上 下
375 / 741
第六章 魔大陸編

367話 vsドラゴン

しおりを挟む


 ドラゴンの頭部に、ラッヘの強烈なかかと落としが、炸裂した。
 ドォン……と、私たちにまで響く音が、大気を震わせる。

 魔力で強化しているとはいえ、ただの打撃であんなに威力が出るなんて。
 頭部への衝撃のためか、ドラゴンの口から放出される魔力は、止まる。おかげで、私の負担も軽くなる。

「どうだデカブツ!」

 落下しつつ、ラッヘは得意げな表情を浮かべていた。
 ドラゴンは動きを止め、目の焦点が合っていないのかゆらゆらと揺れていたが……

「……ォオ……!」

「ちっ、だめか!」

 攻撃が通じたのは、ほんの一瞬。目の前を落下するラッヘに、ドラゴンは睨みを利かせる。
 さらに、口の中に魔力が溜まっていく。

 あいつ、またあれを撃つつもりか!? あんなの間近で受けたら、ラッヘでもただじゃ済まないよ!

「ラッヘ!」

「エランさん! 私がドラゴンの動きを止めます、その隙にラッヘさんを!」

「え? あ、う、うん!」

 どうするどうする……と考えていたところに、ルリーちゃんの声が入り込んできた。
 ちらりと視線だけを動かすと、ルリーちゃんの横顔はとても、勇ましいものだった。

 任せられる……そう、感じた。

「全てを包み込みし、漆黒の闇よ……その者を、永久なる常闇に……」

 魔術の、詠唱が始まる。
 ルリーちゃんの……いや、ダークエルフにしか使えないという、闇属性の魔術。学園に魔獣が現れた時も、この魔術に助けられた。

 あの時は、魔獣を前に震えていたルリーちゃん。過去のトラウマもあったんだろうけど、あんな強大な存在を前にしたら、そうなっても仕方ない。
 でも、今は……あれよりも、遥かに強大な存在を前に、立ち向かっている!

「覆い隠せ!
 闇幕ダークネスカーテン!!!」

 ルリーちゃんの構えた杖、その先端が黒く光る。
 次の瞬間、杖の先から、黒いモヤが発生し、それが伸びていく。伸びる先は、ドラゴンの目元。

 黒いもやが、ドラゴンの目元をはじめとして……全身を、覆い包んでいく。
 巨大な体だ、それでも……黒いモヤが全身を包むのに、そう時間はかからなかった。

「っ!?」

 視界が塞がれたためか、ドラゴンに動揺が見えた。
 今のうちに、ラッヘを……

「おらぁ!」

「!?」

 助けよう……そう思っていたんだけど、ラッヘは助けなんていらないと言うように、手を振るう。
 手のひらから次々放たれる魔力弾が、黒いモヤに包まれたドラゴンの体に命中する。

 さらに、魔力を撃った勢いを利用して、ラッヘは地上への落下を早め……着地した。

「やるじゃねえかダークエルフ」

「ど、どうも」

「っは! どうだくそドラゴン! 私の魔法の威力は!」

 この魔大陸では、魔力の回復があまり見込めない……だから魔力の消費は抑えるべきだし、逆にチャンスにはバンバン使うべきだ。
 視界を封じられ、無防備となったドラゴンに、いくつもの魔力弾をぶつける。

 それは、理にかなった方法と言える。

「あの、ラッヘさん……」

「あ?」

闇幕ダークネスカーテンは、視界を封じるだけの魔術ではありません。あの黒いモヤの外と中……その境界との、感覚をなくすための魔術です」

「……おう」

「あれに包まれた者は、モヤの外……つまり、外界との繋がりが失われます。視覚も、聴覚も、触覚も……五感を封じます。外界のものは見えないし、触れてもその感覚はありません。
 なので、外界から攻撃をぶつけても、中にいる者には通じません」

「……なんだと!?」

 ルリーちゃんが使った、あの魔術……あれはどうやら、視覚を封じるためだけのもの、ではなかったようだ。
 感覚全てを、封じる魔術。それを聞いて、思わずゾッとした。

 聞いただけで、怖い魔術だ。感覚を失う……それは、いったいどんな気分だろう。
 もやの中と外とで、完全に切り離されているってことか。

 なんだかややこしいけど……要は、黒いモヤが覆っている間は、いくら攻撃しても中にまで届かない、ってことだ。
 つまり、ラッヘのさっきの魔法は……

「お、おまっ、お前! 私の魔法、無駄打ちか!? 私の魔力、なんだと思ってんだ!」

「そ、そんなこと言われても……ラッヘさんが、勝手に……」

 ……放っても、意味なかったってことだ。
 ラッヘの言うように、魔力の無駄打ち。悲しい話だ。

 でも、私が動くより先に、ラッヘが行動に移したんだもん。

「……あれ。でもあの魔獣、私の魔術で凍ったよね?」

 外界からの攻撃は届かない。
 でも、思い出すのは、学園に現れた魔獣のことだ。あれにも、同じく黒いモヤがかかっていたけど、私の魔術で氷漬けになった。

 私の魔術は、通用したけど?

「あれは、エランさんが魔術を撃つ直前に、闇幕ダークネスカーテンを解除したんです」

「なーるほど」

 答えを聞けば、それは単純な話だった。

 なら、魔術を解かなければ、ドラゴンも永久に閉じ込めておけるのでは?
 そこまで考えて、ルリーちゃんが固い表情をしていることに、気づいた。

「ルリーちゃん?」

「……この魔術には、欠点があります。五感を封じる闇幕ダークネスカーテンですが、封じれるのはそれだけです。
 魔力を感知する能力、までは封じれません」

「魔力……感知……」

 ルリーちゃんの言葉……それを聞いて思い出す。あの魔獣のことだ。
 あいつは、視覚を封じられながらも、動揺もそこそこに攻撃を仕掛けた。無差別に。

 その理由は、ただ適当に暴れているのか、あるいは魔力を手がかりに手当たり次第に、のどちらかだと思っていた。
 そして、正解は後者だったらしい。

 魔力を感知すれば、それを手かがりに攻撃を仕掛けることができる。
 私やあの魔獣ができたんだ。ドラゴンができないと判断するのは、早計だ。

「ってことは……」

 いきなり視界を、そして五感を封じられ、動揺は激しいだろう。
 でも、少しの時間が、冷静さを与えたら……動き出すぞ、ドラゴンが……!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

異世界でチート能力貰えるそうなので、のんびり牧場生活(+α)でも楽しみます

ユーリ
ファンタジー
仕事帰り。毎日のように続く多忙ぶりにフラフラしていたら突然訪れる衝撃。 何が起こったのか分からないうちに意識を失くし、聞き覚えのない声に起こされた。 生命を司るという女神に、自分が死んだことを聞かされ、別の世界での過ごし方を聞かれ、それに答える そして気がつけば、広大な牧場を経営していた ※不定期更新。1話ずつ完成したら更新して行きます。 7/5誤字脱字確認中。気づいた箇所あればお知らせください。 5/11 お気に入り登録100人!ありがとうございます! 8/1 お気に入り登録200人!ありがとうございます!

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

あいつに無理矢理連れてこられた異世界生活

mio
ファンタジー
 なんやかんや、無理矢理あいつに異世界へと連れていかれました。  こうなったら仕方ない。とにかく、平和に楽しく暮らしていこう。  なぜ、少女は異世界へと連れてこられたのか。  自分の中に眠る力とは何なのか。  その答えを知った時少女は、ある決断をする。 長い間更新をさぼってしまってすいませんでした!

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

処理中です...