上 下
402 / 751
第六章 魔大陸編

394話 さあ朝だ

しおりを挟む


「エランさーん?」

「うーん……」

 私の名前を呼ぶ声がする。その声に導かれるように、私の声は覚醒する。
 今度は、間違いなく現実だ。夢ではない。

 現実の中で、私はゆっくりと目を開いた。

「……ルリーちゃん」

「おはようございます、エランさん」

 少し首を動かすと、寝ている私の顔を覗き込むような、ルリーちゃんの顔がそこにはあった。
 それは、夢の中で見た恐怖に染まった表情では、ない。

 いつも私に見せてくれる、あの顔だ。微笑みを浮かべて、私を見ている。
 考えてみれば、起きたらルリーちゃんがいるのは、新鮮だな……いつもは、ルームメイトであるノマちゃんの顔を見ることが多かった。

 だからノマちゃん以外を寝起きに見ることは、あまりない。それに、ルリーちゃんはフードを脱いでいるから、素顔だ。

「おはよう、ルリーちゃん」

 こうしてルリーちゃんと朝一番の挨拶をするのは、前にルリーちゃんとナタリアちゃんの部屋に泊まったとき以来だな。
 なんだか懐かしい気持ちになりながらも、私は正面のベッドを見た。

 そこには、ラッへが寝ていた……はずだったけど、すでに起きているのか、ベッドの中にラッへの姿はなかった。

「ん、ラッへは?」

「さあ……私も、さっき起きたので」

 どうやら、ルリーちゃんが起きたときにももう、ラッへはいなかったみたいだ。
 起きて朝の散歩にも行ったのかな? とも思った。ここが魔大陸でなければ。

 自分の知らない環境。それも、エルフにとっては良くない環境。魔物もそこらにいるはずだ。
 そんなところを、わざわざ一人で散歩するとは、思えない。

 ラッへは賢いわけだし。私よりもよっぽど、ちゃんとしている。

「まあ、ラッへなら心配いらないよ。ふぁあ」

 それよりも、だ。

「今日、なんだよね」

「……そう、言ってましたね」

 ガローシャが言っていた、他国との戦争が起こる未来。それが、今日だという話だ。
 魔族との戦争なんて、そんなのとんでもない話だ。ただでさえ、これまでは決闘とか試合とか、命の危険のないものをやってきた。

 それが、戦争に関わることになるなんて……

「いくら知りたいことへの手がかりがあるとはいえ、思い切ったこと決めちゃったなぁ」

「あはは」

 そのタイミングで、部屋の扉が開いた。
 そこにいたのは、ラッへだ。彼女は、起きた私たちを見て「起きてたか」と言葉を漏らした。

「ラッへ、おはよー。どこ行ってたのさ」

「ただ塔の中を見てただけだ。特別変わったものはなかったがな」

 どうやら、散歩自体はしていたみたいだ。塔の中をだけど。
 外よりはよっぽど、安全だろう。

「なにか、わかったことがあるんですか?」

「窓の外から、魔族たちがやたら張り切ってるのが見えたくらいだな。どうにも、今日起こる戦争に浮き足立ってる感じだな。私らが協力してるってのも、大きな不満はなさそうだ」

 おぉ、さすがはラッへだ。ただの散歩ではなくて、ちゃんと情報収集もしている。
 私はベッドから、立ち上がる。

 とりあえず、ガロアズとガローシャがうまく兵士たちに伝えてくれたみたいだ。
 私たちなんかをちゃんと受け入れてもらえるのか不安だったけど、まあなんとかなったようだ。

 そのとき、コンコン、と扉がノックされた。

「お三方、起きておられますでしょうか」

 外から、聞いたことのない魔族の声がする。
 とはいえ、その口振りから私たちへの敵対心は感じられない。多分、ガローシャの遣いだろう。

「はい」

「失礼します」

 返事を伝えると、ゆっくりと扉が開いた。
 昨日までは、魔族なんてどれも同じだと思っていたけど……こうして、魔族をじっくり見る機会があると、やっぱり違いがあるんだなというのがわかる。

 女の魔族は、私たちを見てペコリとお辞儀をした。

「ご起床されましたら、お呼びになるよう、ガローシャ様から言い伝えられております」

 ……人間だから、とかエルフ族だから、という理由で、嫌な顔一つしないんだな。ちゃんとしている。
 それとも、あくまでガローシャの遣いだから、表情を押し殺しているだけか。

 なんにせよ、彼女の案内で私たちは部屋を出る。
 ……その前に。

「えっと、着替えても?」

「もちろんです」

 昨夜は、用意してもらったパジャマに着替えて、就寝した。
 というわけで、部屋を出る前に服を着替える。

 ……魔導大会のときに着ていた服のまま転送されたから、学園の制服のままだな。一応、学園として登録して参加してたわけだし。
 ルリーちゃんは参加者ではないけど、同じく制服だった。

「それでは、参りましょう」

「うん」

 着替え終えた私たちは、魔族の案内で部屋を出る。
 それから長い廊下を歩き、大きな部屋の前に。昨日来たのと同じ部屋だ。

 扉が開く。奥には、椅子に座ったガロアズとガローシャの姿があった。二人とも優雅に紅茶を飲んでいる。

「おはようございます。三人とも、昨夜はよく眠れましたか?」

「うん、ふかふかのベッドだったよー」

 状況が状況だけに、よく眠れるかはわからなかったけど……結果的に、ぐっすり眠ることができた。
 ……いや、ぐっすりかどうかは、わからないけど。

 まあ、思っていたよりは眠れた、ってことで。

「それでは、早速ですが……本日起こる、戦争について。お話をしましょう」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

アリシアの恋は終わったのです【完結】

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

処理中です...