作ったものではない。簡易的なものだ。

 魔導を使うには、一定の才能と運が必要。コツさえ掴めば、誰でも使えるものと思っていい。
 しかし、魔導を制御するとなれば話は別だ。

 普通に魔導を使えば、魔導の力は制御できずに暴発してしまう可能性がある。もちろん、魔導を極めることができれば、その限りではないが

「慣れないうちは……というか、一握りを除いてほとんどは、この魔導の杖を持っている。魔導を学び始めたエランには、必須なものだよ」

「ふーん」

 わかっているのかいないのか、曖昧な返事をしながらエランは、魔導の杖を受け取る。
 なんの変哲もない木の棒だな、と思ってしまうのも無理はないだろう。

 簡易版ではなく、本格的なものとなればまた違うのだが。
 それはまた、いずれだ。

「ただ、魔導の杖を必要としないものもある。それが、身体強化の魔法だ。
 これは、魔導を使うに当たって基礎ともいえるものだ」

「ほほぉ」

「これまで魔力についてはいろいろ教えてきたけど、実践するのは初めてだね」

 まずは、魔力を体に流すところから始める。
 魔導の杖を使って魔法を使うのは、それができるようになってからだ。自分の中の魔力をコントロールできなければ、それを外に放つことはできない。

 グレイシアは、その方法を教えていく。
 とはいえ、これは個人でやり方は異なる。自分でやりやすい方法で、魔力を感じ取るのだ。

「自分の中の魔力に、干渉するイメージを持つんだ。できるかな?」

「んー……」

 それから、エランの魔力操作の訓練が始まった。
 エランはまだ小さいし、時間を決めて訓練をする。訓練の間は魔力のコントロールを考えるが、訓練以外では考えない。

 常に魔力に意識を持っていては、集中力が切れる。
 魔力を使い立ての頃は、余計に体力を消耗するだろう。

 そのため、魔力訓練を始めた日から、エランの食事の量は増えていった。

「もぐもぐもぐ……!」

 そして、日を重ねて……エランはついに、右腕に魔力を流すことに成功した。
 体の一部分への魔力操作。コツを覚えれば簡単で、エランははしゃいだ。

 子供の力でも、魔力の質を高めれば岩でも砕くことができる。

「ふむ……エランは、魔力量が多いようだね」

「そうなの?」

 これまで観察していて、グレイシアは一つ確信したことがある。
 エランは、保有している魔力量が、とても多い。まだ幼いながら、すでに人間の大人と同等といったところだ。

 エルフ族であれば、魔力との親和性が高い種族なので、不思議はないが……
 エランは、人間の子供であるにも関わらず、魔力量は多いし、筋も良い。

「わあ、すごいすごい!」

 その後もエランは、訓練を続け……右腕以外にも、左腕、右足、左足と、各部位に魔力強化をすることができるようになっていった。
 驚くべきは、その成長速度だ。

 それに、身体への魔力強化は、シンプルだがそれゆえに、極めようとする者は少ない。
 エランが、この年にして全身強化もできるようになったのは、グレイシアすら驚いていた。

「へへーん、これならすぐ、ししょーに追いついちゃうかも!」

「はは、それは楽しみだ」

 全身への魔力強化……それを長時間できるのは、やはりエランの魔力量と筋の良さがあってこそだ。
 これなら、次のステップに進んでもいいだろう。

 いよいよ、待ちに待った魔導の杖の出番だ。
 魔法を使うには、頭の中のイメージを、魔導の杖を介して具現化することで、使用可能だ。

 この杖は、魔力制御以外にも、頭の中のイメージを具現化させる、媒体のような役目も担っている。
 これがあるほうが、より鮮明なイメージとすることができる。

「魔法、そして魔術。エランなら、すぐに使いこなせるかもしれないね」
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